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機動戦士Zガンダム シロッコ×ヤザンエロ小説

今年は機動戦士Zガンダムの35周年記念ですね。私はこの作品というかこの作品のヤザンゲーブルというキャラに並々ならぬ思い入れがあり、学生の時に何冊か同人小説を出しました。今回は35周年のお祝いということで恩を仇で返す形でUPしようと思います。完全にトチくるっています。ごめんなさい。約8万文字あります。幸せだったな。私。これを機会にヤザンゲーブルの「シコみ」を感じていただければ幸いです。

はじまり♡

タイトル『スキモノズキ』

◆◆◆


得体の知れぬ男だと思っていた。
自信に裏打ちされた尊大な微笑も、双眸に湛えられた冷たい眼光も、世辞か本心かわからない耳ざわりのいい称賛のことばも、ただ男の印象を、底知れない、面妖なものに仕立て上げているように感じられた。
そういう挙動を、ヤザン・ゲーブルが比較的好意をもって受け止めていたのは、男の存在、言動が彼にとって有益な方面に作用していたからに他ならない。ジャマイカンに使われていたときより、アレキサンドリアに籍をおいていたときより、パプテマス・シロッコの彼に対する扱いは格段に上だった。
そうして何よりも、彼らの性質は根本のところでおそろしく似通っていた。即ち、シロッコは執政の面で、ヤザンはMSでの戦闘において、それぞれ戦争というシチュエーションを心から愉しんだのである。彼らふたりが、互いにそれを意識していたかどうかは定かではない。しかし兎も角、戦乱が日常と化したこの宇宙世紀においても、そういう精神性はほとんど稀有といってよかった。
ヤザンの価値観は実に単純明快である。己の気に入る対象であれば屈託なく肯定し、その逆であれば気に喰わねえと切り捨てた。シロッコの位置が彼の中で、確実に前者の位置を占めていたからこそ、ヤザンはかの男と手を組もうという気になったのである。
そうでなけりゃあ、とヤザンは思った。
(こんな生っ白い兄ちゃんと、しじゅう顔突き合わせてなんかいらんねえだろうな)
視界の端に相手の白皙を捉えながら、頭の中だけで独りごちる。
その面立ちは、おどろくほど人間味に欠けているのだった。皆無である。紫がかった蒼色の瞳も完璧なラインを描く鼻梁も、肉の薄い唇も、マネキンのような膚も、他の(当然のことながらヤザンも含む)男達と様相を異にしている。
それは、他人の容貌になどまったく興味をしめさないヤザンにさえ、決定的な違和感を与えていた。まだ地球の基地にいた時分、研究所の強化人間、とやらをたまたま目にしたことがあったが、あのときの餓鬼共よりよほど造りものめいてみえる。それは人形やアンドロイドというよりも、ほとんどプログラムの域なのだった。どこまでも端整だが、美しいより不自然だ。髭など生えたこともないのではないかと思えてしまう。
無機的な貌に人当たりのいい微笑を湛えて、シロッコが短かった沈黙を破った。
「メインカメラの上部がレドームになっている。どちらかというと索敵用だな」
そういってリモコンを操作すると、目の前のモニタに緑色のグラフィックが表示される。複雑に絡み合ったワイヤーフレームがさまざまに角度を変えて、若干奇矯に見えなくもない機体の全体図を示した。右下には型番が映し出されている。PMX-002。
「モンスターみてえなデザインだな」
身も蓋もなさすぎるヤザンの感想にも、シロッコは気を悪くした様子はなかった。「野獣」の異名をとるこの男の、ある種の率直さを、既に知悉しているのだろう。口元に変わらぬ微笑を留めたまま、画面上の設計プランを切り替えていく。
機体の開発についてアドバイスが欲しい、との名目で部屋に呼ばれたが、それならジュピトリスの工廠で実物を前に話したほうが早いのである。グラフィックや設計プランを見て話ができないこともないが、わざわざ誰もいない司令室まで呼びつけるとなれば、別に目的があるというのは容易に想像できた。
この男とはじめて顔を合わせて、まだ半月も経たぬうちのことである。しかし、ヤザンには既に見当がつくようになっていた。目線を移して、白い貌を視界のなかに収める。モニタの緑色がその頬を鮮烈に染め上げていた。視線に気づいたのか、ややもすれば酷薄に見える双眸がこちらを見返した。その両眼にまでモニタの光が入り込んで、どこかしら不穏で不可解な色を湛えている。
経験則に裏打ちされた確信をもって、ヤザンは曖昧に口元を歪めてみせた。そういう自分を、あまりらしくないなと思った。

「っ、……っ、は、……」
シロッコのその、端整で硬質な容貌は、異性にはすこぶる人気が高かったが同性には逆だった。半ばやっかみも混じっていたかもしれない。長い航行を共にしてきたジュピトリスのクルーでさえ、「尊敬できる立派なキャプテンです、でも笑顔が嘘っぽくてこわい」などとコメントを残すくらいなので、その評価は何処へいっても間違いはなかった。
そういう男のルックスに対して、ヤザンの部下が叩いた陰口のひとつに
「あいつ本当にチンコついてるんすかね」
というのがある。何がツボにハマったのか知らないが、別の部下はそれを受けて最終的にえづくほど爆笑していた。しかしヤザンは笑えない。その時点で既に知っていたのである。

結論から言おう、ついている。当然だが。
それも、あの容貌からは想像もつかないくらい立派なのが。

幹の部分に浮きあがる血管のあたりを、横咥えにするようにヤザンは顔を傾け舌を這わせた。そのまま裏筋まで移動させると、根元のあたりからぴくり、と跳ねる。上目というよりは横目に相手の様子を窺うと、白い貌は普段と変わらず、平然とこちらの愛撫を観察している。
唾液と先走りに満遍なく塗され、てらてらと光る性器とのあまりのギャップに、毎度のことながら強烈な違和感を覚えずにおれない。今までこの男と寝たことのある異性は皆、ひとかたならぬ衝撃を受けてきているのではなかろうか。それともこのギャップも込みでモテているのか。そうだとしたら女というのは強い生き物だ。
同性に関しては、わからない。男とするのは君が最初だと言われたが、「笑顔が嘘っぽい」のであまり信用できなかった。ただ、はじめて寝たときの無遠慮な暴き方や、意外に身勝手なアプローチ、てこでも女役を引き受けないあたりなど、あながち虚言ともいえないのかもしれない。そうでなくても、シロッコは先入観を抱いていたほど、ヤザンに対して嘘をつく人間ではなかった。
「巧いな」
情感の篭っていないような声音でも、だからこれを世辞と受け取ることはないだろう。しかしリアクションをかえす必要は感じなかったので、黙って硬直をくちに含んだ。舌先を小器用に半周させて、張り出した鰓から亀頭のぐるりを舐めずる。ついでに裏筋を軽く突いてから、そのまま真下の管に舌の腹をべっとり這わせて、先端を喉の入口まで収めた。それでも三分の一ほどが余って、唇と根元との間に距離があいている。
「随分、相手してきたのだろうな。ここへ来てからも誰かとしたのか?最初に寝たのは?」
ドゴスギアに招聘されてから二週間足らずだが、そんなことはもう忘却の彼方である。顎をやや仰向け気味にして、白い貌を上目に眺めながら首を振って返答に代えた。頬の内側のぬるついた粘膜に、歯列を巧みに潜り抜けた亀頭の表面がぴたぴたと当たる。
こちらを見下ろす双眸の蒼に、一瞬、昏い翳りが掠めたことに、ヤザンは気づかないでいる。自分の意図が汲み取れなかったのだろうと勘違いして、剛直を文字通り頬張ったまま、覚えてねぇよと告げた。つもりだったが、当然それは、まともな発声を成さないまま終わる。
己から訊いておきながら、シロッコはこの問答に早くも飽いたのだろう。腰を突き上げるようにして、ヤザンの口腔により深く自身を沈めた。唐突な突き込みに、呼吸のバランスが崩れる。咄嗟に喉をひらいてスペースをつくったが、下手をすれば窒息だってしかねない。思い通りにサービスしてやるのも癪だったので、いったん咥内から吐きだして、より質量を増した硬直をふたたび外気に晒す。
リードしてやる必要はなかったが、シロッコの抱き方は、子供が玩具を弄るように我儘で、こちらをおなじ立場の人間として扱っていないようなところがあった。女にもおなじような仕打ちを施しているとするならば、この男の人気というのもわからないものだ。艦内の連中のやっかみにも、反論しかねる部分が見えてくる。
ただし、元来持てる才能なのか覚えが早いのか、抽送のテクニックだけは他の相手と比べものにならないほど秀逸だった。だから請われるとつい応じてしまうし、自分から誘うことも少なくなかったのである。
静まり返った部屋に、ぴちゃぴちゃと淫猥な水音だけが響く。赤く膨れた亀頭に舌先を移動させ、鈴口の窄まりのあたりを食むように先走りを啜った。はじめて男と寝たのは軍学校にいた時分だったか、それともその前だったか、実はあまりよく覚えていないが経験だけは豊富である。女の味を覚えるよりも、もしかしたら先だったかもしれない。おつきあい、とか、デート、とか、そういう面倒臭い段階を踏まなくていいぶん同性の方が楽といえば楽だった。異性も勿論嫌いじゃない、でけえ乳もケツも好きだ、が、どんなにクールでドライを気取る女でも、いずれ何処かしらで湿っぽい面を垣間見せてくるのはもはや本能なのだと判断するしかなくて、少なくとも戦争に臨んでいるあいだくらいは、そういう煩わしさから解放されたいと思うのが本音だった。
捕虜の女性兵士に強姦紛いのことをやっている連中も、なかには存在する。しかし御相伴にあずかったことはなかった。倫理観がどうこうというよりも、単純に必要性を見出さなかったのである。同性としても事足りるものを、そうまでしてわざわざ女とする意味がわからない。だからヤザンは、特に宇宙に出ているあいだ、異性と関係をもつことはほとんど皆無といってよかった。
そういう熟練の技を披露してやっていたのに、不意に手袋に覆われた手がこめかみの辺りに伸びたかと思うと、軽く押し退けられるようにして邪魔された。
「いいのかよ、もう」
カウパーの混ざった唾液が、唇と亀頭のあいだに糸を引く。もうちょっと続けてもいい、と思う程度には、同性の局所を責め立てるこの行為がヤザンは案外に嫌でなかった。
「ああ、」
言うなり、軍服を纏ったままの身体がするすると覆い被さってきたので、スイッチのはいったままのモニタの逆光で、相手の顔が見辛くなった。そのまま、床の上に引き倒される。誘導され、うつ伏せの状態にさせられた。
はだけた胸が人工建材の床に押し付けられて、ひんやりと冷たい。膚を粟立てる暇もなく、腹部のあたりに片手が入り込んでくる。前で縛ってあるベルトをいともあっさりと解かれて、指が軍服のなかをまさぐった。性急な動作に苦笑が漏れるけれど、そのままズボンに指をかけて、下着ごと取り払うアクションには、腰を浮かせて協力してやる。中途半端に脱がされた派手な黄色の軍服は、そのまま右脚の膝だけに絡まった。
いつもと同じなのは、そこまでだった。
突然、背中に体重がかかる。上着が捲られて、裸の背にざらついた布の感触がつたわった。腰は上がったまま、胸から上だけがより強く、床に密着させられる。おい、と抗議の声をあげるも効果はなく、振り向こうとした顔の前に、何某か黒いものがちらついた。耳朶を、いつもの尊大な声音とは打って変わった呟きが撫でさする。
「……どっちにしようか。口か、いや、」
不可解な言葉の意味に頓着している暇はない。身体を捩って声を荒げようとした瞬間、例の黒いものが真ん前に迫ってきて、そのまま視界を奪われた。
「な、」
硬いけれどしなやかな感触、布の類だというのは数秒後には判断がついた。目の周りからこめかみ、後頭部までぐるりと纏わりつく。目隠しをされたのだった。
いやいやをするように首を振ったけれど、融通のきかない素材なのか、外れる気配すら見せない。暴れているうちに、頭の後ろでぎゅっと縛られた。思わず跳ね上げた片腕をとられて、背中のほうへ捩られる。痛くはないが不愉快極まりない。
「何してくれてんだよてめえ」
「たまにはいいだろう、こういうのも」
いいだろうとか言われても。よくねえよ。こええよ。何の承諾も得ずにいきなりこういうプレイに及んじまうお前の発想がこええよ。
「先に言えよ、こういうことやりてえんなら」
「やりたい」
「今じゃねえよ。馬鹿にしてんの、か、」
憎まれ口は最後まで叩かせてもらえなかった。背中の重圧がなくなったかと思うと、浮いたままだった腰が思いきり引き上げられたのである。外気に晒された後孔に、ぬるり、と覚えのある感触。一度味わったら忘れられない、圧倒的な熱の塊が、露わな秘部をなぞっている。
自由になった手で目隠しを外そうとするけれど、すかさず今度は両の腕を掴まれて、思いきり床に押し付けられる。喧嘩や殴り合いでこの男に負ける気はしない。本気で抵抗すればどうにでもなるのはわかっていたが、今の艦内での立場を考えると、なるべくそういうことは避けたかった。腐っても上司と部下である。
せめてもの仕返しに、思いきり鋭い舌打ちを返してやる。腰が進められ、まだ慣らされていないそこがぎちぎちと押し開かれた。
「ぐ、っう、……ふ、」
予告なしにはじめてくるものだから、力を抜くタイミングも合わせられなくて息が詰まる。そうでなくても、十代の頃から経験のあったヤザンでさえお目にかかったことのない逸物なのだ。小慣れていない人間ならとっくに音をあげているだろう。元々、そういうことのためにつくられていない器官なのだから、多少の気は遣ってもらわないと壊れてしまう。
しかし今のシロッコにそんなことは望むべくもないから、せめて呼吸を整えて受け入れる態勢をつくった。視界が塞がれているせいか、圧迫感がいつもの数倍にも感じられる。やがてじわじわと侵入してくるそれに、内壁が押し上げられていく。声も満足にあげられないような息苦しさのなかに、一片の快楽をひろいあげようと、顔を俯けて無意識のうちに目を閉じた。もとから視力を奪われているので、今回に限ってはあまり意味をなさないのだが、習慣というのはおそろしいものである。
粘膜を掻き分けるようにして、狭い臓腑のなかを押し入ってきた怒張は、ほどなくヤザンの腹部をいっぱいにして止まった。中でぴくりと蠢くたび、尾骨の内側が刺激されて痛む。
からだを馴染ませる暇も与えられず、性急に抽送がはじまった。やっと収まったものがずるりと引き出される感覚に、思わず閉じていた眼をひらいてしまう。しかしそこは変わらぬ闇で、ヤザンは圧倒的な不利を実感させられるしかなかった。
内腑までも引きずり出されてしまいそうな危うさに、無意識に腰を突きだして相手の性器を追えば、どういう勘違いをしたのか、低く嗤う声が降ってくる。
「て、め、……無茶、すんじゃ、」
言い終わる暇もなく、ギリギリまで抜かれたそれが、再び粘膜の襞に突き立てられる。心臓のあるあたりまで衝撃がもろに伝わってきて、喉から空気が漏れた。ヤザンのように強靭な肉体と経験を併せ持っていなければ、とっくに泣きが入っているだろう身勝手な律動である。普段ならもうすこし言うことを聞くのに、今日のシロッコはいつにも増して、こちらの意向を無視しているのだった。
ごりごりと内部を擦られながら、ヤザンは床のうえで確信する。
……こいつ、いつもより昂奮してやがる。
器官を押し広げる性器の感触で、なんとなく見当がついてはいた。暴力的なまでに硬く後孔を穿つそれ。柔らかければ楽だというわけでも実はないのだけれど、ただでさえ御立派な代物が今日はまた一段と量感を増して、容赦なく直腸を抉ってきている。身体を固くすれば余計に苦しいのはわかっていたから、力を抜いて筋肉の緊張を緩めることにつとめた。視界を遮断されているからか、なんだかいつもと勝手が違って、うまく身体が馴染まない。
は、と、息を継ぐ音が耳に届いて驚いた。行為に及んでいても、普段のシロッコが呼吸を荒げるところなどほとんど見ない。そういうところも無機物めいていると思っていた。
目隠しのせいで鋭敏になった聴覚が、たまたま拾い上げただけなのかもしれない。しかし「ちんこついてんのか」と評されるその男が漏らした吐息はあまりにも新鮮で、ヤザンの確信をますます深める役にたった。そうして彼が高揚しているとするならば、原因はひとつしかないだろう。いつもと違う、これ。
分厚く滑らかな感触から、この目隠しは自分のベルトなのじゃないかと思い至ったとき、ヤザンはふたたび舌打ちを漏らした。

(あいつには変態性欲の気がある)


そう判断した日から、ヤザンはシロッコとふたりきりになるのを避けるようにした。
考えてみれば、艦内で女などとっかえひっかえのはずの、そして実際そうしているあの男が、わざわざ自分のような同性と関係を持ちたがるというのが奇矯な話である。経験と技術には自信があるが、女のようにか弱く従順な美少年というわけでもない。「男ははじめて」の人間が積極的に抱きたがるような、そういう人間だとヤザンは己を分析していない。その道の餓鬼の童貞だったら何度か頂いたことがあるけれども、それはまた別の話だ。
そういう自分をわざわざ好き好んで誘う時点で、あの男はどこかおかしいと判断すべきだったのだ。あと髪型もおかしい。関係ないけど。
作戦会議で意見の食い違った別動隊の士官を軽くいなして、ヤザンは首を鳴らしながら通路のリフトグリップを握った。
戦局はここにきて、おおきく流動しつつある。突如、この宙域に姿を現したジオンの亡霊を、兵士たちは気味悪がったけれど、ヤザンにはただ「潰す敵が増えた」という程度の認識しかない。一時のことだろうが、共闘するというのならば顎で使ってやるだけだ。妙な機体を使いやがって。何あのデザイン。
己の搭乗機のことを棚にあげて毒づいた頃、エレベーターの傍らに辿り着いた。ふわりと床に足をつけて待つ。この男は容貌に反して、子供のように落ち着きのないところがある。グリップに巻かれた滑り止めを、親指の爪でガリガリやっていた頃に、ようやっと電子音が聞こえて、ほどなくドアがひらいた。
正面にあらわれた白い貌の正体がわかった途端、手持無沙汰の悪戯が止む。薄い唇から、うわ、と無意識の声が漏れた。
「御挨拶じゃあないか」
端整な面立ちが、プログラミングでもしたかのような完璧な微笑を構築する。ヤザンは正直な人間で、苦虫を噛み潰したような顔を隠しもしない。ただしビビっているとは思われたくなかったので、適当な相槌をうったのち、傷ついたグリップから手を離してエレベーターに乗り込んだ。白皙の持ち主は立ち位置をすこし移動させてヤザンの立つスペースをつくり、そのままパネルを操作する。降りないのか、と訊こうかとも思ったが、それは流石に感じが悪かろう。
ドアが閉まり、エレベーターは静かに上昇する。狭い箱の中をしばしの静寂が満たした。それを先に破ったのは、やはりいかなる時でも尊大なシロッコの声である。
「久しぶりだな、大尉」
「昨日、顔合わしたろうが」
ヤザンは努めて表示灯に視線を投げたまま答える。敢えてここまでそっけなくする必要もないのではないかと思われたが、妙な雰囲気に持っていかれるのだけは極力避けたかった。それに先日のあの仕打ち、多少なりとも機嫌を損ねているよとアピールしておかないと、万一のときにまたどんな要求をされるか知れない。舐めてかかられるのは、ヤザンの一番嫌いなことのひとつだった。
パプテマス・シロッコはそういう場の空気を漏れなく読み切れる男である。しかし、彼のように政局に直接かかわる立場の人間は、それだけではやっていけないのだということをヤザンは知らなかった。舐められるわけにいかないのはシロッコも同じである。
視界の隅の白い軍服がじりじりとこちらに近づき、そうじゃない、と否定の言葉が返される。ヤザンは敢えて知らぬ風を装っていたが、いくら狭い箱のなかとはいえちょいと密着しすぎじゃないですかね、というレベルにまで距離が狭まると、そろそろ無視を決め込むわけにいかなくなった。項のあたりに伸ばされようとした白い手袋を、片手の甲で払って相手をじろりと睨める。先程、言い争った士官を、半泣きですいませんでしたと言わせた表情である。剣呑な光を湛える三白眼が、相手にどういう印象を齎すか、本人にもしっかりと自覚があった。
しかしシロッコは動じる様子もなく、拒絶された片腕を今度はヤザンの腰に回す。
「コッチ、の話だ」
存外に厚い掌が腰骨のあたりをいやらしく包む。結び目の下に垂れたベルトを、白い人差し指が捻くるように揺らすに至って、ヤザンのこめかみに薄い青筋が浮いた。白い貌に、愉しげに刻まれた微笑が憎らしい。開き直りやがったな。
遠まわしな拒絶では、素知らぬ風を通されるだけである。互いのためにもならないし、何よりこちらの性に合わない。ヤザンは相手の方へと向き直ると、身を捩ってなお離れない掌を鬱陶しく感じながら、決然と言い放った。
「こないだみてえなことされるとな、はっきり言って面白くねえんだよ」
シロッコの表情はなにひとつ変わらない。世間話の延長のように受け流した。
「大尉は、意外とノーマルな趣味なんだな」
意外ってなんだよ。そう返そうとした瞬間、がくん、と全身が上下に揺れて、人工照明のあかりが落ち、箱の中が暗くなった。
足元にふわりと浮くような感覚。MSをカタパルトデッキから発進させるときの、Gのそれに似ていた。いや、そのものと言っていいかもしれない。耳障りな警告ブザーが鳴り響くと同時に、カーブを描く壁の外で軋むような厭な音が聞こえて混じり合った。足元が闇に包まれて、何がどうなっているのか見当もつかない。表示灯のランプも消えて、別電源になっているらしい操作パネルの光だけが、ぼんやりと互いの姿を浮かび上がらせている。流石のシロッコも警戒の色を隠そうとせず、両眼を細めてあたりに視線を走らせているのがわかった。こういう貌は文句なしに男前なのに、と、ヤザンの脳裏に場違いな考えが掠めては消える。
状況が落ち着いてから思わず腰に手を遣ったのは、ノーマルスーツを着ているときの癖であった。スーツに備え付けたポーチには緊急用のライトスティックがはいっている。碌に中身を整理しない性質なので使えるかどうかあやしいものだが、どちらにしろ今はまともな道具類など持ち合わせていないことに気づき、先日よりたいぶ控えめな舌打ちを漏らす。ポケットに手を突っ込んでも、指先に触るのはコンドームくらいのものだった。この男とふたりきりの現在のシチュエーションで、もっとも効果的に気分を悪くするアイテムである。しかもこれ、いつ入れたんだかわかんねえし。
シロッコの膚の白は、パネルランプの薄緑にもろに侵食されて不明瞭にひかった。ヤザンはそのぼやけた輪郭に向けて、愚痴めいた呟きを漏らす。
「故障だな。図体ばっかりでかくて、管理のなってねえ艦だ」
相手がその艦の、事実上の最高責任者であるという事実には、気づいていたが無視をした。
「よく言っておこう」
シンプルでそつのない返答が戻ってきた頃に、パネルランプの一部が俄かに明滅をはじめた。闇に慣れ始めた瞳に、ぴかぴかと容赦なく射し込んでくる。更に上部のスピーカーから、ノイズ混じりの音声が滲み出てきた。ボリュームはだいぶ小さいが、無線は辛うじて繋がっているらしい。
『……無事で……か、……申し訳……電気系統、……で……』
途切れ途切れではあるものの、やはり故障が起きたことを告げたその機器に、ヤザンは顔を近づける。シロッコとの距離が更に狭まったが、そういうことを今は気にしていられない。通信機器の向こう側に居るのだろうメカニックに向かって、ドスのきいた声で告げる。
「聞こえるか。こちら、ヤザン・ゲーブル大尉」
ざらざらと耳障りなノイズの合間に、あきらかに異質なブレス音が入り込む。息を呑んだのだ。粗暴にして野放図な「野獣」の噂は既に、たっぷりと尾鰭をつけてドゴスギアのクルー達に伝わっている。明らかに言葉数のすくなくなった相手に向けて、ヤザンは更に声を低めて凄む。
「俺はあんまり気が長くねえんだ、さっさと直せよ」
それだけ伝えれば充分である。点滅を終えたパネルから顔を引くと、声を裏返した了解の挨拶がか細く漏れ聞こえて、それっきり通信が途絶えた。そうしてその直後、耳孔のなかに押し殺したような笑い声が入り込んでくる。
はじめ、ヤザンはそれを、己とメカニックとの遣り取りに対して向けられたものだと思ったのである。それで、笑ってる場合じゃねえ、と抗議しようとした。しかし顔を振り向けた先の白皙は、薄緑に染まった端整な面立ちは、どうにもそういう風情には見えないのである。浅い弧をえがく唇は、いまの会話面白かったんでついくすりときちゃいました、といったようには判別しづらかった。様子がおかしい。
顎を引き、上目にこちらを見据える瞳には、ちょうど先日と同じように、不穏な色が湛えられている。
「……おい、」
「ふ、……ふふ」
赤い徽章のついた肩が、跳ねるように二、三度、揺れた。愉しくてたまらないといった風である。白い額にはひと房の前髪が影をつくっていて、そこだけ映り込んだ緑色が濃い。そういうところも、なんとも不気味に思えてならなかった。だからニュータイプって奴は嫌いなんだ。ヤザンはまったく関係のない憤懣をもってして湧きあがる不安を掻き消そうと試みる。しかしその努力はあっけなく水泡に帰した。
「ふ、ふふ、ふはははは」
「ああ?なんだよおい、何?怖い怖い怖い」
不意に、腰の片側に鋭い痛みがはしる。エレベーターが揺れてからこっち、そこを抱かれたままだったと気づくのはあまりにも遅すぎた。視線を巡らせて確認したその部位は、手袋と軍服越しにきつく爪をたてられている。喰い込むくらい爪の長いのはモテる男として失格なんじゃないすか。ねえ。
背中に汗が滲むのは、エアコンの効かなくなったせいではないだろう。逃げようと身を捩ったら、パネルとドアの境に、側頭部をしたたかにぶつけた。抵抗が緩んだ身体を、契機とばかりに引き寄せられる。互いの距離が数センチにまで縮まったところで、ようやっと相手の意図するところが見えてきた。
「……時代の流れは、いまの君には向いていないようだな」
シロッコのもう片手が、ごそごそと下半身のあたりで蠢いている。何をされているのか、見たくも考えたくもない。自分のそれよりいくらか低い位置にある双眸が、昏く湿った眼差しを投げかけてくる。つい先刻、無線越しにクルーを脅しつけた人間と同一人物とは思えぬような声を、ヤザンは塞がらない口から漏らしていた。
「……ええー……」
このとき彼は、ティターンズ、否、地球圏でもっとも不運な男だったと言ってよかった。

ドゴスギアのメカニックは無能共の集まりだ。
とっかかりのないエレベーターの壁に掌をつきながら、ヤザンは内心でそう毒づいていた。
時計を持っていないので正確な時間はわからないが、あれからもう三十分はとっくに過ぎている。それなのに、スピーカーからは未だに何の連絡もない。ティターンズの中核をなす新造艦のメカニックである、さぞ経験をつんだ熟練の技術者ばかりだろうと思うのだが、彼らの乗ったエレベーターはまったく何の変化も来さない。これだけ長時間止まっていたのじゃあ、他のクルーにも影響が及ぶのではないだろうか。ヤザンはまともに顔を覚える努力すらしたことのない人々に向かって、同情にも似た思いを馳せることでなんとか平静を保っていた。
そういう必死の努力を、むしろ不要なものとして嘲弄するかのように、後孔に挿し込まれた指が、ぐり、と乱暴に半回転した。
「……ッう……!」
流石は木星探査の傍ら、MSのハンドメイドに精を出していた男といおうか。生白く人工的な面立ちの割に、シロッコの指はしっかりと骨張って長い。爪も存外短かった。当然ながら性器にはサイズの面でおおきく劣るものの、そのぶん器用で融通のきく中指は、鉤状に曲げられたり先刻のように半回転したりして、狭い内部を間断なく責めさいなむ。
電気系統がいつ復旧するかわからないから、あまり衣服を乱すわけにはいかない。ベルトも完全には解かれないまま、後ろから右手だけがズボンと下着の中に差し入れられて、後孔を玩弄していた。普段のあの自分勝手な愛撫はなんなんだと問い詰めたくなるくらい、じっくりと性感を炙り出してくる。経験のせいか、すぐ小慣れて柔らかくなってしまう粘膜の襞を先端で突き、指の腹で前立腺に適度な刺激をくわえる。ややもすればぼうっとしてしまいそうな頭を、ヤザンは頻りに振って理性を取り戻した。
壁に手をついているだけだから安定も悪く、支えがなくて落ち着かない。手摺は一応設置されているのだけれど、踏ん張りがきかないからといってそこまで移動するのは癪にさわった。
せめて滑り止めのついたグローブを嵌めていて良かった、と思い、こんなことのために嵌めてんじゃねえ、と己を叱咤する。はめる、って言葉がなんかダブルミーニングだし。くだらねえこと考えてんじゃねえよ俺。死ねよ。
排泄感にも似た独特の快感にはもう随分馴染みがあって、痛いとか気持ち悪いとかいう感想はほとんど湧いてこない。その代り、愉悦の波に持って行かれそうになるのも早かった。もともと、ベッド以外の場所で他人と寝るのに大した抵抗はないのである。人のいないブリーフィングルームでもやったことがある。基地のトイレでもやった。屋外でもやった。軍学校時代には教室でもやった。コクピットの中は狭いので、流石にペッティングだけで終わったけれども。
だからこんな公共の空間でも平気でスイッチが入る。頭ではまずいとわかっていても、身体が既にそう作られている。このときばかりは、ヤザンは己のアバウトな道徳律を慙愧した。
腸液にふやけた指が、粘膜の形を自在に変えて押し込まれていく。経験が豊富なだけに、中をどうやって弄ばれているか、手に取るようにわかってしまう。けれど付き合いの浅い相手のこと、愛撫のパターンまでは読み切ることができないでいた。数秒後にはどういう攻め手が来るかわからないという危うさがまた、身体の奥からスリリングな快楽を燻りだす。
前には指一本触れられていないのに、性器にはとっくに芯が通っていた。挿しこまれた指が弱い部分に引っかかるたび、海綿体に血の集まっていくのがわかる。しかし、拭うものひとつ持たないここで射精にまで至るのは出来れば避けたかった。
もう止せよ、拒絶の言葉は意図したより頼りなく掠れていて、歯噛みをしたい心持になる。
「っ……ぁ、はぁ……、」
つるつると滑る壁が、縋ろうとする掌を残酷なまでに拒絶する。さっきぶつけたこめかみのあたりを、寄り掛かるように押し付けて息を継いだその瞬間、パネルランプが先刻とまったくおなじように明滅をはじめた。大して強い光ではないのだけれど、薄闇に慣れた眼を至近距離から鋭く射抜く。知らず、緊張に身がこわばると、中の筋肉が無意識のうちにシロッコの指を喰い締めた。収縮した粘膜が、否が応にも異物の存在感を神経にアピールする。
ほどなくして、先刻よりもずっとクリアーな音声が、スピーカーから響いてきた。
『遅くなりまして、申し訳ありません、……御無事ですか、ヤザン大尉』
顔を背後に振り向けて、抜け、と視線で催促するけれど、シロッコは素知らぬ風で通信機器のほうを眺めている。こちらの事情などまるで勘案していないような、涼しげな貌が憎らしくてたまらない。
生白い横っ面に思いきりストレートを喰らわせてやりたい。ていうか初めからそうすればよかった、と握り拳をつくって身を捩った途端、腸内の指が、ぐい、と思いきり腹部のほうへ曲がった。急激に下肢を捻ったこともあり、恐らく意図されていたよりも強く、先端が肉膜越しに前立腺に押し付けられる。
声にならない声(それはむしろ運のいいことだったかもしれない)が漏れて、目を見開いたきりヤザンの膝が折れかかる。すんでのところでしゃがみ込んでしまわなかったのは、例えそうなっても中から指の抜かれる保証はできかねたからである。さりとて体勢の変化に、相手が臨機応変に対応してくれるかどうかもあやしい。そうしたらどうなるか。答えはシンプル。裂ける。
先程までとは比べ物にならないくらい、弛緩して力のはいらない身体を、上肢だけでどうにか支えながらヤザンは相手を睨めた。行為の最中、この「野獣」の双眸は恍惚に潤んだり、視線を緩ませることを知らない。その代りに期待と激情の光を帯び、挿入ってきたものを喰い締める器官内と同じように相手を捕えて離さなかった。だから余計に始末におえず、愉悦を覚えているのも傍からは一目瞭然なのだが、本人はそれに気づかない。
『大尉、……御無事ですか?』
気づかわしげな声が、再度スピーカーからこちらの様子を確認する。急いで呼吸を整えている間に、指を埋め込んだまま、シロッコの白皙がパネルの方へと近づいた。
「こちら、パプテマス・シロッコ大尉。内部の状況に特に問題はない」
『は、……はっ!……シロッコ大尉も、御一緒でありましたか』
無線の具合だけは調整されたらしく、音声はだいぶクリアになっていた。申し訳ございません、と、最敬礼の様子さえ想像できてしまうような張りのある声でもって返答がかえってくる。俺のときと随分違うじゃねえか、と一瞬脳裏にちらついたものの、不満に思う余裕はいまのヤザンにはない。
「状況はどうなっているか」
『は、……先程もお伝えしましたが、やはり電気系統に故障がありまして、……なにぶん新造艦なものですから、勝手のわかる者がおりませんで、』
「言い訳はいい。あとどれくらいかかる」
メカニックの弁明を遮る声は、あくまで冷静で厳しかった。高めの、張りのある質と相俟って、こういうときのシロッコの声はひどく威厳をもって聞こえる。若くして組織の上層部に喰い込む野心家に相応しかった。片手の指で男の尻を弄っていなければの話だが。
身体の内部を、いわば人質にとられて、ヤザンは碌に身動きもとれない。外部と音声が繋がっているから尚更だ。妙な声をあげるわけにいかない。会話に割って入ることもできず、ただ唇を噛んで漏れる吐息を殺していた。
信じられないことに、シロッコは素知らぬ顔でメカニックと話しながら、時折ヤザンの中を掻きまわすのを忘れていなかった。ぬちゃり、と粘膜が捏ねられるたび、背筋が震え下腹部が熱くなる。性器は既に硬く持ちあがって、先端をいやらしく濡らしていた。黄色い軍服のズボンは素材が柔らかく、勃起したものを誤魔化してはくれない。己のそれに劣らぬサイズであると知っているそこを、視界の隅に残しながらシロッコは釘をさす。
「こちらも暇ではない。なるべく急いでもらおうか」
『は、それはもう、……では、修復部分の確認に戻りますので』
スピーカーの向こうで、席を離れる気配がした。これで多少は気を抜ける。否、さっさと故障とやらを修繕して、ここから解放してもらわないと困るのだが。
緊張がほどけて、知らず息を吐いた瞬間、シロッコが無線の向こうに言葉をついだ。
「待て、」
『……は、なんでしょう』
呼び戻されたメカニックが、スピーカーから不思議そうな声を響かせる。ヤザンの胸にも不審が去来した。白い貌をちらりと見遣ると、嗤いを含んだ眼差しと視線がかち合った。厭だ。悪い予感が怖気になって、ちくちくと背中のあたりを這いまわる。
蒼い瞳をヤザンの方に向けたまま、シロッコは有無をいわさぬ調子でメカニックに告げた。
「状況については、逐一報告してほしい。だから、悪いがこの無線は、繋いだままにしておいてくれ」
……そうきたか……。
もはや怒る気にもなれない。肩を落として深い溜息をつこうとしたけれど、妙な情感が混じってしまいそうだったので止めた。ふたたび相手を睨める前に、後孔の押し開かれる感触があった。指の本数をふやされたのである。
「っ、い、……」
思わず声が漏れそうになるのを、不揃いな歯を喰いしばって抑え込む。こちらからスイッチを切る手段はないものかと、細めた視界の片隅でパネルの周りを探すけれど、そう都合よくことが運んではくれなかった。壁に取り縋る指先は、力を入れすぎて白くなっている。
埋め込まれた二本の指はぎょっとするほど小器用に、バラバラに動いてはヤザンの内部を攪拌する。中指が奥深くまで挿し込まれて隘路を割り開くあいだに、人差し指はくの字に曲げられて前立腺を刺激した。下着のなかで、性器が窮屈そうに昂りをうったえている。
浅く荒い息が零れてしまいそうになると、耳元にシロッコの唇が寄せられて、先刻とは打ってかわった愉しげな科白を吹き込まれる。
「気をつけたほうがいいな。この無線は君とおなじくらい感度がよさそうだから」
通信機に届かぬよう潜められた声は、妙に甘ったるく耳孔に入り込んで下肢をずきずきさせるけれど、言葉の内容は許し難いものだったので昂奮には直結しなかった。さみぃこと言ってんじゃねえよ。
片手の指が中で蠢くあいだに、もう片方の手が上半身に回ってそのままするりと軍服に潜り込んだ。布を引っ張ってこころもち襟をくつろげ、かたい筋肉の張りを楽しむように胸元を撫でさする。ひんやりしてざらついた手袋の感触が、熱っぽい皮膚に過剰なまでの違和感を与えた。やや曲げるようにした五本の指のそろそろと這い回るのは、有体にいえば若干擽ったい。しかしその中には一抹の性感が沈んでいて、なんともいえない悩ましいような気分にさせられてしまう。
もともと、軍服の乱れるのがまずいというのでこういう体勢をとっていたわけなのだ。これ以上好きにさせておいたら本格的に脱がされかねないと、片肘をつかって振り払おうとしたのだけれど、またぞろ器官内を責め立てられて力が抜けた。耳朶を食まれてしまいそうな距離で、ふたたび例の囁き声。
「こういうことのために、こんな格好しているのじゃないのか」
お前はどうしてそういちいち余計なんだよ。
襟のなかの指が、胸の突起の周囲で円を描いている。血液の色を透けさせるほど皮膚の薄いそこは、どんな人間でも多少なりと鋭敏な触覚を持っていて、もやもやした擽ったいような切なさに煩悶してしまう。頂を硬くさせることだけが目的のような動きでもって撫で回すから、女のような扱いを受けているように思えて、正直ものすごく癪だ。そもそも男のそういうところを責めるのには、経験に裏打ちされた技術とタイミングが必要なのであって、それは一朝一夕のあいだに身に付くようなものでは
「っ!……、ふ、」
……巧いじゃねえか。
中側と外側を同時に弄ばれて、徐々に脳髄が痺れていくのを感じる。堪えようとしても、熱い息が唇から零れだして止まらない。もはや呼吸を荒げることそのものを抑えるというよりも、それを無線の方に届かせない努力をするしかなかった。管制室の様子を伝えているものか、スピーカーからは時折、物音や話し声らしきものが漏れ聞こえていて、それが緊張感を持続させてくれる。パネルから顔をそむけ、グローブに覆われた手の甲に口元を押し付けた。分厚い革はあっという間に湿った。
性器が軍服のなかでひくひくと脈打っている。押し上げられた下着はきっと、みっともなく染みをつくっていることだろう。無意識のうちに腰が揺れて、より深い性感を求めてしまう。意思とは無関係に勃ちあがってしまった胸元のそれを、指の腹で思いきり潰されて肩が跳ね上がった。生唾が湧いてきて、喉を鳴らして何度も飲み込む。もう、限界かもしれない。
無線越しに件のメカニックが声をかけてきたのは、まさにそういうタイミングだった。
『失礼致します。……お待たせしまして、申し訳ありません。復旧が完了致しました』
熱の籠った箱のなかに、その声は妙にしらじらしく響いた。他人の言葉を耳に入れたのは随分久方ぶりのように思えて、蕩けていた身体の芯が俄かに硬直する。ほどなくして、内部の照明がもとどおりに点灯した。闇に慣れた眼が眩む。
「御苦労だった」
こともなげな労いの言葉とともに、いともあっさりと胸元から手が離れた。ほとんど同時に、器官を責め苛んでいた指が引き抜かれる。それはあんなにも待ち望んでいたことなのに、腸壁は名残惜しげに収縮し、中から逃すまいとゆるやかに締めつけた。持ち主の理性に叱咤されてやっと、くぷ、と卑猥な音をたてて挿入が解かれる。
異物感は消えうせたけれど、散々に煽られた欲望は下腹部に渦巻いて、ただでは収まってくれそうになかった。空っぽにされた内部が、むしろ寂しくすら感じられるのが口惜しい。一度も触れられることのなかった半身が、より強い刺激をねだって臍のあたりに蜜を塗りつけてきていた。吐く息は、いまだ荒い。
ガタン、とちいさな衝撃のすえ上昇をはじめた箱のなかで、ようやっと元の色を取り戻した白皙が、気味の悪いほど傲岸な微笑を浮かべて問うてくる。
「わたしの部屋に来るだろ?」
浴びせるべき罵声が多すぎて、どれから口にすればいいのかわからない。しかし残念なことに、ヤザンの肉体には否やはなかった。



ヤザンという男は、同世代の青年たちと比べると、少しょう特殊な環境下で育てられた。おもに父親の教育方針のためである。簡潔にいえば、読み書きを教わらなかった。学校に遣られなかった。さすがに風呂とトイレくらいは躾けられたが、そのほか文化的生活に必要とされる習慣や知識は彼の周りから徹底的に排除され、一日中屋外で動物と転げ回るだとか、食べられる植物とそうでないものとを判別する知識だとか、そういったものだけが推奨され称賛される、そういう子供時代をすごした。当然のことながら、友人のひとりもできるどころか、切っ掛けさえ与えられることはなかった。
年齢が二桁になる頃まで、真っ当なコミュニケーションを構築せずに育ったせいだろうか。対人関係に限ってのことだが、この男はいまひとつ学習能力に欠けているというか、どこか詰めの甘いようなところがあった。それは本人にも十二分に自覚があったが、改善の糸口は今のところ見つからない。
だから今回も、あ、やっぱり帰ればよかったな、と思ったときには遅かった。腰のうしろで両手首を纏める重たい金属は、捕虜を緊縛する備品とは明らかに違っていて現実感に乏しい。かしゃりと耳障りな音は妙に安っぽくて、こう言ってはなんだが、木星という僻地から戻ってきたばかりの男の、若干的外れなセンスを体現しているように感じられてならなかった。公私混同をしないのは結構なことだが、わざわざ取り寄せたんだろうか、これ。
無駄に頑丈そうなその手錠を、申し訳程度にがちゃがちゃと捩ってみせながら、ヤザンは「あー……」と、溜息とも呻きともつかない声を漏らす。彼らしからぬ半眼でもって、目の前の相手を見遣った。
「ひとの話を聞いていたのか、お前は」
思わず、年若い部下に説教をするときのような口調になってしまう。呆れかえって力がはいらず、怒鳴りつけるのも億劫だ。
「こういうことしてえんなら、先に言えって言っただろうが」
後ろ手に手錠をかけられているだけで、下半身はまったくの自由だから、蹴り飛ばして暴れるのなどわけはないだろう。いざとなればどうにでもなるという楽観がまた、抵抗の気力を削ぐ一因でもあった。ただし逃げるとなれば話は別である。
ふつう、クルーの寝泊まりするコンパートメントには、通信機やモニタの内蔵されたベッドがひとつ、設置されるようになっている。階級によってグレードや性能の差こそあれ、ベッドのつくりそのものはほとんど変わらない。ブリッジからの連絡や出動要請は、そのモニタを通じてくるのが一般的だった。暫定司令官の私室とはいえ、そういう設備には変わりはないのだと思っていた。
しかしこの部屋にあるベッドは、そういった装置をほとんど備えていない、ごくクラシカルなものだった。通信機器の類は、どうやら総て傍らのデスクの上にまとめられている。だから不便はないのかもしれないが、近代的なコンパートメントの隅にパイプベッドが鎮座しているさまは、どうにもアンバランスで奇妙だ。
しかし、だからこそこの男は、ヤザンを室内に呼び入れたのではないかと思う。通信機のかわりに、ベッドヘッドに携えられた鉄柵は、手錠を固定しておくのにうってつけである。その計算高さには正直に舌を巻くしかなかった。
睨みあげた白い貌は、ヤザンの言葉になどまるで関係のないタイミングで意外そうにまばたきをする。両腕だけは偉そうに組んだまま、やや小首を傾げ気味にして唇に隙間をつくった。ちっともかわいくはない。
「余裕だな、大尉」
「ぎゃんぎゃん暴れたってどうにもならねえんだろ、どうせ」
喚くところが見たかったのに、という呟きは敢えて聞こえなかったことにした。ベルトも解けてぐしゃぐしゃに肌蹴てしまったこちらの衣服と違い、きっちり着込まれたままの白い軍服が覆い被さってくると、そのぬくもりが裸の胸にダイレクトに伝わる。他所の男に比べればだいぶん低い、頼りない体温だったけれど、燻っていた性欲にふたたび火をいれるのには充分すぎる効力を発揮した。ジッパーの引き下ろされる、金属質の低い音にさえ、情感が刺激されて半身を熱くしてしまう。M字に割られた膝の中に、シロッコの身体が入り込んだ。
間近に迫った白皙が、例の底意の読めない薄笑いを浮かべたまま、大尉、と呼ぶ。
「……あぁ?」
既に息が浅くなりつつあるのを、悟られぬようにするのが案外骨だ。
「はじめてじゃないのか、こういうのは」
「こういう……縛るの、か?」
「ああ」
「お前みたいに前置きのない奴ははじめてだぜ」
皮肉混じりにそう返すと、紫がかった双眸がやや不満げに細められる。彫りつけたような切れ長の眼が薄い瞼に隠される様子は、客観的には美しいが今のヤザンには不気味だ。白い指が、ヤザンの腹部でぱちんと釦をはずす。その乾いた音が、持ち主の容貌に似て無機質な部屋に威圧的に響いた。
「経験があるのか。変態趣味だな」
舌打ちでもせんばかりの顔つきで非難するから、お前にだけは言われたくねえ、と当然の反論のタイミングを逃してしまう。しかし機嫌を損ねたというわけではないのか、それとも気を取り直したのか、その表情はすぐに平静を取り戻して、白い指が下着ごと軍服にかかる。そのまま遠慮なくずるずると引き抜かれるのに、ヤザンは腰を浮かせて協力した。スキニースリムのパンツと下着とがまとめて片膝に絡む。
窮屈な布のなかからようやっと解放された性器は、外気に晒されて先端を光らせていた。シロッコはその両手からさっさと手袋を取り払い、ひんやりした指を熱い塊に絡める。ひくり、まるで怯えるかのようにペニスが揺れたが、それは渇望していた愛撫を受けた、歓喜の痙攣であると知っている。抑えきれぬ吐息を唇の隙間から零して、ヤザンは下目に相手の顔を見た。
「おまえ、は、……いいのか」
「何だ?」
「やらなくて、いいのかよ、」
ここまでくれば、シロッコのそれも既に熱く息づいていることだろう。衣服すら乱していない相手を慮ってヤザンは申し出た。経験者らしい気遣いではあるが、シロッコは頭を振って辞退する。硬く勃ちあがったそれを上下に扱きながら、褐色の耳元に唇を近付けた。
「このままでいい。わたしはあとで貰うから」
親指で輸精管を押し上げるようにしてそのまま裏筋に至り、指の腹を擦りつけて性感を導くやりかたは、ヤザンがこの男に教えたものである。エレベーターの中にいた時分から長いあいだ抑え込まれてきた情欲は、みるみるうちに肥大して陰嚢を押し上げた。性器に血流が集まりきって拡散してくれない。急速に襲い来る愉悦を逃すように、はぁはぁと頻りに息を吐くけれど、堪えていた反動は予想外に大きくて、頭の中が欲望でいっぱいになってしまう。
いまだ蕩けたままの後孔に指を押し込まれ、止めとばかりに直腸粘膜を擦り立てられるに至って、ヤザンはあっさり白旗を振り、十分足らずで相手の掌にはじめの精を吐き出した。

流石はティターンズを代表するエースパイロットのひとりだといおうか。ほんの数回、肺を膨らませて呼吸を整えただけで、強靭な気道はすぐに普段通りの働きを取り戻した。シロッコの掌に収まりきらなかった白濁が、褐色の腿や腹部に点々と散っている。当然ながら性器も生白くコーティングされていた。
強靭なのは肺活量の方だけではない。男ひとりの手をべったりと汚すほど射精したというのに、ヤザンのそれはいまだ芯を残していた。あれだけ散々煽られて、一度出したくらいで満足できるはずがない。じゅくじゅくと行き場のない疼痛が、脚のあいだで切実に凝っている。順からいって、次はそろそろ本番といきたい。とはいえこの桎梏を解いてもらえる気配はなかったので、いったん膝立ちになり、口でもって相手の前をくつろげようと腰を捩った。そのときである。
「待て」
白濁を拭って始末したばかりのシロッコの手が、ヤザンの肩を押して、もとの開脚の姿勢に戻させた。言葉で強請るのも癪だったし、実行に移した方がはやいと判断しての行動であったから、自分で脱いでくれるのであればそれに越したことはない。大人しく体勢を元通りにすると、シロッコはいったんベッドの上を退いて、備え付けのデスクまで手を伸ばした。
避妊具(この場合、なんとも似つかわしくない呼び方である。そもそもこんな前時代的な道具は、男女の交わりにおいてはもうほとんど姿を消していたのであったが)でも取り出すつもりなのだろう。今まで自主的に使おうとしたことなどなかったのに、なんとも殊勝なことだ。膝に引っかかったままのズボンを視界の端に、持ってるぜ、と声をかけようとした、その唇が凍りついた。
デスクの一番下の、もっとも大きな引出しから取り出されたのは、とてもコンドームには見えない器具の数々である。
片手には、長さ四十センチ強の細長い紙包みがひとつ、サイドに番号と記号らしきものの羅列があったので医療機器かなにかだと知れた。おなじ手には、ビールの中瓶サイズの、恐らくは空き容器が挟まれている。もう片方の手には、ヤザンには既に馴染みの深い著名ブランドのローションの瓶があった。
白い両手にそういうものがみっつも携えられている様は、ちょっと一杯やらない?みたいな、酒類のテレビコマーシャルのような間抜けた印象をこちらに与えるが、ヤザンに笑っている余裕はなかった。やがてベッドの定位置に戻ってきたシロッコは、ふたつの瓶を無造作にシーツの上に放り、紙包みをおもむろにびりびりと破きはじめる。
「ちょちょちょちょ、ちょっと待て、おい、」
ヤザンに理解できるのは、右記のうちローションの使い途くらいのものである。ただでさえ乏しい想像力を総動員させても、他のふたつに関しては、何にどう必要なのか予想だにできない。本番……のつもりは、恐らくまだないということだろう。
封切られた紙包みから、白い指先が慎重に中身を摘みあげた。やがて姿を現したのは、普段この男がつかっているポインターよりも細い、棒状の何某かである。案外に柔軟性のありそうな、半透明のそれは、人工照明の光を浴びて不気味に輝いた。それは設計プランを映し出すモニターの横で、或いはエレベーターの中で目にしたシロッコの眼光と同じように、ヤザンの背に汗を滲ませる。しかし気圧されてばかりいるわけにはいかなかった。
「取り敢えず説明しろ、許可をとれ、さっきから言ってんだろうが、馬鹿が」
白皙の前で、棒状のものがするすると取り出される。その煌きに見入ったように細められていた眼が、ヤザンの方へちらりと向けられて、薄い唇がひらいた。
「前世紀では、ゴムやシリコンを使っていたようだが」
やがて全貌を露わにした半透明のものは、上から三分の一ほどの場所を白い指に抓まれて、戯れるようにぐにぐにと左右した。
「医療の発達というのは、目覚ましいものだな。特殊なファイバーが開発され、身体に馴染むよう調整がなされ。……これなどは、人工皮膚をつくるのと同じ素材でできている」
やがて親指と人差し指に挟まれるようにくにゃりと曲げられたそれは、しかし適度な弾力性をもっているものらしく、人差し指が外れると跳ね上がるようにもとの形状へと戻った。よく見ると中は空洞で、管のようになっているらしい。
「ものによっては、今ではもうほとんど痛みはないらしい。それではつまらんから、普通よりすこし太いのを取り寄せたが」
遠まわしに説明を受けても、なんのことだかさっぱりわからない。だからよぉ、と苛ただしくシーツの上を蹴ったら、ローションの瓶が不器用に転がって、シロッコの膝頭にぶつかって止まった。淫猥なイメージを引き立てるためか、わざと下品なピンク色をつけられたそれを、白い手が取り上げて蓋をあける。そうしてから、何の前触れもなくヤザンの上に覆い被さって、脚のあいだ、性器の先端に思いきり中身を垂らした。
いっ、と歯の隙間から声が漏れて、無意識のうちに腰が引ける。
「何、やってんだよ、てめ」
アナルセックスに使うローションというのは、本来ならば、掌である程度あたためてから塗り込めるのがセオリーである。水溶させるタイプのものなら湯に混ぜればいいから問題はないが、そのまま使うものであれば多少なりと体温に近づけておかないと、どうしても異物感が否めないものだ。粘度の高いものであれば尚更である。そういう代物を唐突に、しかも相当量を垂らされて、冷水を浴びせられたかのように尾骨のあたりがひやりとした。
今度こそ身を捩って抵抗を試みるヤザンの、その両足のうえに膝を乗せてシロッコは体重をかけた。ふたたび、至近距離に顔が近づく。濡れた股間が寒々しくて気持ちが悪い。やめろ、と今度はすこし声を荒げてみたけれど、シロッコはヤザンの望むようには、一ミリも事を運ぶ気などないようなのだった。性器を汚す白濁のうえに、ローションがとろりと膜をつくり、蝋のように表面をひからせる。
どこまでも傲慢な白皙を睨みつけているのに夢中で、そういう下半身の変化にヤザンは気づけなかった。
不意に、ペニスの先端にちくりとした感触がある。思わず肩を竦めて視線を下に遣れば、先程の管状のものが、鈴口のあたりにその片端を宛がわれていた。
「……あ?」
ぐい、と窄まりが割り開かれると、深い傷のような尿道口が露わになる。白い親指が、亀頭に垂れたローションをその中にこそげるように流し込んだ。先刻出した精液が混ざり合って入り込み、赤い粘膜がどろりと埋まる。そこに尚も、例の器具が押し込まれようとする。ぴり、と、腰の跳ね上がるような鋭痛。
事ここに至って、ヤザンもようやっと相手の目的に気がついた。
「てめえ……」
「下手に動くと傷がつくぞ」
忠告されるまでもなく、防衛本能のためにからだが竦んで身じろぎもできない。息すらも詰まりそうだった。下を見なければいいのかもしれないけれど、放っておいたらこの上何をされるかわかったもんじゃあなかったから、敢えて視線は固定しておく。ローションの潤滑に導かれて、管状のものはじわじわと奥へ進められていった。視界のなかに辛うじて紙包みが捉えられて、薄い青色で記された単語が読める。Catheter。カテーテル。言葉と用途くらいは聞いたことがある。もっと早くに気づいていれば死に物狂いで抵抗したのに。奥歯を噛んで慙愧するけれど、もう遅い。
鈍いような鋭いような痛みが、性器のなかを重たく支配しつつあった。鈍痛が腰のあたりまで響いて筋肉を痺れさせるのに、鋭痛は絶えず神経を刺激して苦悶に慣れさせてくれない。人工皮膚だかなんだか知らないが、尿道から挿し込まれた感覚はどこまでも硬質で、身体の芯に針金を通されたような違和感に胸さえせきあげる。
もうこれ以上は無理だと思うのに、細い管は奥へ奥へと容赦なく入り込んで、その度に新たな苦痛に出くわした。尿道のなかには、いくつか尿を絞る筋肉の門があり、そこは通常よりもさらに頼りない隘路となってかたく閉じられている。そこを硬い管が無理やりこじ開けて逆流するのだから、痛みというよりもはや灼けつくような感覚に堪えるので精一杯だった。冷や汗が滲んで、辛うじて羽織ったままの軍服を湿らせる。
ようやっと限界に到達したらしく、管の進攻が終わったときには、思わず鉄柵に背を預けて慎重に溜息を吐いた。異物を二十センチあまりも呑み込んだ尿道口は、素人仕事のせいかぱっくりと捲れ、痛々しいほど充血した内部を晒している。出血していないのが不思議なほどだ。
「痛そうだな」
「……いてえよ……」
見栄を張っても仕方がないので正直に申告する。始める前はまだ硬度を保っていた性器が、いまではすっかり萎えていた。尿道のなかでは有刺鉄線のように硬く、鋭い感触を与えるカテーテルだが、性器に芯を通すというわけにはいかないらしく、余った部分はくたりと垂れてシーツに影をつくる。
粘膜がひりひりと蹂躙されて、傷口に爪を立てているような痛みが絶えず襲ってくる。しかし数々の戦場に赴いて、それなりの怪我に見舞われたことも少なくないヤザンのこと、視線を天井に向け呼吸を整えているうちに、徐々にその苦痛にも慣れてきてしまっていた。烈しい痛みに変わりはないが、少なくとも、のたうち回るような類のものではない。
さっさと抜けよ、と言おうとしたが、抜かれるときも同様の衝撃を受けるのではないかと思うと、心の準備が必要であるように感じる。
半ば死んだような眼で、ふうぅ、と唇から長い息を吐いていると、いきなり敏感な鈴口の割れ目を押し潰すように先端を掴まれた。
「……っぐぁ……っ!」
馴染んだはずの痛みが数倍にもなって押し寄せてきて、思わず眼を見開いて喉を反らした。声にならない声が迸る。心臓がどくんと跳ねて、引きかけていた汗がまたじわりと滲んだ。漸く真っ当な意識が戻ってきたとき、真っ先に脳裏に浮かんだ言葉は至ってシンプル、死ね!である。
「終わったと思っていないか、大尉」
アーガマより、エゥーゴより、いまは世界で一番憎らしい相手の声が、鼻梁のあたりに打つかってくる。しかし今は怒りや疑問よりも、この苦痛を一刻もはやく取り除きたいという思いで頭がいっぱいだった。余った管の中ほどが持ち上げられる。ほんのすこし揺らされるだけでも痛みを伴うから、無意識のうちに腰をあげてそれを追った。その直後、妙な音が響いて、一瞬のあいだ不安感を忘れさせる。
硝子か金属を、弱い水流が叩くような音。ちょろちょろと控え目なそれが、何処から発生しているものかわからなくてまごつく。はじめはシャワールームかどこかの水場が壊れたものだと思ったが、音はそれよりもずっとほど近い、まるでこのベッドの上から聞こえているようなのだった。目線を傍らにずらす。件の紙包みがまた視界に入り込んできた。青い文字を読むのとほぼ同時に、自分の身体から突き出した管の全貌をみとめて、そうしてすべてを悟った。
ああ、そうか、だよな。カテーテルだもんな。
管の片端はいつのまにか、先程取り出された瓶の口に差し込まれていた。残酷なまでに透明なガラス瓶は、見たくないものまで鮮明にヤザンの網膜に焼き込む。管の先からゆるやかに流れだし水音をたてるそれは、確かに己の体内から排出されたものに間違いはなかった。
話には聞いていたが、あまりにも無感覚すぎて一切気付かなかった。排泄をしているという自覚が皆無である。これは怖い。
鈴口から尿道に入り込んだのであろう精液を、ごく稀に混ぜ込んで、液体はあっという間に瓶の底を埋める。見せつけるように傾けられても、楽しくも気持ちよくもなんともない。羞恥心がまったくないわけではないが、排泄感がなければ認識にも乏しい。むしろ性器の中にじくじくと溜まる痛みのほうがよっぽど鮮明だ。
こんなプレイで誰が得をするのかわからない。それともこいつ、涼しい顔して昂奮してるのか。白い軍服の素材はヤザンのそれと違って硬く、上衣の長さも相俟って、隠された股間が膨張しているかどうかなど確認するすべもない。目線をあげて白皙を視界に収めると、蒼い瞳は瓶のなかを凝視して動こうとしていなかった。
「おい、」
声を掛けると、ワンテンポ遅れて白い貌が持ち上がる。
「おまえ、勃ってんのか」
「勃ってるなぁ」
即答だった。カテーテルの痛みとはまた違ったベクトルで、その言葉はヤザンの意識上に本能的な慄きを喚起させる。澱みなく答えたその声にも、口元にも、一切の笑みは含まれておらず、冗談でないことは一目瞭然だった。至近距離でこちらの貌を映し込む瞳が、いつにも増して冴え冴えと輝きわたっている。普段なら、ガンつけには他の追随を許さないヤザンであったが、いたたまれなくなって先に視線を逸らした。ドン引きである。
ほどなくして膀胱が空になったのか、空瓶の三分の一にまで容量が埋まらぬうちに排泄は終了した。管のなかに残る液体が、ぽたぽたと滴を落として波紋をつくっている。重力ブロックの中でよかったと心から思う。
「ヤザン大尉」
「……んだよ」
「この、瓶の中身をな」
「ああ」
「私が今ここで……一気飲みしたらどうする」
「お前ともう口きかねえ。一生」
冗談だと笑われたが、目が笑っていなかったのでヤザンはじりじりとシーツの上を後ずさるしかなかった。といっても、背中には鉄柵と壁があるばかりで逃げることはできない。只でさえ揺らぎかけていた相手への評価が、ここにきて完全に堕落していくのをヤザンはひしひしと感じていた。手負いの獣のように警戒心を剥きだして相手を睨む。
引けていく腰を捉えられ、刺さったままのカテーテルの、鈴口からほど近い位置が抓まれる。そのまま、絆創膏でも剥がすように無造作に、ずるり、と中から引き抜かれた。
「い、!あぁ、」
入れるときほど強烈ではないが、ほとんど同種の痛みが性器のなかを走り抜ける。隘路を滑りあがる速度が大きいだけに、摩擦熱が神経を灼いて腰が跳ね上がった。挿入時の圧迫感のかわりに、尿道ごと引きずり出されそうな寄る辺なさと恐怖心がある。
それでも、中のものが完全に取り払われて異物感が消えうせると、今度こそほうっと息が漏れて身体の力が抜けた。自分でも気持ちの悪いほど赤く腫れた粘膜が、外気に晒されてひりつくけれど、この程度ならなんということはない。少なくとも先刻までに比べれば。
シロッコは使い終えたカテーテルをそのまま瓶のなかに詰めてしまうと、どこから出してきたものかコルク栓を取り出して後生大事に蓋をした。手頸を振ってちゃぽん、と揺らすと、液体が泡立って管といっしょに躍る。なんだその満足げな顔は。やめろ。
あんなか細い、頼りないものにいままで蹂躙されていたのかと思うと、馬鹿馬鹿しいような情けないような思いが湧き起こってくる。連邦軍に入って、いくつかの戦争を経験して、実力だけでこのエリート部隊に選出されて、生死を分ける修羅場だって何度も潜り抜けてきた自分が、碌に身動きもとれぬまま苦痛を甘受するしかない。
それは当然、この「野獣」にとって面白からぬことに決まってはいた。そういう己の情緒に精一杯で、目の前の男に確実に表出しつつある変化に、ヤザンは気づけない。


「さて、大尉」
瓶に詰められた液体とカテーテルを、シロッコは当然のようにベッド下に仕舞い込もうとしたので、ヤザンは全力でそれを阻止したのである。部下が実戦でミスをしたときに負けるとも劣らぬ剣幕だった。それでも、棄てる、と約束させるまでに、五分以上の時間を要した。
今までの遣り取りのなかで最も体力を消耗したように感じて、ぐったりと頭を垂れていたら、ベッドを降りたシロッコが、先刻と同じように腕組みをしてこちらを見下ろしてくる。相変わらず掴みどころのない笑みを浮かべていたが、今はそれが気味悪いより、勘にさわって仕方がなかった。できることなら向う脛のひとつも蹴り飛ばしてやりたいが、ヤザンの座る位置からではぎりぎりのところで届かない。
「悦かったか?」
「いいわけねえよ、見りゃわかんだろ」
ヤザンは顎をしゃくって、己の脚のあいだを示した。白濁とローションに塗れて蕩けたようなそこは、萎えてくったりと頭を垂れている。シロッコは如何にも芝居がかったようすで、片眉を吊り上げては肩を竦めてみせた。
「おかしいな。わたしの予想では、挿したカテーテルがベッドの隅まで飛んでいくくらい物凄い射精を何度となくしているはずなのに」
なにそれ。お前の中の俺はどんなクリーチャーなの。
成人指定コミックのような想像に慄くべきなのか、それともそんな妄想をあらかじめされていたという事実に引くべきなのかわからないまま、ヤザンは思い出したように手錠を鳴らして身を捩る。もうそろそろ、この変態野郎も満足したことだろう。最後までしないのならさっさと帰してほしい。この男だって、そうそう遊んでばかりいるほど暇ではないはずだ。上半身を斜に構え、右肩をうんざりと鉄柵に押し付けた瞬間、不明瞭な科白が降ってきた。
「まあいい。むしろ好都合だ」
言葉の意味を問いただす前に、シロッコが解いた腕を傍らに移動させた。不審に思う暇もなく、その指がデスク上のモニタに触れる。スイッチを入れたのだろう、ぼんやりと白く発光する画面が、見易いようにかこちらに向けられた。ノート型になっているようである。長方形のちいさな画面の中に、以前見せられたのとおなじような、ワイヤーフレームのグラフィックが浮かび上がっていた。
「開発中の新型だ」
「こういう話なら終わってからにしろよ……」
もっともな突っ込みをいれながらも、つい釣りこまれてしまうのは戦闘ジャンキーの悲しい性である。映像を切り替えるたび、さまざまな角度から映し出されるその設計プランは、これまでの機体と比べものにならない高度なシステムと能力を提示していた。視線を奪われているうちに、ごとりと何かを引きだす音がする。しかし画面上に展開される曲線やオブジェクトの群に気をとられ、ヤザンはそちらに注意を払えない。
重厚ながら機動性の高いボディ。装甲の厚いぶん武装面に物足りなさが残るが、癖の強いぶん動かしがいがありそうだと思った。
「名前を、ジ・Оという」
「だせえ」
一瞬、自分のおかれた状況を忘れ、ヤザンは肩を揺らして笑った。なにかひとつ面白いことがあると、すぐに機嫌を直してしまえるのがこの男の長所であり短所でもある。彼の周りの人間には、そういうところが気に入って付き合っている者も少なくないのだけれど、恐らく本人に自覚はないのだろう。目の前の男がその例に漏れないということも、ヤザンには知る由もない。
シロッコはふたたびベッドに近付き、スプリングを僅かに揺らしてヤザンの傍らに腰掛けた。ネーミングを揶揄されるのは予測済みだったのだろうか、気分を害した様子はない。モニタに顎をしゃくって続ける。
「これはまだ試作機だ。実戦に投入してみて、どのように転がるのかはわからない。しかし開発が進めば武装を増やすこともできようし、ゆくゆくはサイコミュよりもっとシンプルで汎用性の高いシステムの導入も可能だろう。そうなったら、」
シロッコがこちらへ身を乗り出すと、クラシカルなデザインに似合いの音をたててスプリングが撓む。距離がふたたび縮まって、つめたい掌が片頬を包んだ。無機的な面立ちに相反し、骨張った感触は驚くほどごくふつうの男のもので、違和感すら喚起させられる。あるかなきかの薄い肉を親指でなぞり、中指の先は耳朶に触れた。蒼色の双眸が、じっとこちらを覗き込む。
「君にも、使ってほしいと思う」
女性に向ければそれは、俄かに口説き文句の様相を呈したことだろう。新型開発に引っ掛けて言い寄るあたり、流石はエンジニア畑の人間だといえようが、しかし戦闘をなによりも愛するヤザン・ゲーブルには、それはむしろふつうの約束にしか聞こえなかった。シロッコ本人も、よもやこんな科白で落とせる人間を相手にしていると思ってはいまい。
サイコミュだなんだには正直関心がないが、バイオセンサーとやらの搭載された機体をわざわざ使わせるくらいである、この男は自分に、フィジカルな戦闘能力以上のなにかを期待しているというわけだろう。勘とか別の力とかぼんやりした表現を用いるからいまひとつ概要が掴めないが、ヤザンにもそれくらいは理解できていた。
頬を覆う掌が、そのまま項のあたりへ滑り降りる。身も心もこそばゆくなるようなアクションに、女と区別できてんのか、という不平が脳裏を去来した。しかし近づいてきた唇に、ごく当然のように己のそれを塞がれたので、憎まれ口は行先をうしなって呑み込まれ、身体のなかに沈殿する。
セックスの回数と比較して、この男と唇をあわせた回数は驚くほど少ない。片手の指で充分に足りるのではないだろうか。だから温度の低い舌にはいまだ馴染みが少なくて、ぬるりと侵入するそれに違和感を拭えない。それでも反射的に迎え入れて先端を絡めれば、味蕾の粒立つような感触に、ざわりと腰が疼いた。
シロッコに同性相手の経験がなくても、接吻であれば関係はない。こました女は星の数、ティターンズ随一のテクニックを如何なく発揮して(というのはヤザンの偏見にすぎないが強ち間違ってもいないだろう)、歯列をなぞり、上顎を擦り立てた。
ヤザンも負けじと応戦するが、中途半端な解放しか許されていなかった欲望は、ほんのすこしの刺激にも掻き立てられ下肢の奥で燻りはじめてしまう。ちゅ、と啄むような接吻のときですら、唾液で唇が滑っていやらしい。
ひんやりする舌が次第にその温度を上昇させ、咥内に馴染んでいく様子は、昂奮しているのが己だけでないことを示しているようで、油断を促す罠の効果を発揮する。理性はいまだ警戒を解くことを禁じているのに、欲望に忠実な身体は敢然と分別を裏切って、みずから膝を割り、さらなる快楽をもとめて疼いた。下半身が俄かに重くなり、自分でも気づかぬほどゆっくりと、しかし確実に熱がこもってゆく。なんて単純な構造をしているんだ、とヤザンは己の肉体を呪詛する。
愉しければ、気持ちがよければ、己の気に入ればそれでいい。そういう身上のもとに今日まで生活してきたのは確かだけれど、ここまで徹底的に持ち主の意向を無視することはないのじゃあないか。貪欲な身体に罰を与えるかのように、ヤザンは背中の後ろで自らの掌に爪を立てた。
混ざり合った唾液が褐色の顎に伝うころ、そんなヤザンの焦燥を嘲笑うかのように、ほとんど冷淡なまでにあっさりと唇が離れた。名残惜しげに追いかけてしまった舌が、むなしく外気に晒される。シロッコは相手のそういう他愛なさをいとおしむような、つまり根底に優越感の含まれたような顔をして、金色の襟足のあたりを指先で擽るようにした。シミュレーション映像のような、人間味のない唇が目の前でうごく。それはつい今しがたまでひとの欲望を燻り出し、散々に翻弄していたものにはとても見えないのだった。
「しかし、な、」
はじめよりはやや熱を帯びたものの、それでも並みの男よりだいぶ温度の低い指が、浮き出た頚椎をそろそろとなぞる。気色の悪さに耐えかねて、ヤザンは首を捩って中止を促した。それが聞き入れられた代わりに、シロッコの口からはまた、不可解な言葉が飛び出してヤザンの不審を喚起させる。
「私はすこし、用心深い性質のようでな。……失礼な話かもしれんが」
項から離れた手が、剥き出しの内腿に滑り降りて、感触を愉しむように掌底を押し付けた。
成人男性とはいえ普段は露出することがないため、滑らかな指触りを残す皮膚の下に、鍛錬された靭やかな筋肉が息づいている。女性のそれとは明らかに違った心地をシロッコがどう受け取ったかは知れない。しかし長く小器用な指が鼠蹊部に到達するのにそう時間はかからなくて、その先に確実に待っているだろう愛撫を意識せざるを得なくなるとヤザンは僅かに睫毛を伏せた。相手の話をきちんと聞いておくべきなのは、先程までの仕打ちで学習しているはずなのだけれど、一度頭を擡げはじめた欲望を鎮めるすべを、この男は知らない。
そういう彼には、もしかしたらある種の幸運だったのかもしれない。このとき、ヤザンの耳孔に入り込んだ場違いな音は、その生理を理性のこちら側へ引き戻すのに充分すぎる効力を発揮した。
――ちりん。
ティターンズという精鋭特殊部隊の構成員として、また、歴史の立役者として、彼らが生きたこの宇宙世紀〇〇八七年より、時計の針を進めること約六十年あまり。それまで、地球連邦政府とスペースノイドの関係性がそう極端な変化を来さないことになるなど彼らには知る由もないが、とにかくこの時期、とある新興宗教をバックボーンとした一大組織が市民を恐怖のどん底へと陥れた。その統領が女性であったこと、母系社会の成立を提唱しておりながら、背後では木星帰りの老人に糸を引かれていたことなどは、今のシロッコにとってみれば皮肉なことではある。
中世のそれにも似た恐怖政治を特徴に持つその組織は、自らに反抗するものを、ギロチンという前時代的な処刑道具でもって粛清した。そうしてその執行を司るものは、処刑人の証としてその身に鈴をつけて歩くことを義務づけられていたのである。ちりん、ちりん、と何処からともなく鳴り響くそれは、人々を慄かせ、屈服させるのに充分すぎる効果を発揮することだろう。
しかしそれは彼らの肉体がこの世から消滅して随分あとのことである。
ちりん。鈴の響きには及ぶべくもないが、金属の擦れ合うようなか細い音は、その帯域の高さゆえに、聞く者の精神に直接鑢をかけるような不快感をあたえる。正体がわからないのであれば尚更だ。カテーテルのときと同種の、否、前科があるからこそ余計に性質の悪い疑念が、ヤザンの心中に急激に薄黒い靄を広げる。今日は何度、こういう目に遭わせてくれれば気が済むのだろう。
やがてシロッコの懐から取り出されたのは、先刻のそれよりだいぶん小振りの、無色の液体の詰められた瓶がひとつ。つづけて、くすんだ銀色の、リング型の金属がその指先に抓まれてあらわれた。輪の直径は一センチ前後、小指にも嵌りきるかどうかわからない。リングそのものには隙間が空いているらしく、そこに小さなボール状のものが挟み込まれていた。輪の大きさにくらべて、リングそのものは異様に太い。
これらふたつの擦れ合ったのが、例の音の正体であろう。カテーテルに比べれば、その用途にもまだ想像がつく。しかしそれは決して愉快な想像とはいえなかった。ヤザンが口をひらくより先に、シロッコが蒼色の双眸の前へとリングを翳す。
「あの機体がつかえるようになるまで、きみが私のもとに居てくれるかどうか、心配でならないんだ」
心配、という単語とはおよそかけ離れた顔をして、ぬけぬけとそんなことを言ってのける。
ヤザンがこのパプテマス・シロッコと、共闘の意をしめす握手を交わしてから二週間あまり。明確に言葉にこそしていないものの、ティターンズ内部における権力抗争において、今後は全面的に協力態勢をとるという暗黙の了解が、ふたりの間には既にできあがっていた。この男の肚のうちなど読み切れるわけもないが、今後、ジャミトフやバスクとの諍いが表面化するようなことがあれば、ヤザンは迷わずシロッコに力を貸す。シロッコはヤザンに戦場と武器を提供することで、そのギブにテイクで応える。無言のうちに、そういう盟約が成り立っていたのである。
それが信用できぬと言っているわけだ。
状況が違えば、格好よろしく「何が望みだ」などと相手を睥睨してみせることもできたろう。しかし両手の自由を奪われ、ほとんど裸の状態で寝台に縫いとめられた姿のまま虚勢を張っても無様でしかない。そもそも何が望みだといって、相手があんなものを引っ張り出してきている以上、答えはもう決まったようなものだった。
「だから、形に残る約束がしたくてな」
何が約束だ、ばーか。やりてえだけじゃねえか。尤もらしいこと並べやがって。
相手はまたぞろ不貞腐れるかもしれないが、あのちいさな金属にヤザンは覚えがあった。まだ経験の浅い十代の頃に一度、士官になったばかりの時期に一度、ああいうものを使われたことがある。ニップルリングとかいったか。要はあの隙間がバネ仕掛けになっており、乳首を挟んで締め付けるだけという、至ってシンプルなSM玩具だ。どこが愉しいのかわからないが、攻め手は結構昂奮するものらしい。単純に視覚の問題だろうと思う。
つけられる側からしてみれば、堪え切れぬほどではないにしろ苛つくタイプの痛みが走るばかりである。マゾっ気がなければ尚更だ。そもそも、乳首を挟むというそのシステムそのものがどうにも間抜けにみえて仕様がない。深夜のテレビ番組で、よく似たようなことやってんじゃん。洗濯鋏で。あれと一緒じゃん。
遣り方によってはあとあとまで疼痛が残るのも腹立だしいから、なんとか言いくるめて止めさせようと口を開きかける。シロッコのような男を相手取ってそんなことを試みてしまう見通しの甘さは言わずもがな、一度下した判断を何の疑問も抱かずに押し通してしまうその単純思考も、周囲をして「知性がない」と陰口を叩かせる所以のひとつであろう。
同じタイミングでシロッコが瓶の蓋をあけると、吸いこんだ空気のなかにぴり、と刺激の強い匂いが混じった。覚えのある匂いである。ヤザンはほとんど世話にならないが、艦内の医務室へ行けば胸がわるくなるほど嗅げるだろう。消毒液の類らしかった。
洗濯鋏コントにそんなもの必要だろうか、と首を捻る暇もなく、何処から出してきたものか、ガーゼらしきものの上に小瓶が傾けられた。人口繊維の許容を過信しすぎていたのか、それとも瓶口のサイズを見誤っていただけか、中身が布の上に過剰に注がれる。掌に収まるサイズの小瓶はほとんど空になった。吸い込みきれなかったぶんがぼたぼたと指の隙間から溢れ、シーツを濡らす。シロッコは頓着する様子もなく、指先から滴の垂れるままにしていた。
薬液を必要以上に沁み込ませたそれは、やがてこちらに近づいてくると、胸元に迫り――そのままそこを見向きもせずに素通りした。
そうして寸分の迷いもなく、脚のあいだへと至ったのである。
「……そっち、かよ……」
「何だと思っていたのかね」
軍人という職業に就いていると、当然のことながら怪我をする機会も普通より多い。よっぽどひどい場合は医務室の世話になるが、緊急のときや艦に戻れないとき、軽い擦り傷程度であれば、自分で処置してしまうことが多かった。これはどこの軍隊でも変わらぬ常識だろう。ノーマルスーツにポーチがついているのもそのためである。
だから軍人というのは、すくなくとも一般人に比べれば、いくぶん応急処置の心得があるものだ。ちょっとした傷や捻挫の手当て、慣れた者なら骨折の対応も出来るかもしれない。基本的に、舐めときゃ治る、の精神で押し通しているヤザンでさえ、包帯くらいなら問題なく巻いてしまえる。
それだけに、この男の手際の悪さには眼を瞠るものがあった。掌や甲に消毒液の筋を作りまくっているのはまだ許せるとして、へばりついたままの白濁を拭うように、性器の先端を清める手つきがまるで素人である。一応自分とおなじ尉官であるのだし、パイロットとして働いていた経験がなかろうはずもないと思うのだが、どうしてこんなに不器用なのかわからない。今までずっと、女に手当させてきたとでもいうのだろうか。
ただしそれ以前に、この行動の意図がわからない。胸につけるのでないなら、あのリングは一体なんなのだろう。シーツの波のなかへ、無造作に追い遣られてしまった金属を横眼で見やる。カテーテルに苛まれた尿道口の、いまだ窄まりきっていない粘膜に、アルコールがばっちり沁みてひりついていた。どうしてこんなところを消毒する必要があるのか。先刻と同じようなことをやるつもりなのか。
股間の冷気に辟易しながら、ガーゼと格闘する白い手を見下ろした。
「また、さっきのアレかよ」
「私がそんなに芸のない男に見えるか?」
質問に質問で返される。見えるか、って訊かれたって。知らねえよ。
アルコールをたっぷり沁み込ませたガーゼは、持ち主の力加減も相俟って、頻りに含有量の限界をうったえ滴をこぼしている。滲み出たそれはヤザンの性器をも伝い、やがて陰嚢にまで至ると流石に堪え難い不快感を喚起した。
講習を受けたばかりの新兵のほうがいくらかましだと思えるような、下手糞な処置である。それなのに、消毒薬など携える風体がなんとなく医療関係の人間のように見えてしまうのは、その全身が白色で固められているせいだろう。会話を交わしながらも患部(この部位をそう設定するのであれば、それはふたつの意味で、完全にお医者さんごっこの域でしかなかったが)から目を離さない鹿爪らしい様子も、見ようによってはそれらしく感じられてしまうのが不気味ですらある。
こういうハッタリを最大限に利用して、こいつは今まで俗世間とやらを渡ってきたんだろうな。そんな冷笑的な考えすら浮かんでしまうような、ある種の姿の良さではあった。
そんな所感を抱かれているのを知ってか知らずか、シロッコはふたたび懐に手を入れて、何某かを探る。取り出されたものの端を摘んで塩梅を確認する様子は、ますます医療に長けている者の風情だった。
先刻と同じようなことを、と睨んだのは強ち間違いでなかったらしい。摘み出されたそれは、恐らく似たような医療器具の類である。カテーテルのときほどの寸法はなく、約七、八センチといったところだったが、細長い滅菌パックに収められており中身の様子はよくわからない。ただ、半透明のパックの中から、先刻のリングとおなじような銀色が覗いて見えるのに、何故だか異様なまでの戦慄を覚えた。
袋の口をあけながら、半分忘れかけていた会話のつづきをシロッコがはじめる。
「形に残るものがほしい。私ときみとの、盟約の証として」
科白だけを耳にするならば、こんなにこそばゆい告白もそうそう見当たらない。少なくともヤザンには一生吐けないしその機会もないだろう。しかしパックの中から取り出された銀色の態様はあまりにも威圧的で、相手の言葉に立てるべき鳥肌は、完全にそちらに対するものに取って代わられていた。
人工照明の光をにぶく反射する金属。カテーテルと同じく筒状になっていたが、長さがないぶん直径が大きかった。少なく見積もっても一センチ半はあるだろうか。何より恐ろしいのはその先端である。斜めにカットされ、鋭く尖ったそこは、物理的に何かを傷つけることにしか用途を見出せぬようなかたちをしていた。まるで、おおきな注射針の様相を呈している。
シロッコはその端と中ほどを、それぞれ両手の指で摘んでから、慎重に力を込めてすこし撓ませるようにした。真っ直ぐに伸びていたものが、浅いL字型に歪曲する。
「……なんだよ、」
「私にも経験はないが……調べたからどうにかなるだろう」
頑丈そうだし。そう付け加えて、シロッコはアルコールに清められた性器に手を伸ばす。何度も抗議したにもかかわらず、この男のこういう不明瞭なところは改善される見込みはなかった。もともと直す気もないということだろう。
反射的に腰を引いて、ヤザンはその指から逃れようとした。片手には太い針。もう片手に大事な部位を掴まれている。命の危険を伴う場合を除けば、これ以上ないくらい御免こうむりたいシチュエーションだ。本日数度目の冷や汗が背中に滲む。ギロチン刑を審議される罪人達も、程度の差こそあれ、こういう生理的な恐怖に慄いて止まないことだろう。
いきなり目隠しプレイを強要され、公共の場で痴漢紛いのことをされ、手錠で拘束され、カテーテルを突っ込まれ。相手に対する評価も、流石にもうこれ以上地に堕ちることはなかろうと思っていた。それなのに、耳元で囁かれた科白は余りにも衝撃的で、完膚なきまでの絶望を身の内に覚えるのには充分すぎたのである。
「ここに、な、」
消毒液に濡れたままの親指が、ヤザンの先端をゆるゆると擦った。
「穴をあけようと思う」

男が涙を見せていいのは、人生において三度だけであるという。
一度はこの世に生を受けたとき。一度は親を亡くしたとき。そうして最後は、性器に無理やりピアス穴をあけられたとき。……んなわけねぇーだろ。
あれほど無茶苦茶に抵抗したことは、後にも先にもあの一度きりだったと断言できる。両刀遣いを公言しているから、若い頃には強姦紛いの目に遭わされたことも少なくはなかったが、その時だってここまで必死にはならなかった。敢然とした拒絶を受けて、シロッコが腹立だしいほど意外そうな顔をしている。諾々と受け入れるとでも思っていたのだろうか。だとすれば頭がおかしい。イカれている。
がしがしと肩口を蹴りつけられながら、表情を歪めすらしないあたりは流石ぼくらのキャプテン・パプテマス大尉殿だと瞠目せざるをえないが、その薄い唇から出てくる言葉はあまりにも的を外れていて、その度に脱力しそうな身体を緊張させておくので精一杯だった。
「私の傍に、ついていてはくれないというのか」
「それとこれと何の関係があるっつうんだよ」
「わかっている。あの機体が汎用化したら、真っ先に君を」
「枕営業じゃねえか!」
もともと、ヤザンという人間にしても、周囲をして突っ込みをいれずにおられないような、型破りの性質を充分すぎるほど携えていた。しかしそういうヤザンですら、この男の暴走にはついて行けない部分が多すぎる。いつも傍らに付き添っている「戦闘人形」の嬢ちゃんは、こういうシロッコの非常識に何の疑問も持たずに従っているのだろうか。だとすれば打たれ強すぎるし、同時に哀れでもある。
この造りものめいた風体のどこにそんな力を秘めているのか、白い腕はヤザンの身体を抑えつけ、上に圧し掛かって下肢の自由をも奪う。尚も跳ね上がろうとばたつく両脚に体重をかけられると、驚くほど動きが制限される。適切な処置だ。こんなところばかりは手際がよく、たいそう軍人らしい。しかし感心している暇はなかった。
「そんな太いもん、……刺さるわけ、ねえだろうが」
「惜しいな、タイミングさえ違えばこの上なくそそる科白なのに」
そこらの士官であれば一瞬で泣きの入る恫喝の表情が、この相手に通じないのだということはエレベーターの中で確認済みである。唾でも吐きかけてやろうと思ったが、恐らくはその神経を逆撫でするだけに終わるだろう。一瞬の逡巡のうちに、消毒液で冷やされた股間が、よりひんやりとした感触を鋭敏に捉えた。
見なくてもわかる、というより、悔しいが見るのが怖い。あの太い針が、性器の先端に押し付けられている。
「……って、てめ、……」
悪態をつくその語尾が、注意しなければわからないほどほんの僅か、情けなくぶれてしまったのをヤザンは自覚していた。当然だと思わせて欲しい。いかな職業軍人、数多の修羅場を潜り抜けてきたエースパイロットとはいえ、こんなシチュエーションに遭遇したのは生まれてはじめてのことなのだ。押し付けられた部分から、いままでに経験したことのない、妙な怖気が駆け上がってきて皮膚をますます粟立てる。本気か、と質そうとして、相手の眼の色を見て取って無益なクエスチョンだと悟った。その代り、あくまで強気の態度を崩さず言い募る。
「こんなこと……どうなるか、解ってんだろうな」
「野獣」の通り名をもつこの男に、懇願という選択肢はない。プライドが許さないのではなく、もともと他人に頭を下げるということを知らないのだ。しかし、例えどんなに泣いて哀訴しても、シーツに額を擦りつけて頼んでも(後ろ手に拘束されているから物理的に不可能ではあるが)、結果は変わらぬから無駄なことだと断言していいだろう。褐色の肢体を押さえつけるのに使われていたシロッコの片手が、ふたたび哀れな性器を捕えた。
先刻のディープキスに反応しかけていたそこは、あまりに急激な状況の変化についていけず未だ芯を残している。シロッコはヤザンの言葉など馬耳東風といった様子で、勃ったのか、などと呟いては喉の奥で嗤ってみせた。腹立だしい態度であるのは確かだが、今はいちいちそんなことに目くじらを立てている余裕はない。
太いニードルの先端が狙っているのは、ヤザンの方から見て鈴口の手前、亀頭のちょうど中ほどだった。怖いもの見たさにそろそろと視線を落としてしまって後悔する。すぐに顔を仰向けたけれど、銀色の先端が男の弱点に突きつけられる光景は、一瞬にして脳裏に焼きつき離れなかった。天井のあかりを受け、ぎらぎらと過剰に光って見える金属。消毒アルコール特有の匂いが鼻をついて軽い頭痛を呼び起こす。言いたいことは頭のなかに山ほど渦巻いているのに、どれひとつとして言葉になって出てきてはくれない。情けないことだが、未知の恐怖に思考が塗り潰されていくのが自分でもよくわかる。はじめて男に掘られたときだってこんな風にはならなかった。視界の端で、乱れた軍服の裾が心臓の鼓動にあわせて揺れている。
譫言のような拒絶の科白が、無意識のうちに唇から洩れた瞬間、薄い亀頭表面の極一部が、鋭い先端に押されて凹んだ。
腰を跳ねさせていたら、その時点でそこはずたずたに裂けていたことだろう。しかし野性の本能というやつか、ヤザンの肉体はそうしたい衝動を反射的に抑えつけて、細くちいさく息を呑むにとどめた。
つづけて襲ってきたのは、ぶつり、と肉の破られる感覚。尖った犬歯でもってオレンジの中袋に噛みついたような、そういう音が身の内に響いて神経を駆け巡る。あまりの衝撃のためか、痛覚が反応するまでに若干の時間を要した。
「……ぁ、……!」
両眼がいっぱいに見開かれる。人工照明の過剰な光量が瞳の中へ容赦なく入り込むけれど、眩しさはまったく感じられなかった。視界とおなじように頭の中が真っ白になる。感覚の、意識のすべてが脚のあいだに集中して、逃れることは叶わなかった。だから後になって、ヤザンはこのときのことを明確に思い出すことができない。
ただそこにあったのは、今まで経験した痛みのすべてを集約してもまだ足りない、あまりにも圧倒的な衝撃。
ぐりぐりと不器用に異物が挿し込まれていく。直径一センチ半、線径にすれば三センチはあろうかという太い筒が、なんの通り道も持たない頼りない肉を穿ち、残酷な傷を残した。ヤザンの身体はどこも無駄のない強靭な筋肉に包まれていたが、ここだけは鍛える術のない唯一の隙である。明らかに消毒液でない、ねっとりと温かいものが、幾筋も陰茎に沿って流れていく。出血したのだろう。勃起の収まらぬうちのことだったから、血液も集まっていたはずだ。足先が冷たい。体重をかけられているというだけの理由ではないだろう。
思いきり声をあげて喚けばすこしは感覚を分散できるのかもしれない。しかし筋肉は目一杯緊張しているくせ、身体の何処にも自分の意志で力を入れることは叶わなかった。喉や口とて例外ではない。ただ情けなく開かれて、時折不規則な息を吐くだけの器官に成り下がっている。冷や汗を通り越して、脂汗が全身に滲み、はやくも背中を伝いはじめていた。
ぷつぷつと海綿体を断ち、精脈洞を千切ってニードルは無遠慮に道をつくる。一センチ進むのに所要した時間はほんの数分程度のものだったが、ヤザンには数時間にも感じられた。傷口から溢れて止まらない血液は、ほどなく陰嚢に至り、やがてシーツをもべったりと濡らす。
「あ、」
半ば朦朧とした意識のなかに、状況には不似合いな独語が入り込んできたのは、そのときである。
瞳だけを動かして相手の方を窺うと、指先を赤く染めたシロッコと視線がかち合った。それより下は見たくもない。
「すまん、間違えた」
この男らしからぬ、どこか間の抜けたような、やっちゃった、とでもいいたげな表情を浮かべている。こういう顔をしていると、二十六という年齢に相応の、ごく普通の青年らしく見えるのがかえって違和感を喚起させた。その視線はヤザンの貌と脚のあいだを交互に滑って、何ごとか迷っているように落ち着かない。薄い唇からは独り言めいた呟きが続けられる。
……そうか、こっちから……逆だから、そうだな、そうしたらこう、中から、外、……
性器を固定していない方の手を虚空に動かし、何やらシミュレートをしているようなのだった。その間、中途半端に抉られた穴は放置されたままである。相手の態度に意識を逸らすことができたのもほんの一瞬で、灼かれるような激痛は容赦なくヤザンの肉体を責め立てて止まない。じゅくじゅくと間断なく神経を染め上げて、瞼の裏に鮮血の幻影を作り上げる。先刻のカテーテルの比ではない。一方的な苦痛にのたうち回る自分の前で、汗ひとつかかずブツブツと独りごちるこの男が憎かった。
ややあって、シロッコの逡巡は漸く帰結を迎えたらしい。己の穿った深い傷に固定されていた視線が、ぱっとこちらに上向けられた。
「よし」
力強く頷く様子も、普段の彼にはまず見られないものである。ある種の無邪気すら感じさせた。
「このまま行こう」
どうせ留めてしまえば同じことだ、と勝手に納得して言い放つ。このワンマンにももう慣れた、といいたいところだが、こういうときばかりは勘弁してほしい。何を「このまま行く」のか、「同じ」なのかわからないが、こちらの身体に直接かかわることなのだ。
珍しく、そういう意図を汲んだのか、シロッコは再びニードルに指をかけながら、拙すぎる施術の説明をしてくれた。
「本来なら、こっちから針を入れるべきだったんだ」
ブリッジにいるときからは想像もつかないようなラフな口調でもって告げると、親指で尿道口のあたりを突く。ヤザンはそちらを見ないようにしていたから、感触からの憶測でしかなかったが。
「……で、こっちから出す」
ニードルに力を込められる。新鮮な痛みがまた急激にせり上がってきて、両の拳をかたく握り締めた。決して伸びてはいないはずの爪が、グローブごと掌を突き破りそうになる。
「しかし、どうやら私も焦っていたようだ。あんなに君が厭がると思っていなかったものでな」
まるでこちらが悪いといいたげな口振りである。十分前ならば、ふざけんなと怒鳴りつけた挙句お綺麗な白皙に突き蹴りを入れて終わりだが、今となってはどうすることもできない。大事な部分を人質にとられているも同然なのである。それも、エレベーターでの比ではない切迫感をもって。
通常の半分も働かぬ思考回路に理解させるには、あまりにも言葉足らずな説明ではあったのだけれど、要するにこのド素人、穴をつくる順番を間違えたといいたいのだろう。そんなもの何処から開けても同じだという気がしないでもないが、こういうプレイに臨むにあたって、彼なりに予習でもしてきたというのだろうか。まったくもって余計な努力だといわざるをえない。
今のヤザンにしてみれば、ただこの堪え難い苦痛の一刻も早い解消が、唯一無二の希望であり渇望であった。
「少し手間取るかもしれないが、このまま進めてしまおう。大人しくしていてくれよ」
尿道がずたずたに裂けても知らんぞ。
痛みのあまり意識が混濁していて、相手の言葉を解釈して飲み下すだけで精一杯だったのに、付け加えられたひとことだけが妙に生々しく、直接ヤザンの生理を脅迫した。
本気で喧嘩をすれば絶対に負けない相手の一挙手一投足にいちいち翻弄され、おびやかされてしまう弱弱しい自分が情けない。はじめて他人と寝てからこっち、何人の人間と関係を持ってきたか覚えていないけれど、その交渉のほとんどすべてにおいてヤザンは圧倒的な主導権を勝ち取っていた。餓鬼だろうが年上だろうが、異性だろうが同性だろうが、まるで戦場での闘いのように、その技術と体力のもとに屈服させてきたのである。そういう自分が、まるで安っぽいSMクラブの客よろしく、身体の自由を奪われて好き勝手に捏ね繰り回されているのだ。ヤザンの尖った犬歯が、血の滲むほど唇に喰い込んだのも無理はない。
傷口はなおも深く、非人道的な軌跡を肉の中へ進めてゆく。やがてL字の曲がり角に到達したのか、軽い抵抗があって(これがまた、背筋の引き攣れるほど痛かった)侵攻はいったんそこで止まった。それから何を思ったか、中を探るように、海綿体を抉り出すようにぐり、と左右に揺れる。
撃ち込まれた銃弾を、麻酔なしで掻き出したときですら出さなかったような呻き声が唇から漏れた。タトゥーを入れた時など比べものにならない。脂汗が額を伝う。視界の中にあるすべてのもの、放り出された薬液の瓶、皺の寄ったシーツ、シロッコの蒼い髪、ベッドの端に丸めて寄せられたコンフォーター、それら諸々が俄かに霞んで現実味をなくしていく。あまりの動揺に、思わず腰が引けそうになった。
「頼む、すこしだけ我慢してくれ」
そういうシロッコの口振りも、先刻のような悠長なものではなくなりつつあった。視線も股間から離れていないようである。あっちはあっちで余裕がないということだろう。知ったことか、という思いと、とてつもない不安感が交互に去来したけれど、それもまたすぐに、圧倒的な苦痛の前に押し流されてしまう。
ものの距離感も、大小の感覚も曖昧になって、自分が今どこにいるのかよくわからなくなってきていた。
双方の緊張に凍りつく空気と、中でニードルの蠢く様子とは、まるで裏腹の様相を呈している。無邪気な子供に弄ばれる玩具のように、白い指先の命令を過剰なまでに受諾して肉の中を掻き回した。実際には数ミリ単位にも及ばぬだろうその振動が、ヤザンの肉体には直接手を入れられて攪拌されているかのような圧迫感を与える。
亀頭の左右、傷から鈴口にかけてのルートの両側が、指先で挟むようにかるく押さえられた。経路を確認しているのだろう。位置を調整するように、ニードルの先端がじりじりと揺れる。中を傷つけるには至らなかったが、出来たばかりの軌道には充分すぎる刺激だった。うまく呼吸ができない。息を吐いたり吸ったりするたびに、筋肉が微妙に前後して新たな痛みを呼び起こすのだ。
指先がつめたくなっているのを感じる。貧血でも起こしているのか。……この、俺が。
ややあって、鋭い切っ先はその進行方向を定めたらしい。ゴムを千切るような緊張のあと、亀頭の表面を破られたときとおなじような痛みが、今度は性器の内側に駆け抜けた。おそらくは、尿道に到達したのだろう。いままでに作られた傷口の刺激に紛れているから、はじめのときのような鮮烈な衝撃はない。しかしその気になればすぐにでも様子を確認できる表面と違い、開いて見ることもできない肉の内部に開けられた新しい鋭痛は、生理的な嫌悪感を呼び覚ますのには充分すぎた。体内で蟲でも蠢動しているかのような感覚。肉体の一部が今まさに破壊されかかっているのに、自分ではどうすることもできないという絶望と、隔靴掻痒のもどかしさがじくじくと滲んでいる。なかで溢れて巡っているだろう血液が、まるで溶岩のように熱く感じられた。
やがて細い尿道の壁に穴をあけ、中に侵入して、ニードルは今度は亀頭の表面側を目指して這い上がってくる。
これまでのそれが重苦しく、神経を直接灼きあげるようなものなら、こちらはその部位をひたすら責め立てひりつかせるような厭らしい痛みである。カテーテルのときとよく似ていたが、隘路を押し上げる圧迫感はこちらの方がずっと強かった。それでも頼りない尿道をいためぬよう細心の注意を払ってはいるのだろう、鋭い切っ先が粘膜を傷つけるようなことはない。ある程度の位置まで進んだところで、不意に針の侵攻が止んだ。
「取り敢えず、こんなところでいいだろう」
言葉の意図を汲み取るのに、普段の何倍もの時間を要する。いいって何だ、いいのか、もういいのか、いいんだったらさっさと終われ、終わらせろ、切羽詰まった懇請ですら命令口調を忘れないのは流石というしかなかったが、もはやまともな意思表示さえ覚束ない。潮の満ち引きのような痛みのリズムに、身体を合わせるのだけで精いっぱいだ。
なるべく筋肉を動かさぬよう、呼吸は浅く、回数を少なくしているから、慢性的に酸素が足りずに息が苦しい。強化人間用のMSを駆って平然としているほど強靭な臓腑の持ち主であっても、大事なところを穿たれる激痛が伴えば話は別だ。額に落ちる前髪が擽ったかったが、首を振って払うことはおろか、身じろぎすることすらできずにただ激痛と戦っている。消毒液のそれを掻き消すほど濃密な血の匂い。とっくに嗅ぎ慣れているはずなのに、吸い込むたび胸がわるくなるようだった。
「抜くぞ」
言葉通り、ニードルがゆるゆると引っ張られる。先程と同じように慎重に、苛ただしいほどゆっくりと道筋を滑っていった。はやく抜いてほしいというもどかしさとともに、粘膜の引っ張られるような、引き攣れるような感覚が襲ってきて腰が浮きそうになる。尿道ごと持っていかれそうな錯覚に陥って、グロテスクな絵面が乏しい想像力のなかから描き出されては消えた。
挿入時の数倍の速さでもって、ニードルは哀れな性器からすっかり取り除かれ、シーツの上に転がされた。先端を抜いた瞬間、とぷ、と勢いよく溢れたように感じたのは、恐らく中で溜まっていた鮮血だろう。陰茎に沿ってなまあたたかく流れていく。そこを確認する気はまだ起きないが、目線をすこし右にずらしたら、血塗れのニードルが視界に入り込んできた。いびつに歪んだ針の先端から曲げられた部分まで、銀色の箇所はほとんど残されていない。白く清潔なシーツの上にあって、その姿は異様なまでに禍々しく、どんな殺人兵器よりも惨たらしいイメージを喚起させた。一抹の好奇心をヤザンは慙愧する。
やがて衣擦れの音とともに、埋もれていた消毒液の瓶が探られ、ふたたびシロッコの膝元に引き寄せられた。取り出されたきり放っておかれたままのリングも、いつのまにかその指に抓まれている。血に塗されたニードルを目にした後だからか、一片の汚れもないまっさらなその金属が、ひどく清浄なものにすら見えた。器用な指がリングの隙間を広げると、挟まれていたボールが掌を受け皿にして落ちる。それだけを別にしてポケットに仕舞うと、シロッコは改めて傍らの瓶を取り上げた。蓋がひらき、本体が傾けられると、底の方へ僅かに残った薬液がリングの上に注がれる。隙間の両端には特に重点的に。
瓶の中身がすっかりなくなってしまうまで、ヤザンは穿たれた傷の痛みと出血の不快感にひたすら耐えつづけていた。消毒液の匂いがまた色濃くなったが、血の生臭さも相変わらず負けてはいない。種類を異にするふたつの匂いの混じり合った様子は、まるで野戦病院かなにかを想起させるようだった。
濡れそぼつリングが、ぽたぽたと滴を落としていた。ガーゼのときとまったく同じ状況に、もしかして先刻もわざとやっていたのじゃないかという疑念が去来したが、それも一瞬のことである。白い指がふたたび脚のあいだに迫ると、視線が無意識のうちにリングの行方を追って、そのまま鮮血に染まる自分自身を捉えた。見慣れた肉体の一部とはあまりにもかけ離れた惨状に、思わず顔が引き攣る。……見なければよかった。
これまでの手際の悪さは何だったのかと思うほど澱みなく、広げられたリングの片側が亀頭のホールに掛けられるに至っては、もはや抵抗する気力も湧いてこない。施術の様子を凝視しているのもなんとなく癪で、ヤザンはふたたび顔を背けた。ビビっているように見られるかも知れない、等という自意識は今や忘却の彼方である。
尚も止まらない血流に蓋をするように、リングの片側が真新しい傷口に捻じ込まれた。抉られる苦痛に呻き声を漏らす隙もなく、ニードルとほとんど同じ太さのそれは、素人仕事によって穿たれた経路を無遠慮に進んでいく。剥き出しになった海綿体をぐりぐりと押し上げて、尿道に開けられた穴に到達した。
傷を擦過されるだけでも膝が痙攣しそうなほど痛いのに、守ってくれるもののない粘膜は消毒液に触れた箇所から灼けつくように沁みる。温度の低い金属の挿入りこむ感覚と相俟って、熱いのか冷たいのかよくわからなくなっていた。
侵入の角度を探っているのか、尿道の薄い壁をリングが軽く擦り上げた。飛び跳ねるような激痛と、毀されそうな寄る辺なさが同時に襲ってくる。はじめに穴を開けられていたときは、ただその苦痛と戦っているだけで精一杯だった。しかしここへきて、穿たれる直前にあった未知の恐怖がふたたび蘇る。組織単位で肉を毀される恐怖。下手な抵抗をすればますます酷くなるという恐怖。この本能的な感情じたい、ここ何年かはまったく御無沙汰していた種類のものだった。
ややあって金属が入口を捉えると、尿道壁の破れ目を押し広げてそろそろと内部に入り込んできた。ニードルと違い先端が尖っていないから、過剰なまでに気を遣う必要はない。それでも筋肉を押し上げるのにはある程度の注意を払わなければいけないから、少々焦れったいほどゆっくりと、金属は隘路を進んできていた。消毒液の効力は海綿体の内部で終わってしまったらしく、アルコールの刺激はもうまったく感じない。カテーテルと併せて三度目の圧迫にヤザンは早くも慣れ始めていて、そういう自分の順応力を心から無駄だと思う。
不器用なリングの進攻がはじまって数分。突然、尿道口を、硬くてなまあたたかい感触が割り開いた。それが粘膜を滑ると同時に、はあぁ、と深い深い溜息が、ひりついた空気を揺らす。ヤザンのそれではない。シロッコのものである。安堵の吐息でもってこの地獄の終焉を告げたのは、あのパプテマス・シロッコの方であった。
あまりの意外な反応に、一瞬、痛みすら忘れて相手の貌を見下ろすと、若干草臥れたような眼差しと視線がかち合った。白皙の中に彫りつけられたような、かたちのいい薄い唇の片端が持ち上がる。
「……はじめての共同作ぎょ、」
「死ねよ」
よく声が出たものだと自分でも思う。皆まで言わせないまま視線をずらすと、血染めのシーツの上に、試練を終えたばかりのヤザン自身が無惨な姿を晒していた。
鈴口の割れ目が溢れる血に染まって、柘榴のように口をあけている。そこから銀色の異形がにょっきりと顔を出す様は、先程よりもずっとグロテスクで背筋を凍らせるのに充分だった。ここ数年、ほかの箇所に負った怪我のどれよりも酷い。出血はまだ治まらないらしく、金属と傷口の隙間から新たな赤色が滲み、皮膚をてらてらとぬめらせる役割に加担した。じくじくと絶え間ない痛みが腰全体に響きわたり、重く包み込んで止まない。
シロッコの双眸には、ただの満足以上の何某かを内包した光が湛えられて、じっと己の施した装飾に吸い寄せられていた。

体感時間にしておよそ数時間、実際には十五分とちょっと。
ヤザン・ゲーブルの局所に、思いもよらぬ枷がつけられることになったのは、こういう経緯による。


一両日はまともに歩けるかどうかも危うい、というのが、かの男の調べた前例であるらしい。しかしヤザンは強靭な体力と精神力でもってこれを破った。手渡された抗生物質とやらは、腹立ち紛れにその場でぶん投げてきたのだけれど、数時間後には個室におなじものが届けられたところをみると、確実に必要であるということなのだろう。
ぴったりしたボクサータイプの下着の下で、リングが擦れるたびにじわりと鈍痛がはしる。出血も治まったかと思えばまた再開したりして落ち着かなかった。普段はそれでも、平気な風を装っていつもの通り立ち居振舞う。周囲に誰もいなくなったのを確認したときだけ、壁やハンドグリップに寄り掛かって息を整えていることがあった。一度だけシロッコにそれを発見され、にやにやと胸糞悪い笑みを向けられたことがあったので、殺意を込めた眼差しで返答に代えておいた。
「お前、女にもこんなことやってんのか」
苛立ち紛れの質問に、シロッコはあっさり否をかえした。
「いや。優しくしてやっているよ」
やっている、という傲慢な言い回しには眼を瞑るとしても、それならば何故、という疑問が湧き上がって消えない。数多の女たちをその掌に転がしておきながら、最もどぎつい性癖だけをこちらに適用するというのはどういう料簡だろう。まさかこういうことをするためだけに、自分のような同性と関係を持ったというわけでもあるまい。
かの男の真意はどうであれ、身体のなかで最も弱い箇所に取り付けられたリングは、わずか数センチの代物でありながらヤザンの生活を変えた。
傷口が完全に癒えるまでは排泄すらも恐怖である。カテーテルを挿されて以来はじめてその尿道が使われた瞬間、ヤザンは相手が控えているはずのブリッジまで向かっていって垂直落下式ブレーンバスターを喰らわせたい衝動を抑えるのに必死だった。実際にそんなことをしたら間違いなくこちら(の急所)にまで負荷がかかるので取りやめたが、リングに圧迫された隘路に尿が通り、中へ穿たれた穴を撫でさするだけで、容赦のない痛みが駆け上ってくる。三度目にはもうだいぶ慣れたが、たかだか排泄くらいでこんな仕打ちを与えられたくはない。どういう罰ゲームだ、これは。
コンパートメントの浴室で壁に寄りかかり、頭からシャワーに打たれながら、ヤザンは異形に変り果てた自分自身をぼんやりと観察する。
実を言うと、他人に無理やり装着させられた、という一点を除けば、外観として好みに外れたものではないのだ。胸元に目立つタトゥーを入れるような男が、こういう装飾を生理的に厭うはずがない。シロッコのそれに引けをとらぬ立派な局部を誇っているから、太く存在感のあるリングは贔屓目に見なくとも映えた。視覚的にまだ違和感が拭えないだけで、馴染んでしまえば案外、不愉快なものでもないのかも知れない。
さりとてあの男の行為が許せるはずもないが、ヤザンは身体の自由を取り戻しても、シロッコに喰ってかかったり、暴力に訴えるような抗議をしなかった。傷口に響くのがわかっていたから差し控えたというのもある。しかし最もおおきな要因は、女には優しくしている、とあの男が告げた直後、付け加えられたひとことにあったのだ。
「もっとも、」
と、恰もそれがヤザンの功罪であると言わんばかりに、シロッコは継いだのである。
「ここしばらくは、君としかしていない。誘われはするんだがな」
何の前触れもなく吐かれた耳ざわりのいい科白、後半にさりげない顕示の含まれたこの言葉を、いつものはったりや口八丁だと笑い飛ばすこともできた。実際、俄かには信じがたいような話である。艦内にいる何人の女がシロッコに睦言を囁かれたか、そしてその大多数が受け入れられていたということも、厭でも耳に入ってくる噂話のひとつであったのだから。
しかしヤザンにそんな駆け引きが通用しないということは、誰あろうシロッコ本人の最もよく知るところであろう。芝居がかった、大上段の言い回しの根底にはいつでも偽らざる本音が隠れていて、ヤザンのような男にも掬いあげることの出来るギリギリのところで汲み取られるのを待っている。そういう回りくどい方策をもってして、シロッコはいつもヤザンに接した。そこには意味のない虚言など、ひとつたりとて含まれたことはない。
だから恐らくあれも嘘ではない。ヤザンと肉体関係をもつようになって半月ばかり、あの男はほんとうに、取り巻きの女たちと閨に入るのを控えているというのだろう。
あれだけ異性を侍らせ、しかもそれによって少なからず利益を得てきたあの男が、「新しい時代を作るのは女性である」という持論を公言して憚らないパプテマス・シロッコが、数多の秋波を袖にして、同性である自分と関係を続けようとしている。その理由が明らかにならないところも含めて、この奇矯な現状には何かしら、慎重に対応せざるを得ない、不可解なものが隠されているように感じられてならなかった。だからヤザンはなんとなく、直截的な抗議の矛先を、相手に向け損ねたままでいる。
大事な箇所に、しかも無許可で大きな傷痕を作られていながら、甘っちょろいことだと自分でも思っていた。しかしここ数日のシロッコの挙動には、はじめの印象とおおきなギャップを感じさせる、一種の不審があった。それがヤザンの直感に訴えかける。
そもそも、はじめから敢然と拒絶しておけばよかったのだ。目隠しを強要されたときも、エレベーターの中で玩弄されたときも、本気で抵抗して勝てぬ相手ではない。カテーテルのときだって下肢は自由だったのだから、不審に思った時点で幾らでもやりようはあったはずだ。かたちの上では上司であるから、という口実は、ヤザンの性質を鑑みれば言い訳にしかすぎない。佐官ですら平気で怒鳴りつけ、終いには謀殺してしまうような男である。
直接の原因は、結局のところ、その決定的な性倫理の欠落にあった。
彼は戦闘というゲームには辛うじてルールを設定したが、セックスにはほとんどそれをしない。経験則に基づいて、後の面倒を避けるべく判断を下すことはある。しかし己に快楽を与えてくれるものであれば、対象も場所も性別も基本的には選り好みをしなかった。誰もが例外なく忌み嫌うような相手でも、ソッチが強いのだと判れば平気で誘いに応じた。一時休戦が許されるのであれば、敵兵としたって何とも思わない。どうせ、事が済んだら相手の見目かたちも、シチュエーションも、己がどんなふうに感じたかも、ほとんど綺麗さっぱり忘れてしまうのだ。
そこにはただ、強烈な生理的欲求だけがあって、後のことは総てオマケにすぎない。
ひとたび身の内に火が入れば、何をおいても優先されるべきはこの欲求だった。何某かがそこに横槍を入れても、大抵は悠然と無視されてしまう。意識の表層がそれを拒んだとしても、もっと深い、本能レベルの部分で欲望が忠実に敢行される。大手を振ってこれを邪魔できるのは、明白な生命の危機くらいのものかもしれない。
おおらかというには余りにも無責任な価値観である。戦闘に底のない愉悦を求めるこの男は、性行為においてもまた、同じように貪欲であった。それも「野獣」の「野獣」たる所以のひとつだという意見は、表面的には正解でもそのじつ誤りがある。野生動物というのは、快楽のために殺し、交接するのでは決してない。生きるための戦いであって生殖行動であるのだから、この男の衝動や生理とはまた、おおきく根幹を異にしている。ヤザンのそれはむしろ、幼子のエゴイズムに近かった。
それはスタンスというよりもはや染みついてしまった癖であって、ちょっとした緊縛だとか得体の知れない性具の類では、そこに危機感という名の抑制を与えるに至らなかった。もともとの知性のなさも相俟って、ああいう場面に本当に切迫した意識を抱くことができない。はやい話が、頭も身持ちも悪いのである。強すぎる欲望が、常識や理性やプライドを、軽々と超越してしまうのだ。女性に生まれなくてよかったというのだけは確かである。
傷はようやく癒着しかけて、出血の回数も格段に減りつつあった。亀頭のど真ん中を無遠慮に貫く金属は、数十時間前に比べてずいぶん安定しているように見える。リングの中央にはボールが挟まれて、ずれたり外れたりしないように固着していた。
抗生物質の効力か、歩くときの痛みもいくらか軽減されてはいた。ヤザンは一抹の興味をもって、床に向くリングを軽く、本当に軽く、指で弾いてみる。
それがまずかったらしい。
こういうものを装着させられて数日、ヤザンはシロッコともそれ以外とも交渉を持たなかった。当然である。傷口の塞がらぬ状態で弄ったり挿れたりすればどうなるかわからなかったし、もともと影も形も無かったものが、他人の目に触れてあれこれ詮索されるのも面倒だった。自分でさわるのも極力避けていたので、無論自慰もしていない。そもそも痛みのせいで、そんな気を起こすことがなかった。
しかしリングに刺激を与えた瞬間、ほとんど忘れかけていた情欲が、針のようにヤザンの腰へ刺し込まれた。
それは確かに、性感、という名で馴染みのあるはずの感覚だった。しかし同時に、痛みの走る瞬間にも似た鋭い疼きは、今までに経験したことのない未知の領域でもあった。わずかに身体が竦む。下腹部が俄かに熱を帯び、温度の高いシャワーが急になまぬるく感じられる。自分でもわけがわからぬほど急激な変容に、思わず唇から疑問形の呟きが漏れた。濡れた壁に押し付けられた肩口が、ぬるりと滑る。
好奇心に駆られてもう一度、今度は嵌められたボールごと、指の腹で転がしてみる。知らず、びくりと腰が揺れた。強すぎる刺激は、肉を穿たれた瞬間の記憶を蘇らせるけれど、今ここにある感覚の根底には紛うことなき愉悦がある。
あからさまに、海綿体に血が集まりはじめた。あれだけずたずたに切り裂かれたのだから、下手をしたら機能しないのじゃないかと懸念していたがとんでもない。常の何倍も敏感に、シナプスに忠実に役割を遂行する。リングがゆるゆると上を向きはじめていた。俄かに信じがたいことではある。しかし快楽を求めて止まないこの男の神経は、与えられたそれをあっさりと享受した。数日間のあいだ溜め込まれた欲望が、今更のように解放を主張して下腹部にじわりと揺蕩う。

……したい。
ごくりと喉が鳴る。

シャワールームの外で、緊急を告げる呼び出しコールが響いたのは、まさにその瞬間だった。



ハンブラビのリニア・シートは、ヤザンにはいつもより居心地悪く感じられた。
敵は量産型が五機か六機。ゼータどころか、ガンダムタイプの姿すら見当たらない。興味をそそる戦闘とは言い難かった。こんなことを言うのもなんだが、本来ならばヤザンのようなエースパイロットの出て行く場面ではない。直属の部下もブリッジクルーも、一様に首を傾げていた。
「ヤザン大尉はここぞというときに出ればいい」という、ドゴスギアの暫定指揮官の科白に、恐らく嘘は含まれていなかったろう。にも関わらず、出撃命令がくだされた。つまりこれは、単なる厭がらせである。
「適当に脅しをかけてやれ」
完全に塞がりきらぬ傷を、重力に思いきり加圧されながら、ヤザンは通信機越しに指令の主を睨みつけた。断ることもできるのは確かだったが、ピアスのせいで及び腰になったと思われるのは何より癪である。半ば意地になってコクピットに乗り込み、好奇の視線を振り切って宙域に出てきた。
いつもなら空気のように当たり前だったシートの振動が、今はいちいち勘にさわって仕方がない。カタパルトから発進した瞬間よりは幾分ましではあるが。
「散開します、隊長」
少々気づかわしげな部下の声が無線から響いてくる。様子がおかしいことを察知しているのだろう。さすがに付き合いの長い直属と雖も、その理由にまでは思い至ることもないだろうが。
シャワールームにいた時分は甘やかな疼きだったものが、今は穿たれた直後の鈍痛に逆戻りして、ずきんずきんとヤザンの下半身に響き渡る。バーニアによる加速は、その不快感をますます強めるばかりだった。シートの上で腰が浮きあがり、また押し付けられる感覚。そのたびに傷口が刺激され、新たな苦悶をヤザンの神経に伝える。
MA形態のまま進攻するハンブラビは、みるみるうちに敵機との距離を縮めていった。ヤザンとてプロの軍人である、ビームの射程圏内に入れば痛みなぞには構っておれない。慣れ切った調子でサイトの中央に機影を合わせ、危なげなくトリガーを引く。常闇に太い光芒が描かれて、敵機のコクピットをごそりと抉った。
オペレーターが新たな情報を通信してくる。相手はどうやら、アーガマの所属ですらないらしい。
「舐められたもんだ」
苛立ち紛れに舌打ちを漏らす。専念しようと思っても、どうにも気が削がれてしまって、いつものように積極的な殺意を向けることができないでいた。左右に航跡を広げた部下たちの機体は、はやくもビームの軌道上に爆炎を奔らせている。隊長が遅れを取るわけにいかないのは確かだから、スラスターの推力を更に強めて敵機に迫った。
僚機はどちらも、連絡事項以外では無駄口を叩かなかった。上官の不調を察しても出過ぎたことは言わない。出来た部下である。
ハンブラビ編隊の描く三角形は瞬く間に面積を狭め、ネモタイプの敵MS数機を袋の鼠に追い詰めた。こんな連中に海ヘビを使うまでもない。背中に位置するビームキャノンが、ふたたび二筋の光でもって闇を切り裂いた。照準が甘かったのか相手の技術を侮っていたのか、それは深いモスグリーンの装甲を大きく抉ったものの、致命傷には至らない。
「っち、」
やはり、急所に鈍痛を抱えたままで戦闘などするものではない。MA形態のまま仕舞いにしてしまおうと思っていたが、ここまで近づいてしまったらそうも言っていられぬだろうか。この状態のままではサーベルも取り出せないから、接近戦にはあまり向かない。
ハンブラビの変形機構は比較的簡易だが、中のコクピットには他と変わらぬ衝撃を与える。いつもならそんなもの屁でもないが、今この状態ではダメージも馬鹿にならないだろう。とんだハンデ戦だとヤザンは思った。戦闘をゲームのように愉しんでいても、こんな縛りプレイは望んでいない。
そのときだった。
戦場というのは、ほんの一瞬間の逡巡が命取りになる世界である。ヤザンもそのことは当然知悉していたし、麾下にも言い含めるところではあった。しかしこれまで経験したことのない部位の痛みは、意識から追い出そうとしてもなかなか出来るものではない。相手がガンダムででもあれば集中できるのだろうけど、なまじ強敵でないだけに、意識が分散されて仕様がなかった。
時間にしてみればコンマ〇、五秒にも満たないあいだのことである。しかし、そういう隙を突かれた。
やけくそなのか決死の覚悟なのか、追い詰められたネモタイプの乱射したライフルの光芒が、ヤザン機の肩口に掠ったのである。
傍目からは、それは大した被害に見えなかったことだろう。実際、独特のフォルムを成す装甲は常闇のなかで確認できぬ程度の損傷を受け、そこに位置するモノアイの映像に、ほんの数秒間のノイズを走らせただけで終わった。
しかしスラスターの出力を上げて迫っていた機体のこと、真正面からぶつかるように狙ってきたビームのパワーと拮抗し、コクピットが反動に揺れる。普段なら己の油断を慙愧させるだけに止まったはずのその衝撃が、股間の傷に尋常ならざるダメージを与えた。貫くような痛みが腰を衝きあげるにつれて、次第に太く、重たいものに変わってゆく。ペダルの上の爪先が、瞬間、痺れたようになった。咄嗟には声も出せずに歯を喰いしばる。心臓の鼓動が、一拍飛ばされた。
知らず、操縦桿をきつく握り締めている。俄かに冷や汗が滲んで、ノーマルスーツの下のアンダーを湿らせた。
「……てめえ……」
ヘルメットに隠された額に、長い青筋が浮かんだ。トリガーに指がかかる。
「いてえだろうがーーーーー!!!!」
ふたつの砲門から射出されたメガ粒子砲が、まるで一機からのものは思えぬほど多量の光の筋となって、哀れな量産型をずたずたに引き裂いた。


流石にこれはねーわ。
デッキに戻って通路の壁に寄りかかり、未だ燻る疼痛と戦っていたら、視界の隅に見覚えのある白い軍服が入り込んできた。
セックスのあとよりよほど疲労困憊していて、相手を睨める気力すら湧いてこない。瞳の位置だけをずらして捉えた白皙が、例の微笑を浮かべて近づいてくる。
コクピットから出たばかりの身体は火照っていて、大きく開いたスーツの胸元から外気が流れ込むと、貼りついたアンダーごとひんやりして気持ちがいい。しかし下半身には相変わらず錐で揉むような痛みがあった。
「……お前はよぉ」
「以前から思っていたのだが」
テンションの上がらぬまま抗議の声をあげると、遮るように相手の言葉が被さってきた。切れ長の双眸から注ぐ視線が上下して、ノーマルスーツの爪先まで舐るように眺めまわされる。あまりいい気分はしなかったが、言葉で勝てるはずのないのは流石にもうわかっていたから、不承不承口を噤んで先を譲った。
「大尉は、いい身体をしているな」
何を言い出すのかと思えば、ブリッジにいるときと寸分違わぬ調子でナンセンスな称賛を口にする。
「そりゃあ、どうも」
側頭部を壁に押し付け、気のない生返事をするヤザンに
「ノーマルスーツに謝れと言いたい」
「……は?」
シロッコは至極本気の様相である。
「そんなに身体の線が浮き出ていたのじゃあ、スーツの意味を成さないじゃないか。卑猥だ」
「どっから突っ込んでいいのかわからんが、これ別に服の代わりとかじゃねえから」
呆れるを通り越してもはや無関心に近いような気分になると、相手を捉えていることすら億劫になって視線を床に落とした。狙いすましたように、壁にくっついた片耳へハンドグリップの作動音が響いてくる。視界に濃い影が落ちて、やがて尖った靴先が覗く。ふたたび瞳をうごかしたときには目の前に白い貌があった。
「ソッチの具合はどうかな」
シロッコの目線が、ちらりとこちらの下肢に走った。傍からは、艦内の有名人ふたりが何某か密談をしているというようにしか見られぬ光景である。
すぐに片がついたとはいえ、戦闘後のデッキには特に人が多い。あまりおおっぴらに戯れればすぐ口の端にのぼるだろう。他人の噂話など慣れていたし痛くも痒くもないが、この男の僕に成り下がったと解釈されるのは癪だった。保たれた距離をこれ以上狭めないよう、つまりその場から一歩も動かずヤザンは返答する。
「最悪だぜ」
そりゃあ大変だ、と、シロッコが態とらしく眼を見開いてみせた。胸の下でいつのまにか組んでいた腕を、無造作に解いて両脚の脇に垂れさせる。そのとき、片手の甲が甚ださりげなく、偶然を装ってヤザンの鼠蹊部を掠めた。
何故「装った」のが判ったかというと、触れ合った直後に、かの男の薄い唇がなんともあくどい笑みに歪んだためである。流石に、攻撃的な不快感が身の内に去来するのを抑えられない。
「つまんねえことしてんじゃねえよ」
「はて、何のことだろう」
痴漢というのは、こうやって自らの罪に逃げ場をつくっておくのだろうと、ヤザンは今まで考えたこともなかったような犯罪者心理に思いを馳せた。
ヤザンのしているのとちょうど反対側の肩を、通路の壁に凭せ掛けて追及をかわしてから、新しいトピックでもってシロッコは追及を強制的に遮断する。
「しかし、流石というしかないな。量産型とはいえあれだけの短時間で三機、うちのクルーも驚いていた」
うちの、というのがどちらの艦を意味するのか知らないが、その言外にはあからさまに「しかもそんなハンデつきで」という揶揄にも似た意図が含まれていて、ヤザンの神経を余計に逆撫でする役割しか持たない。下半身の痛みも漸く治まりつつあったし、苛立ちしか与えないこんな不毛な遣り取りはさっさと切り上げてしまうのが吉だろうと、ヤザンは壁に体重をかけた反動で跳ねるように通路の中央へ出た。そのまま床を蹴り、軽重力に身を任せてシロッコの隣を行き過ぎる。
そこで、行く手を遮られた。ノーマルスーツの腕を掴まれたのである。
もとよりこの程度のちょっかいは予想しないでもなかったから、片目を眇めて相手の顔を睨めるに止める。足がちょうど床から離れたばかりのことで、姿勢の安定までに数秒の間があり、そちらに意識をとられて振り解くのが遅れた。その隙に身体が引き寄せられ、他所から見てもちょっとこれは怪しいのじゃないかという距離にまで近づけられる。いかなヤザンの体躯が平均をだいぶ上回るものであるとはいえ、やはり軽重力の中であるから、その仕事は意外にあっさり成った。
息のかかりそうな場所に、生気を感じさせない生白い貌がある。
「ピアスの具合を、見たいと思っているのだが」
ここでも、シロッコの持って回った科白の根底には偽るべからざる本音が沈殿していた。つまり、それを名目に、「したい」のだと。
当然のことながら、ヤザンはそれを拒絶しようとした。もういくつの前科を持っているのかわからぬ相手である。易々と承諾していいような申し出ではない。今度身を任せたら、それこそヤザンの乏しい想像など軽く絶するような物凄い待遇が待っているに違いない。腕の拘束を振り切ろうと、ヤザンはスーツの下の筋肉に力を込めかけた。
「今日は、変わったことはしない」
そういう猜疑を見透かしたかのように、シロッコの言葉が被さってくる。語るに落ちるとはこのことだとも思えるが、むしろ単純に開き直るのが早いだけだろう。
当然ながら、かの言葉が信用できるはずがない。浴びせてやりたい罵声は、相手に比べればあまり豊富とはいえない語彙力の中からでも随分拾い集めることができて、しかし結局ヤザンは、そのどれひとつとして口に出さないままで終った。
ちょうどその前後から、下半身に燻る鈍痛に、僅かだが明確な変化があらわれていたのである。
ちくちくと刺し込むような感覚。それは間違いなく痛みに分類されるものだったのに、戦闘時の衝撃が薄れるにつれ、そこに新しい生理が紛れ込んできているのを感じずにいられなかった。はじめは場違いに思えたそれが、すこしずつ、しかし着実に、勢力範囲を広げつつある。凍傷を起こして感覚のなかった部分が、あたためられると俄かに痒くなる、ちょうどそんな具合である。
なんとか馴染みつつあった痛みに、巧妙に混ざり込んで神経を蝕む疼き。それは、つい数時間前にシャワールームで覚えた性感の再来に間違いなかった。
頼むよ、と言い募るシロッコの白皙に、他者に頼みごとをするときの恐縮は皆無であった。それどころか、手袋をはずしたため露わになった手の甲に、いけしゃあしゃあと指を這わせてくる。撫でまわすいつもの感触を皮膚のさまざまな箇所に想起しそうになって、ぞわりと立ちかけた鳥肌を圧倒的な反発心でもってヤザンは抑え込んだ。
「誰が、」
そう吐き捨てて白い手を払う。爪先立つように半分浮いていた足裏を、改めて床の上に乗せた。ほんのわずかな筋肉のはたらきが、また脚のあいだに、じわりと甘い疼きを齎す。
ぴったりした布地と肉のあいだで、リングが擦れ、尿道のなかをごりごりと前後する。それはつい先刻まで不愉快な苦痛をしか与えないものだったのに、今ではそれが、なんともいえないような情感に置換されつつあった。その事実も含めて不快だ。そう思うのに、理性よりもずっと律儀な肉体は、ごく素直にこの感覚を享受し、やがてその一部分に生硬い芯を通すに至った。
ニュータイプとは、どんな人間の心情でも余すところなく読み取れる能力の持ち主を言うのだろうか。視界から追い出そうとした白い貌は、まるで総てを見抜いたかのようにうっすらと口角を上げる。拒絶された腕は懲りずにこちらへ伸びて、そのまま厚い背を抱いた。通路の下や管制室にいるはずの、メカニックやクルーの声が俄かに鮮明に聞こえる。これだけ人が多ければ、既に誰かの目に留まっているかもしれない。突き放そうとした瞬間、もう片方の手がふたたび鼠蹊部にさわった。
「馬鹿野郎、」
慌てて潜めた声は、どこかしら甘ったるい吐息混じりであるように思えてしまう。鋭敏に、というよりはもはや貪欲なまでに、僅かな快楽すら逃さない身体を戒めておくだけでひと苦労なのだ。外界からのちょっかいにまで対応しきれるはずがない。
分厚いスーツ越しであるはずなのに、触れられた部分から熱が込み上げて、神経を着実に火照らせていく。舌先の味蕾がぴりりと粒立ったかと思ったら、咥内に生唾が湧いていたのだった。粘性の高いそれを嚥下すると、喉の音は驚くほど際立った。
一体どうしてしまったというのだろう。いくら強固な意志をもって相手を睨め返してみても、むず痒いような法悦は脚のあいだから溶け出して、まるで触手かなにかのように腰のあたりに絡みついていく。シロッコの腕はノーマルスーツ越しにヤザンの身体を抱いたが、その感覚は直接に肉を、いや、神経細胞そのものを苛んで止まなかった。下の方でひとの声がするたび現実に引き戻されて、しかしそれすらも、スリリングな逢瀬の快感を増幅させる役にしか立たない。
ちらりと周囲に目線を走らせる。見慣れたデッキの風景が、駆ってきたばかりのハンブラビのフォルムが、なんだか今はひどく遠いもののように感じられて仕様がなかった。
一巡した視界がもとのところへ納まる直前に、居住スペースへつづく通路を捉えた。煌々と灯りに照らされて、ひとつの影すら落ちていないはずのそこが、ぽっかりと口を開けた薄黒い洞穴に見えた。


私室のシャワールームの傍らには電機式のシェーバーが置いてあって、お前こんなもん使うのか、と思わず口に出したのは、悔し紛れの揶揄でもなんでもない、純然たる感想にすぎなかったのだが
「わたしにだって髭くらい生える」
こちらがあまりにも意外な心持でいたのがわかったのだろう。造りものめいた白皙に不似合いの、やや憮然としたような声音でもってシロッコは答える。
その、滑らかというには硬質すぎる顎のラインの上に、どうしても想像のつかない萌芽をさがす余裕すら、ヤザンにはすぐに無くなった。
胸に澱んだ息を、凝りすぎた欲望とともに唇の隙間から逃がす。妙な声まで漏れ出てしまうのには参った。海綿体に血が集まると、ピアスの金属が密度を増した肉に喰い込んでその存在感をいや増した。まだまともに触れられてもいないその先端を、内側から責め立てられているかのような妙な量感である。
「っふ、……、ぅ」
圧迫感に似た馴染みのない緊密を、脳が快楽と判断するまでにワンテンポの間がおかれる。それがもどかしくてすこしつらい。身体がまだこの感覚に、完全に慣れ切っていないのだ。しかもここから先は未知の領域である。他人に手を入れられた肉体にセックスがどんな影響を及ぼすのか、ヤザンには想像もつかなかった。
変わったことはしない、というシロッコの約束に、今のところ違反はなかった。しかし全面的に信頼を置くのはあまりにも危険だから、牽制の意味を込めてこちらからも仕掛ける。相手の大仰なベルトに手を伸ばしてはずすのと、白い指がこちらの下着にかかったのとがほとんど同時のできごとだった。かちゃり、と金属の擦れ合う音はバックルから発せられたものだったのに、ピアスがたてたのだと勘違いしてしまう。
下着がずらされていくと、しぜん自分の脚のあいだに視線が移る。やがて露わになった先端は、ぎょっとするほど充血していた。腰を浮かせ、脱衣に協力しながらも、思わずその部位から目が離せなくなる。
静脈洞に血の流れ込んだせいだろう、傷口からは新しい赤がわずかに滲んでいたが、だいたい予想はついていたので大したことではない。それよりも瞠目すべきは、その膨張率である。只でさえ、関係をもった相手の八割方に「自信なくすわ」と言わしめるほどの御立派なソレの先端が、今日は目に見えて一段と、腫れたようにボリュームを増していたのだった。
ゆうに、いつもの一,三倍の質量はあるだろうか。中に詰まった血液の色を、人体のうちでもっとも薄い皮膚が透かして生々しくひかる。その中央を無遠慮な金属が突き通していることになるが、すこしでも乱暴にリングを捻れば、海綿体に癒合した表皮がぶつりと破れて裂傷を起こしそうな、そういうイメージすら掻き立てられる危なっかしい張り詰めかただった。
溜まっていた欲望が相乗効果の役割を果たしているのかもしれないが、穴ひとつ穿っただけで、こんな風になってしまうものなのか。サイズが増して喜ばしいというよりは、少しょう引いてしまう。自分の肉体の一部であるはずなのに、否、だからこそ、グロテスクな印象を拭い去れない。視線を引き剥がせないでいるのをどう解釈したのか、シロッコは口元を緩めて、こちらからは若干自慢げに見えるのが腹立だしい眼差しを向けてくる。
でかくなったからって、別にお前のお陰じゃねえよ。いやお陰っちゃそうだけど、そもそも別に嬉しくも楽しくもねえし。感謝もしてねえし。
悔し紛れに腕を伸ばして、相手の前もくつろげようとしたのだけれど、立てた膝まで覆う上衣に邪魔をされてなかなか捕えることが出来ない。焦れったくなって腰を引き寄せようとする間に、腫れあがった肉の実に白い指がかけられた。
「っうぁ、」
ほんの少し触られただけなのに、自分でも驚くほど大きな声が出る。熱をもったそこは予想以上に過敏になっていて、普段からは想像もつかない電流に思わず腰が引けた。強すぎる刺激は痛みにも似ている。子供の頃、所謂「ぞうさん」が「かめさん」に変化したタイミングの触感が、ちょうどこれを何倍にも増幅させた感じだった。ちなみに、胸元の刺青とは何の関係もない。
やがて親指とそのほかの指でつくられた輪が、太い幹をゆるゆると滑って上下した。温度の低い掌に摩擦を与えられるたび、腰の下に凝っていた性欲が押し上げられて先端に集まってくる。本来ならばまだ膨らむ余地を残しているはずの部位にはピアスが入り込んでるから、行き場のなくなった熱量が輸精管のあたりをぐるぐると渦巻いて苦しかった。鈴口からほの温かい感触が伝い落ちるのは、先走りではなくて血液なのだろうが、堪えられぬようなダメージは感じない。
感じるのは、亀頭の内側からじゅくじゅくと責め立てる間断ない疼痛だけだった。傷のひりつきと圧迫感が性感に混ざり込んで、どうしていいかわからない不安定なバランスを形成している。下腹部をつかさどる神経におおきな天秤かシーソーみたようなものが用意されていて、それが絶えず、痛みに振れたり快楽に振れたりして落ち着かない。いっそ傷口から指を突っ込んで、直接海綿体を掻き毟りたくなるようなもどかしさだった。
いつもと変わらぬ愛撫を受けている間さえ、そういう体たらくなのである。指の腹でまわすようにリングを転がされるに至ると、抑えようと思う暇もなく腰が跳ねた。治りきらない傷のなかから尿道の周辺まで、じん、と痺れたように熱をもって、それが神経を通じて亀頭全体に広がっていく。感覚が痛みにおおきく振れ、それからゆっくりと快楽に雪崩込んでくる。
拒絶したい、しなければ、なけなしの理性がそう喚いているけれど、その声はあまりにも小さかった。
相反して、悦楽の振れ幅が大きくなっていく。次第に込み上げてくる射精感は普段と何らの変わりがなくて、本能的に安心すら覚えてしまうような馴染んだものだった。しかし諾々と身を任せておくには、やや不安な要素がある。
「……いてぇ、だろうなぁ」
上がった息の合間から、我知らず独り言が漏れた。白い貌がこちらに仰向く。そんな冷静な声が出せたのか、といわんばかりの眼をしている。
「何が」
「いくとき、」
排泄時ですら気鬱ぎする程度の痛みを伴っていたのだ(事前に「排泄のときには痛まない」と聞いてはいたが、いざ経験してみると真っ赤な嘘だった。素人仕事で開けたせいなのかもしれない)。射精ともなれば尚更だろう。精液が肉体の傷とどういう化学反応を起こすものか、塗りつけたことがあるわけでもないので知る由もないが、少なくとも尿よりは格段に沁みそうだ。
確実に待っているだろう痛みのビジョンに邪魔されて、いまひとつ躊躇を捨てきることができない。しかし肉体の愉悦は精神の葛藤を丸っきり無視して、着実に絶頂への道を進みはじめていた。堪えられぬという段階ではないにしろ、精嚢と前立腺から覚えのある感覚が侵攻してきて、勃ちあがった部分を熱く滾らせる。理性と本能のジレンマに脊髄がちりちりと灼かれて、身体の芯から引き剥がされそうになる。
目を細めて溜息をついたところで、シロッコが信じられぬようなことを口にした。
「出さなきゃいいじゃないか」
思考が霞がかっているせいか、あまりに的外れな発言であったせいか、相手の言わんとしていることを理解するまでに若干の時間を要した。その暇に見下ろした石膏の貌は、まるで当然のことを口にしたと言わんばかりに恬然としていて、ぼんやりしていると騙されそうになる。そうか、出さなきゃいいだけか。そしたらずっと痛くならねえもんな。頭いいなぁお前。アホか。
「……あァ?」
やはり事の最中である。凄味をきかせた筈の声は、意図したよりいくぶん迫力に欠けていた。どちらにしろこの男が畏縮するはずもない。巻きつけられた白い掌が、熱をもった幹の根元まで滑り降りて、きゅ、と左右に擦る。かと思うと、そのまま親指だけが表面を撫でさすって浮き上がった管を押し潰した。この触りかたも、以前にヤザンがしたのとそっくり同じものである。
理性と神経はどこまでも呼応しない。いつの間にか、金属に貫かれた鈴口から先走りが盛り上がって血液と混ざり合っていた。ぷっくりと膨れた滴には赤色の濃い部分と薄い部分があって、体躯の影になった薄暗がりで魚の卵のように見える。ほどなく容積を増やしすぎた半球はその形を崩し、水っぽい赤が張りつめた表面をのろのろと伝う。たった今の発言が冗談か本気かと思案しているあいだに、空いていた手が伸びてきて、中指の腹にその溶液を掬いとった。そのまま、戸渡りの下の窄まりに濡れた指を押し付けられたので、思惟は強制的に遮断を余儀なくされる。後ろへの侵攻が始まろうとしていた。
専用のローションの類でなければ、せめて代替品をつかえというヤザンの言い分は受け入れられた試しがなかった。挿入する側だってそちらの方が随分楽だろうと思うのだが、この男が文字通りの潤滑油にするのはいつもカウパーか出したばかりの精液か、せいぜいがこちらの口に指を突っ込んで、唾液を絡める程度のものである。あまり文句をいうと後孔を直接舌で舐られてしまい、それもまあ、手段のひとつとして数えていけないことはないのだが、ついこの間まで男と寝たことのなかったような相手にやらせるには少々きまりが悪かった。
相手が自分のように経験の深い者でよかったと、ヤザンは柄になく人のいいことを考える。
かたく閉じられた後蕾に、ほの赤く染められたカウパーの潤滑がどれだけの効力を発揮するのかわからない。しかしもともと異物を受け入れるのに慣れているそこは、大した手間もかからず綻んで内部の粘膜を覗かせた。手際がいいというよりは、どこまでもためらいのない無遠慮をもってして指が捻じ込まれると、違和感や圧迫感より先に、こういうことに馴染んだ者にしかわからないある種の覚悟めいたものが喚起される。それは反射的に息を吐かせ、筋肉の緊張を解いて、持ち主の肉体をして、これから始まる臓腑への蹂躙に備えさせる役割を有していた。
それは、本来なら雄という性別には覚える機会すら与えられない被支配の感覚である。排泄に使用すべき器官に、異物の侵入を許す不自然。生物学上、雌の体内に精子を残すのがセックスの在り方であるはずの雄が、己の内部に他者のペニスを受け入れる不自然。同性との交わりを常とする大半の人間と同様、それらはヤザンの精神には何らの影響も及ぼさない。しかし完全なるホモセクシャルでないが故に、肉体には一種の不合理めいたものを与えていた。どれだけ相手より優位に立っていようとも、リードを取っていようとも、この受け身の感覚から逃れることはできない。はじめに異物(それが指であれペニスであれ、その他なにがしかの玩具の類であれ)の挿入がおこなわれるとき、これはいつも本人の意思の預かり知らぬところで、密かに脊髄を抉った。ヤザンのように攻撃的能動的な男の身体に作用するのだから尚更である。
しかし一度性戯がはじまってしまえば、そんな詰らない遺伝子の本能はすぐに何処かへ追い遣られる。覚えの早いシロッコの指はすぐにポイントを捉えて、粘膜のぬるつきを利用して襞を押し上げた。傷を穿たれたばかりの前を弄られるより、こちらを攻められる快楽のほうがずっと安定しているのは皮肉なことである。指の動きが止まっても、呼吸のたびに器官内が収縮したり広がったりして、触れている箇所がすこしずつ変わった。排泄感を思いきり快楽の側に押しやったような独特の性感に、海綿体がまた膨らむ。零れかかった髪を掌底で後ろに除けたら、こめかみに汗が滲んでいてずるりと滑った。体温の上昇に、今更ながらに気づく。胸元までずりあがっていたアンダーを、片手で脱いで床の上に投げ捨てた。相手は変わらずきっちり着込んだままでいるのが少々癪にさわるが、背に腹は代えられない。裸の背に、鉄柵の冷たさが心地良い。
じきに柔らかく小慣れて余裕の出来た腸内に、もう一本指を増やされる。最も長い中指は奥へと括約筋を掻き分けるのに適していて、器用な人差し指は前立腺を探し出すのに向いていた。厚いようで存外に薄い粘膜越しに、指の腹で円を描くように撫でられる。挿入時に十二分に濡らしておかなかったから、中の滑りはまだあまりよろしくなく、肉の膜は人差し指にくっついて引き攣れる。そのせいで、良くも悪くも強い摩擦が感じられた。危うい刺激に、ぴくりと腰が震える。後孔の快楽に安定感を覚えていたのに、今度は性器の昂りを逃げ道にしたくなった。
前への刺激を意識しかけた瞬間、包まれていた幹の根元に、鈍い痛みに似た圧迫感を覚えた。見れば、ただの愛撫にしては少々強すぎる力でもって、白い掌がそこを握り込んでいる。
「いてぇよ、馬鹿」
ヤザンははじめ、それをごく単純な、力加減のミスだと思ったのである。しかし案外に厚みのある手はますますその圧力を強め、指でつくった輪を狭めていく。先刻と変わらない、恬とした表情のなかに、僅かな微笑が浮かび上がった。
「出したらもっと痛いぞ。だから、いきたくないんだろ」
言うなり、前立腺をゆるくマッサージしていた指先が、ずぶ、と粘膜に沈められる。形が変わるのではないかと思うほど強く押し込まれて、反射的に背筋が仰け反った。突き出された胸部と腹部が視界の隅でおおきく上下する。唐突すぎる刺激に対処する術をヤザンの肉体は持たなくて、衝撃のあまり声すらまともにあがらなかった。それを性感と表現するにはあまりに強烈すぎたのに、脊髄は馬鹿正直に的確な判断を下して、性器は湯でも注がれたように熱く張り詰める。まるでマシンでもいじるかのような簡単さだ。幹に通された芯が太くなるにつれ、握り込んだ掌の存在感がいや増して、何の説明もなくともその目的を明らかにする。
冗談じゃなかったのか、と臍を噛む余裕さえ、すぐに消えうせた。
人差し指は隔壁を通して前立腺の全体像を捉えつつあるらしく、わずかにカーブした輪郭をなぞったり、弾力を楽しむかのように指を跳ねさせたりして好き放題に玩弄していた。直腸内から触覚できるすべての箇所に刺激を加えようといわんばかりの勢いである。
ふつふつと沸騰するかのような快楽が強制的に引き出されて、陰嚢からは否応なしに欲望がせり上がっていた。射精感がぞろぞろと這い回り、出口をもとめて管のなかを暴れ回る。しかし陰茎の圧迫感に遮断され、絶頂には至らないままだった。
「ってめ、ぇ……、ぁ、っ、はぁ……」
抗議の言葉をぶつけようと口を開けば、ついでに声の漏れる有様だ。器官内の指は容赦なく、弱い箇所を責め立てて止まない。先日と違って上肢は自由なのだから、抑えつける手を振り払って束縛を解いてやることもできただろう。しかしそうした後に、あの白い貌がどういう表情を浮かべるか、シミュレートしてみるまでもなく想像できた。目前で高らかに唄われる勝利の凱歌。欲望の解放に成功したとしても、そんな展開にはとても堪えられない。なけなしのプライドをもって、ヤザンの利き腕はベッドヘッドの鉄柵に預けられたままだった。つい数分前までひんやりしていた金属が、早くも体温を移されてなまぬるい。
器官内の指は容赦なく弱いところを責め立てる。奥に進んでいた中指も、今や一緒になって前立腺に強攻していた。リーチのぶんだけ人差し指より使い勝手がいいらしい。鉤状に曲げられたそれが、更に深いところまで押し込まれる。薄い粘膜が破れてしまうのではと思えるほどの遠慮のなさだ。
男性のGスポットともいえる前立腺だが、腸内から探ることの出来る部分にも、更に敏感な箇所とそうでない箇所があるようだ。敏感な辺りを二本の指で挟むように揉み解されると、そこから性器まで鋭い電流が走ったような刺激に捕われて腰がひとりでに痙攣する。重力ブロックの内部のことである。傍から見れば大袈裟なくらい、びくん、と跳ねるたび、マットのスプリングが嘲笑するかのような耳障りな音を立てた。
下半身をこんな風に弄ばれていても、思考は存外にクリアーだった。恐らくは男性の肉体のうちでもっともダイレクトな性刺激を可能とする前立腺は、そのぶん性器官の周辺にのみ作用を働かせる。まるで触れられた内部から、直接海綿体に信号が出ているようなイメージなのである。スイッチでも入れるように、ある種機械的に射精欲求を呼び覚ました。
そこには、ペニスへの刺激のような段階がない。ゼロか一かの選択肢しかない。甘ったるい下腹部の痺れも、尿道を滲み上がる痛痒感も、亀頭の感度がじわじわと上昇していくステップもない。とろ火で煮込まれるような感覚と、炎で直接に焙られる感覚の違いといえばいいだろうか。精神はむしろそういったプロセスにこそ蝕まれるものだから、この場合、脚のあいだが堪え切れぬほどの性感に茹っていても、頭の中はむしろ冴えて、滾る欲望に客観的な注視を向けている部分があった。
それはある意味では有利に働いたが、見方によってはむしろ好ましからざることでもあった。即ち、生理の欲求に意識のテンションが追い付かないのである。理性は依然としてその脳内に存在を主張しているのに、身体だけが反して浅ましく熟していく。思考や意識は鮮明なまま、渦巻く肉悦に引き摺られていく。
追い上げるスピートが早ければ早いほど、精神と肉体の落差は広がる一方で、引き裂かれるような感覚は狼狽や戸惑いといった言葉では言い表せない複雑なものである。
「っく……あ、ぁ、あ、」
今はそこに、放出を堰き止められる苦痛までもが伴っていた。
行き場を奪われた欲求が下腹部でのたうつたび、握られた付け根がずきずきして腰が重くなる。刺激されっ放しの前立腺から、上がりきった精巣から、精液の素がじわじわと侵攻して混ざり合う。一方ではこのうえなく強制的に放精を促されているのに、もう一方では絶対的にそれを縛められている。ここにもおおきな矛盾が用意されていて、柄になく、切ないようなもどかしさが下半身をきゅうきゅうと締め付けてくる。
ほどなく、どうしようもない射精欲求が、締め付ける掌の力を上回ろうとしていた。とはいっても、物理的に抑圧されたこの状態で、まともな絶頂が迎えられるはずもない。ただ律しきれない欲望だけが、精管の蠕動に運ばれて出口ぎりぎりの位置に達する。性器官の内部は当然展開されるべき過程をまったく疑わず、いつもの順序を完璧に踏襲して尿道括約筋を収縮させた。少々情けない声が唇から漏れるようだが、抑えるのはもはや不可能である。
ぞくぞくと尾骨が震える。クリアーだったはずの思考も、ここにくればとっくに霞がかかっている。ここからは通常のオーガズムとすこし変わってくるということを、ヤザンは知悉していた。まるで何かに縋らないと遣り過ごせないというように、掌がひとりでに鉄柵を掴む。指が白くなるほどパイプを握り締め、瞼をきつく閉じて奥歯を噛んだ。身体の何処かしらが痙攣しているように思えるが、それが何処だかわからない。甘ったるいような、痛痒いような、圧倒的な何かが迫ってきていて、性感と呼んでいいのかどうかすらわからないそれに、からだを備えておくのだけで精一杯だ。咥内に滲んだ生唾を、飲み込む余裕すら今はない。
そうして、爪先からGにも似た感覚が物凄い勢いで駆け上がると、そのまま性器の奥で熱いものが思いきり爆ぜて、射精に至らぬまま絶頂に達した。
「っく、あぁ、っ……あ!」
どろりと重たいものが、全身の神経を後ろの方へ落ち込ませる。なにかに引っ張られるように、背中が思いきり撓った。爪先からの感覚はそのまま脳髄へ到達すると、戦闘時のビーム兵器のようなスパークを発して意識を真っ白に染める。刺激された前立腺から亀頭の先端に至るまで、性器官のすべてに電流が走ったように痺れた。いわゆる、空イキというやつである。
経験の浅い者や踏ん張りのきかない者なら、ここで気を失うか、そうでなくとも暫くは再起不能の状態に陥ることだろう。しかし一瞬の硬直のあと、ヤザンの思考はのろのろと通常に立ち返った。それが経験のためか、強靭な体力のためかはわからない。
心臓の音が俄かにうるさく響いた。鉄柵が汗でじっとり湿っている。クールダウンした脳のなかで真っ先に頭を擡げたのは、ごく静かな、しかし断固としたある種の決意。それはもはや、何者にも制御することはできない。
詰めていた息をしきりに呼吸して、肺に酸素を取り込んでいたら、ひらいた唇の端から唾液が伝って顎に零れた。
手の甲でそれを拭って相手を睨める。その眼差しはこれまでのように諦念を含んでいない。釉をかけたような、どこか無機物めいた強膜が、その中に鎮座する面積の狭い碧眼が、己より若干低い位置にある白い貌を捉えて離さなかった。人間離れした瞳孔が、肉食動物か爬虫類のように縦長に切れる。
出すべきものの放出を赦されなかった性器は、いまだに硬く勃ちあがり、血の巡りを堰き止められて痛々しい痣のような色を晒している。
もう限界だ、と思う。むしろ今までよく耐えた。


本気でやり合えば間違いなく俺が勝つ。
漠然として根拠のないその自負を、ヤザンは確固たる確信をもって揺るがせにしなかった。
それが飽くまでフィジカルな面に限ってのことなのか、MSを駆っての闘いを包含しているものなのか、本人にも判別のつかぬところがある。ニュータイプ能力などはもとより問題にもしていないだろう。しかし白い軍服に覆われた肩はヤザンのそれより心持ち薄く、腕回りは細く、筋肉の総量はすこしばかり劣る。それだけは事実だった。
一方的な優越感はヤザンにある種の傲慢な余裕を与えた。本気になって抵抗すればいつでも跳ねのけられる。その楽観は、理性の忠告を遣り過ごしてリビドーを優先させる、何よりの言い訳になった。
しかし結局、そうやって甘く見ていたのが良くなかったのである。己の求めてやまない悦楽はいっかな与えられず、身勝手な戯ればかりが施されてプライドは地に堕ちた。桎梏でもって動きを封じられ、金属の輪を肉体のうえに残される。まるでペットの扱いではないか。自分はかの男の周囲にいる女たちのように、首に紐つけて飼い慣らされる気は毛頭ない。
そもそも、この男に「同性」を教えたのは他ならぬヤザンである。立場ってもんを弁えるべきだ、と思ったときには、胸板を押し退けて、相手の身体をシーツの上に突き倒していた。
白い貌に不満げな色が宿ったが構ってはいられない。僅かなリーチと体重差を利用して膝の上に圧し掛かると、上衣の割れた部分から片手を差し入れて無理やりジッパーを引き下ろした。熱くしこるものが指先に触れる。その全体を掌に捕えるのも、無理やり下着の外に掴み出すのも、驚くほど簡単な仕事だった。今まで何を躊躇ってきたのだろう。
それは既に、すぐにでも使用に耐えられる程度の芯を通していた。すべすべした肉の実が、親指に精緻な感触を与える。零れていた先走りを塗りつけて、ついでに爪の先で鈴口を思いきり割ったら、無機質な頬が流石にぴくりと震えた。胸のすくような思いが去来するが、哂ってばかりもいられない。カウパーのぬめりを利用して、包み込んだ掌を一気に引き下ろす。幹の根元でほんの僅かに引っかかる包皮を、くるりと回すように責め立てれば、怒張が跳ねて水掻きのあたりを打った。そのまま五本の指と掌底とを巧みにつかって玩弄しながら、ヤザンはまるで幼子にするように、相手の額に己のそれを近づける。しかしその眼差しは、幼子どころか同世代の若者に据えるのにも不適当な殺気を秘めていた。
「お前はよォ」
手の中のものはみるみるうちに肥大して、くちゃり、と時々慎みのない水音を立てた。何が品性だ。どんなに芝居がかってみせたって、性欲はこうやって誰にでも、等しく押し寄せるものだ。
おら、と声でもかけんばかりに、付け根から一気に擦り上げてくびれの周辺を締め付ける。そのまま、きゅ、きゅ、と左右に扱いて、親指の腹で裏筋に円を描いた。切れ長の双眸がわずかに細まる。
「俺になんか、恨みでもあんのか」
しかしこの強腰はいつまでも続かない。
「ある」
ヤザンの身体が落とす影のなかで、薄い唇が明瞭に即答した。
掌の動きが止まる。込めた力を緩めなかっただけでも称賛に値するだろう。ヤザンの、下弦に一日足りない月を横たえたようなかたちの眼が、少々間抜けてみえるほど開かれ、そうしてから眇められる。何の意図ももたない疑問形の呻きが、ひとりでに喉の奥から漏れた。
間近で眺めると、この生白い風体が必ずしも完璧に人工的な様態を保っているわけではないことがわかる。髪と額の境目に僅かに滲んだ汗。かさついた唇。薄蒼い隈。そして何よりも、手の中でひくつく熱塊と、発情した雄の匂い。それは普段のイメージも手伝って、他所の人間のもとに存在するより何十倍も生々しく、この男の上に存在していた。
口元にはいつもの超然とした微笑があって、それが如何にもちぐはぐで胡散臭い。
冗談にしか思えなかったが、意図のない冗談を口にするような男でないのも確かである。どういうことだ、とヤザンはようやっと口にした。好き放題やらせてやって感謝されこそすれ、恨まれる筋合いなどただのひとつも思いつかない。仕事の面でだって、期待された以上の働きはしているはずだ。はじめて顔を合わせた日、別の力がどうこうとか偉そうに語っていたのを、七割方理解できないで適当に受け流したのがよくなかったのだろうか。だってわかんねえもん。可能性とか。ニュータイプとか。
こういうときにまったく働かない頭を一生懸命回転させているうちに、一度は離れたシロッコの手がふたたびヤザンの半身に絡んで、先端のリングを弾くように持ち上げた。ほんの僅かな振動だったが、ぴり、と鋭い疼痛が走る。唐突に与えられた刺激は、凪いだ水面に絵具を垂らされるのに似ていた。衝撃という名の飛沫。広がる波紋にワンテンポ遅れて沈殿する色は、はっきりと快楽の形をとっている。ヤザンはちいさく息を詰めた。
忘れかけていた熱が、じわりと性器官の内部に焙り出される。つい数分前まで二本の指を呑みこんでいた内壁が、物欲しげに収縮した。空っぽの腸道が、さみしい、と訴えかけてきているのを気取られないよう、努めて眼光を鋭く保っておく。
鈴口から伸びたリングを、白い指が押し込むように転がした。海綿体の膨張に押し潰された尿道が、ぞろぞろと太い金属にまさぐられる。粘膜の引き攣れそうな寄る辺なさの中にも、やはり釈明の余地のない性感がある。このままではまずい、と思った。この男の主張する恨みとやらが何なのか予測もつかないが、それがこちらの状況を不利にする前に、ふたたび優位を築いておいたほうが良さそうだ。
傷口を刺激されるたび落ちそうになる腰を、なんとか持ち上げて、ヤザンは相手の怒張の上に跨った。腿のあいだに手を伸ばさなければ掴めなくなってしまったそれを、逆手に握り直して位置を定める。シロッコは何らの抵抗を見せず、表情も変わらないままだった。ヤザンは迷いなく腰を沈め、慣れた手つきで後孔に雄肉をあてがう。コンドームの類など、もはや気に留めている余裕はない。
挿入をもってして優越を得ようという思考回路には、傍から見ると可哀想になるくらい捩じ曲がった感性が必要だったが、本人はそんなことを自覚すらしていない。蕩けきった後蕾は膨れた先端をいともあっさりと呑みこんで、そのまま粘膜の路に熱の塊を迎え入れた。
「ぅ、っ……あ、」
散々煽りたてた指を抜き去られ、切なげにひくついていた狭隘は、待っていたといわんばかりに挿入されたペニスに絡みついた。圧迫感や異物感は脳髄に伝わるただの信号で、器官そのものはこのうえなく貪欲に、より強い快楽を得ようと締めあげる。ぐちゃり、と粘着質の音をたてて、肉厚の幹はより深い部分に手繰り寄せられていった。穴を穿たれてからこっち、ずっとこの感触が欲しくて堪らなかったのだということを、今更ながらに発見する。
馴染むまでにはもう少し時間がかかるかと思ったが、爛れるほど二本の指に解されたそこは、何の抵抗もなく熱塊を収めきってしまう。
鼠蹊部と臀が隙間なく密着したところで、ようやく話の続きを促してみる気になった。
「……で、」
直腸粘膜が、ペニスの輪郭をぴったりと押し包む。腰を揺らしたくなるが、しばらくは我慢だ。
「なんなんだよ、恨みってのは」
硬直がぴくりと痙攣して腹の内部を打った。そっちで返事すんな、と思うより先に、シロッコの唇が隙間をつくる。つい先程まで乾いていたそこが、いまは湿って、中途半端に血の色を透かしていた。
「君が、」
この男のパーツに、もうひとつ生身の人間らしいところを見つけた。声、というより、発語のやりかたである。あまり声域の低くない、聞き取りやすい明晰な喋り方だが、咥内の妙なところから空気が漏れて、時折発音が覚束ない。
「君がこの艦にきて、はじめに寝たのは誰だ」
またその話か。ヤザンは煩わしげに顔を顰めた。
「だから覚えてねえって」
ヤザンの硬直の中ほどを握っていた指に、ぎち、と力が込もる。分断された血流が強制的に先端に潜り込み、海綿体を更に膨張させてリングを圧迫した。性の悦楽に貪婪な学習能力を発揮する神経は、この金属が不快なだけのものではないと既に知っている。亀頭に喰い込む感覚が強まると、期待感は否が応にも高まって下腹部を熱くさせた。
シロッコのかたちに広げられたぬかるみが、持ち主の意向をまるで無視して、ひく、ひく、とせつなげに蠢動する。中をいっぱいに埋められた充足は、やがてより強烈な性感への渇望に変わってゆく。あまり保たないな、とヤザンの理性は冷静に分析したが、本末転倒であることには気づいていない。
シロッコの、切れ込んだような双眼のなかで、髪とおなじ色の眸が陰った。この男の虹彩にはなにかしら異質な部分があって、外から入り込む光のいっさいを拒絶したり、かと思えばすべて取り込んで射るように輝いたりする。今はそのどちらでもなかった。まるで鏡のように平坦に滑って、ヤザンの貌を明瞭に映し込む。硬質な唇がふたたび開いた。
「私だよ」
「はぁ?」
「この艦にきてはじめに君と寝たのは、この私だ。君自身がそう言っていたんだが」
あぁ。と、ヤザンは曖昧に顎を引いたが、当然のことながら覚えてすらいなかった。そんな事実を思い出す糸口すら見つからない。ある意味ではただでさえ明晰とはいえない脳の片隅に、生まれてこのかた整頓を試みたこともないセックスのメモリが堆く積まれている。新たなものが絶えず放りこまれるため、ひっきりなしに地殻変動を起こしているそこの、どこをどうほじくり返せば、二週間以上も前のそんな記憶が戻ってきてくれるのかわからなかった。
ヤザンが早々に発掘作業を諦めたのを見て取ったのか、シロッコの双眸がすっと細められる。
「覚えていないか」
「おう」
悪びれぬ返答をどう受け取ったのか、かたちのいい鼻孔から息が漏れて肩が震えた。口角がますます上がる。忍び笑いの振動に、腿の下が揺れる。
ただ、裸の皮膚をぴりぴりさせるようなプレッシャーが、つながった部分から浸透して、まるで射精の予行演習のようにヤザンの内部に注ぎ込まれた。それは決して肉体の外には表出せず、どんな鋭敏な感性をもってしても、他者には受信することのできない類の威圧である。しかしそのぶん切っ先はするどく、よく研いだ刃物で抉り込むように受け手のなかに突き刺さった。ヤザンが明確なニュータイプ能力の持ち主であり、あとすこし繊細な神経を備えていたのなら、衝撃のあまり気を失っていたかもしれない。
「……まさか、」
恨みってそれかよ。ヤザンは相手の白い貌に、後孔を穿たれている最中とは思えぬような呟きを漏らした。
あまりといえばあまりに素朴な理由だ、というのは、相手がこの男だからこそ抱き得た感想である。確かにヤザンはその性倫理の欠落から、他人に恨みや顰蹙を買うことがあった。なにしろ、一度や二度の手合せくらいは、数日後には忘却の彼方なのである。
白い軍服越しの鼠蹊部と密着した腿が、滑るほど汗ばんでいることに気づく。シロッコは否とも是ともいわなかった。ただその強烈な圧迫感、どこまでが埋め込まれた性器のものであるのかが解らなくなってしまいそうな重圧だけが、狭い器官内にきりきりと渦巻いて、胸のあたりまで逆流してくるようなのだった。ハンブラビのコクピットの中で、あるいはドゴス・ギアにはじめて足を踏み入れた日、覚えた違和感に酷似している。シロッコのいうところの「別の力」というやつである。
それが誤魔化しのきかない唯一無二の答えだった。
しかし、尋常でないこのプレッシャーを、何事とも思わず受け流してしまえるその無神経こそ、ヤザンの強みのひとつでもあった。上部の中央のやや尖った唇が、場違いな半月型に歪む。白く鋭い犬歯の先端が覗くと、野生動物の兇暴さに付随して、あまりにもアンバランスな稚さが浅黒い面に表れた。破顔とともに、開いた口から、は、と嗤いが漏れる。悪戯を仕掛ける少年めいた印象すら喚起させられるが、発せられた言葉は、むしろ年上らしい傲岸なものであった。
「おまえ、……拗ねてんじゃねえか」
そもそもヤザンという男は、この上なく奔放で放逸である一方、目下と判断した相手に対して、面倒見のいい兄貴分の側面を覗かせることがあった。頼られるのが好きだというわけでは決してない。しかし己の通過した道をおなじように歩む者に、経験によって獲得した知識や教訓を示してやるのは当然のことと判断していた。だから、単純なキャリアの不足による技術面の拙さだとか、未熟な精神性についてはことのほか寛大に受容する。
「かぁわいい、なあ」
それは肉体関係をもつ相手に対しても同じだから、こういう子供っぽさを面白がることはあっても、厭うことはほとんど皆無といってよかった。シロッコの顔は俯いて、表情がよくわからない。図星を突かれたのだと短絡的な解釈をして、高飛車に頬を緩めながら、揶揄するように白い肩を拳で小突く。
しかしその手を掴まれた。
戸惑う暇もなく、視界がぐるりと一変する。センスがどうかしているとしか思えないような頭部のヘアバンド、のっぺりした風合いの壁、人工照明、と目まぐるしく移ろっていって、残像すら残されないで眼下に流れていった。腰が軽々と宙に浮いて、頼りなく感じる余裕すら与えられないままシーツの上に投げ込まれる。一秒後には背中もおなじように押し付けられていた。しかしそういう衝撃も、硬直を埋め込まれたままの腸内の、ひしゃげるような鈍痛に比べれば大したものではない。無理やり角度を変えられたせいで、粘膜の隘路は不自然な方向に曲がり、捻じ切られそうな痛みと動揺が、つい先刻までの性感に取って代わった。
天井から煌々と注がれる光、やがてそれを遮るように入り込む白い貌。その向こうに、跳ね上がった自分の片足が見えた。力ずくで押し倒され、いわゆる正常位の姿勢に抱き替えられたのである。
いきなり視点が変わったので、こちらを射るような過剰な明りに眼が慣れず、逆光に位置された白皙がどういう表情を湛えているのかわからない。つながった器官内がよじれたということは、取りも直さず、あちらにも相当のダメージが加えられているということに他ならないが大丈夫なのだろうか。
無茶すんな、と窘めようとした矢先に、かの男のものとは思えぬほど低い声が降ってきて被さった。
「……そうだろ?」
かわいいな、という揶揄に対して返された軽口に違いはないだろうが、その口振りには何かを堪えるような苦悶が滲んでいた。やっぱり痛えんじゃねえか、と独りごちたのも束の間である。後孔に深々と埋められていた肉茎が、ずるり、とその半身を、括約筋の手前に引き出した。
「っい、ぁ、」
長いこと器官内に咥え込み、ぴったりと押し包んでいたそれを、唐突に動かされて腸壁を逆撫でされたのである。思わず声が漏れるのも道理だった。貼りついた粘膜が名残惜しげに引き攣れながら剥がされて、それでも中から逃がすまいときゅうきゅう喰い締める。
いくら慣れているとはいえ、体勢も整わぬまま動かれたのではたまったものではない。せめて高々と掲げられたままの片脚を、腰を捻ってシーツの上に降ろそうとする。しかしその膕を白い掌に掴まれた。そのまま深く折り曲げるようにして、腿を胸部のあたりに押し付けられる。その間にもこわばりはヤザンの内部から引き抜かれていって、先端の肉の実だけを残した状態でごく浅い入口を犯した。相手の動きのためか、それとも自分が無意識に腰を回しでもしたのか、くちゅ、と粘着音が耳に鋭く挟まれる。
石膏のように汗をかかない手が、ヤザンの硬直をゆるゆるとなぞりあげてリングに到達した。かと思うと、尿道を裂こうかというように力一杯押し込まれて、腰が思いきり引ける。ほんの数時間前まで厭になるほど意識し続けていたというのに、早くもほとんど忘れかけていた傷口の痛み。意識のなかで追いかけられるほどのろのろと神経に伝わるその感覚は、下腹部に広がるに従ってむず痒いような痺れに変わっていった。
そういう誘惑的な変化に戸惑っている暇もなく、一旦は引き出された屹立が、今度は猛烈な勢いでもって最奥に突き立てられた。耳元に届くのは、シーツと軍服の布地に吸い込まれたくぐもった水音だけだが、器官内には圧倒的な打ち込みが容赦なく迫って胸元までせきあげる。膝の上に跨っていたときよりも、更に質量が増したように思える。
「っうぅ、」
そのまま激しい抽送がはじまった。ずるりと引き出されるタイミングには、排泄感に近い原始的な快楽がある。ふたたび押し込められる瞬間には、危うい圧迫とともに、奥の肉膜を擦り立てられる愉悦を覚える。そのどちらにおいても、熱く張り詰めた幹が前立腺のあたりをごりごりと刺激して、海綿体に絶え間なく欲望を送り込んでいく。女のように身体の内部を穿たれているのに、昂奮してゆくのは紛れもない雄の器官だった。どうしようもないアンチノミーに背筋が慄える。
荒い息を吐きつけながら見上げた白皙は、いつものように尊大なようでいて、どこか余裕のない表情を湛えていた。カラーさえ開かれない軍服。毛筋ひとつ乱れない髪。快楽の声をあげぬ唇。しかしそのどれもが、普段の彼にすこしずつ違って見える。
「……私に、」
性急な突き込みを行っているため、流石に言葉はスムーズでないようだった。ぱぢゅ、と粘膜のぶつかり合う振動が内臓を抉る。
「抱かれていて、な、」
身体をつなげている最中なのに、持って回った言い方をするものだと思った。
「それを忘れた者など、今までいなかったよ」
ぼそぼそと呟くような声音は、淫猥な粘着音に紛れて時折聞き取りづらくなる。剛直がいっそう乱暴にヤザンの中を穿つ。一往復ごとに硬く、長大さを増していくペニスは、やがて前立腺と精嚢の狭間に至り、その腺壁を思いきり押し上げた。精液の成分のほとんどを生成する精嚢は、無遠慮な異物に蹂躙されて頼りなく内容物を揺らす。強い刺激に、平滑筋が勘違いをして軋むと、擬似的な射精欲求が奥の方を駆け抜けて抑え込むのに苦労した。器官内のそこかしこを虐め抜いてやまない性器が、どこまで大きく、太くなるのか、恐らくは持ち主にも予測がつかないに違いない。
なるほど、数多の異性を苦もなく手中に収めてきた男にとってみれば、忘れられるなど経験したこともない屈辱なのだろう。鉄壁のプライドに罅を入れるには充分すぎたのかもしれない。
しかしヤザンとて黙ってはおれない。激しい抽送運動に翻弄されながらも、荒い呼吸の隙間から逆捻子を喰らわせた。
「俺は、っ、女じゃ、ねえからなぁ……!」
そう吐き捨てた刹那、嵐のように苛烈だった抽送がぴたりと止んだ。容赦なく責め立てられて辛いくらいだったのに、突然平穏を与えられた器官内はかえって不満げに、物欲しそうに肉膜を絡みつかせてねだる。その情動は意思の力とはまったく関係のないところで蠢いていたけれど、結果的にヤザンの意識も肉体の欲求と意見を同じくした。
腰を持ち上げて促そうとしたら、白皙がのろのろとこちらに降りてきた。長い髪が重力に負けて落ちかかり、顔と顔のあいだに薄いカーテンをつくる。弱い闇に覆われた視界のなかで、蒼色の眸だけが異様な光を放っていた。接吻でも出来そうなくらいに距離が縮まる。しかしそういう雰囲気でないということだけは、いかなヤザンにも察せられるところだった。ゆるく丸まった毛束の先に、頬骨のあたりを擽られる。
「そうだな」
白い貌はそのまま右肩に埋められ、熱い吐息が項から耳朶に駆けあがった。この男のものとはとても思えない。わずかに身じろぐ感触。誰に漏れ聞こえる心配もないのに、内緒話でもするかのような声音が、低く低く耳孔に入り込んできた。
「だから、こういうことも出来る」
いつのまにか亀頭を押し包んでいた掌の、人差し指と中指だけが持ち上がってリングを摘んだ。厭な予感に慄く暇もなく、捩じ切らんばかりに捻りあげられる。今までで最も強烈なインパクトが敏感な箇所を衝き上げて、痛いというより火をつけられたような衝撃が脊髄反射のように腰を跳ねさせた。先端だけがぶちぶちと分解されて持っていかれそうな錯覚に陥る。同時に、内臓の毀されそうなピストンが再び開始された。粘膜が破かれるのではないかと思うほど烈しく、無遠慮に突きまくられて下腹部が痺れる。
「っい、っ、あぁ、」
後孔の愉悦と性器の苦痛が混じり合い、奔流となって身体の内部に巻き上がった。鬩ぎ合うふたつの感覚は、快楽中枢に直接絡みつき、ざらついた舌でその表面を無理やりこそげ落とす。内部には剥き出しの欲望があった。
例のプレッシャーが、とくんとくんと水流に似た音をたてて腹腔内に注ぎこまれる。はじめてハンブラビを駆った日には、ただ不快感を強く喚起したそれが、今は好き嫌いを是非する余裕もないくらい鮮烈に臓腑を駆け上った。いや、むしろ突き破らんばかりの勢いである。ペニスの物理的な脈動と呼応して、腸を裂き、肺を毀して、肉体をただ、性感を求めるだけの容れ物にせんと暴れまわる。背中から汗が噴き出てシーツを湿らせた。
ヤザンは強い理不尽を感じる。この男を誘蛾灯のようにして取り囲む異性が、「抱かれたことを忘れない」殊勝な女たちが、この特殊性癖の毒牙にかからないのはどうしてか。彼女らを抱かずに、同性である自分にこういうことをしたがるのは何故なのか。
ヤザンは鋭敏な感応力をもたない。ニュータイプでも強化人間でもない。だから圧倒的なプレッシャーを身の内に感じても、その言わんとしていることを察知することなどできない。
性欲の怒涛に押し流されそうになりながらも、腰を後ろに引いて律動のペースを乱した。ヤザンの意図を汲み取ったのか、抽送はあんがい素直にそのスピードを緩め、やがてゆっくりとおさまっていく。互いに息が乱れている。挿し込まれた部分で、膨張しきった肉幹がどくどくと脈動している。その感触と、ふたつぶんの心臓の鼓動と、三種類の音を身の内に聞きながらヤザンは視界の隅の蒼い髪に声をかけた。
「……ひとつだけ、教えろ」
シロッコは何も言わない。しかし、うすく膨らんでは元の通りに凹む胸に、拒絶の意図はないようだった。強まりつつあった摩擦運動にたびたび水を注されて、雄肉を咥えた粘膜が不満げに蠢動する。何度我慢を強いられればいいのかと、悩ましく訴えるのを抑え込むかのように、ヤザンは必要以上にはっきりとした声音で継いだ。
「なんで俺だ。女共じゃなくて」
肩口に埋められたままだった顔が、降りてきたときと同じペースで持ちあがった。針のように鋭い眼差しがシーツの上を滑り、後れ毛を除ける指先に一瞬隠されてから、ヤザンのそれとかち合う。わずか数センチの距離を残してぴたりと据えられた顔。逆光に黒く潰されていた表情が、ここにきてようやっと明らかになる。唇に細い隙間が作られ、薄赤い咥内が覗く。嗤っていた。
「彼女たちに、こんな仕打ちができるか」
彼女たち、と呼ばう声の響きは限りなくやさしい。
「使えなくなるだろう」
しかしこれがこの男の、偽らざる本音である。


ヤザンははじめ、相手の口から発せられたその言葉を、物理的な意味合いに受け取ったのだった。即ち、ピアスやらカテーテルで異性の柔い肉体を蹂躙しようものなら、兵士として、また、女として、大きな傷をつけてしまうと。
それも決して不正解ではない。それだけでも、「使えない」という言い回しには充分残酷というか、非人道的な響きが含まれているように思えるが、この男の主張しているのはもっと本質的に自分本位な話である。
シロッコは女を重用する。甘い言葉と利己的な誠意でもって籠絡し、それぞれに明確な役割を与える。始末に負えぬことに、当人はそれを、女たちへの搾取だと感じていないようなのだった。彼はただ純粋に、己に飼いならされることが、彼女らの最良の選択肢だと信じて疑わぬにすぎない。「使えない」という言葉のもつ冷酷な響きが、自己すら欺瞞する偽善の皮を剥ぎ取ったことにすら、今この男は気づいていないのだろう。 
どこで学べばそんな技術と面の皮が身につくものか想像もできないが、兎に角、異性を口説き落として耽溺させる手腕について、シロッコは他の追随を許さなかった。相手とて傾向は好き好きだから多少の取りこぼしはあるが、特に依存心の強い女、恋愛経験の浅い者に関しては、ほとんど満点の命中率を誇るといっていいだろう。
そうやって誑し込んだ女を、手元において使役するための性行為には、手錠も性器ピアスも必要ではないのだった。それどころか、そういう過剰なサディズムは邪魔にしかならない。この男を唯一神と崇める女たちは、きっとその愛撫にも完璧を求める。ジゴロの哀しい摂理である。カテーテルで勃起するような特殊性癖は、女たちの離れていく理由にしかならない。
そういう意味での「使えなくなる」である。
女の充足を優先させるだけのセックスでは満たされ得ない加虐欲求を、しかしそれならばどうやって発散させるべきか。世捨て人のような暮らしをしていたとはいえ、シロッコもまだ二十六歳の成人男性である。行き場のない衝動を抑え込むのにも、他所のことで昇華させるのにも若すぎた。
それでヤザンに御鉢が回ったわけだ。
同性とのセックスに何の疑問も持たぬ男である。歪んだ性欲のすべてを叩きつけても「使えなく」なることなど思いもよらぬ相手である。その強靭な心身は、他人をツールとしてのみ認識し得る蒼い眼になんと都合よく映ったことだろう。
そういう便利な対象をようやっと手に入れたのだ。女を抱く気がしないのも道理である。
しかも、この自分に抱かれたことを忘却の彼方に投げ出してしまうような人間だ。手加減をしてやる必要はない。


ワンテンポ遅れて、ようやっとそういう経緯が理解できた。
ヤザンの腹のうちに、ふつふつと何かが滾って件のプレッシャーを押し退ける。様々な感情が目まぐるしく疾駆するけれど、乏しいボキャブラリーの中からは、そのどれひとつとして名前をつけることができない。ただ、ようやっと喉から零れ出たひとことは
「……いい度胸じゃねえか」
という、それだけであった。
かの男との行為を忘れていた手前、率直に抗議できるような立場にはない。快楽のために相手の肉体を利用しているという点については、ヤザンも同罪なのである。しかし程度の問題というものがあった。
騙されて縛られて穿たれる、近年稀に見る屈辱。男のもっとも大事な場所に与えられることで、どうしようもない生理的嫌悪を包含した激痛。仕事にも差し障りのあるほど過酷な傷痕。接近してきたのがゼータだったらどうするつもりだったのか。それら総てが、異性に向け得ない欲望の捌け口、というひとことで収拾されてしまう。
あまりにも臆面のないエゴイズムに、むしろ笑い出したいような心持になる。事実、いつのまにか口角を上げていた。汗の玉を額に残したまま、白い貌をまじまじと眺める。
はじめてこの白皙と相まみえた日、面白い奴だ、と思った。その印象が今、驚くほど捻じくれた形でヤザンの心に舞い戻ってくる。
ストレス発散の玩具にしたっていうわけか。この、俺を。
それは、「野獣」の異名をもつこの男の闘争本能に、火をつけるのに充分すぎる効力を発揮した。
舌下にじわりと生唾が湧く。激しい抽送に引き摺られていた先刻までとは比べものにならない欲望が、下腹部の器官すべてにどうしようもなく循環する。獲物を狙う肉食動物はかくあるかという風に、特異な双眸が見開かれる。滑らかな強膜が冴え冴えとハイライトを映し出す。口元の笑みを裂くように深くして、何の前触れもなく、思いきり腰を突き上げた。
前後運動をほしがってひくついていた腸壁が、待っていたといわんばかりに剛直に絡みつく。そっちがその気なら、こっちだって容赦しねえ。白い貌を上目に捉えて挑発する。
「それなら、来いよ。好きにしろ」
許可を与えるまでもなく、猛々しいストロークがみたび始められた。むず痒い部分を掻き毟るようにごりごりと粘膜を嬲られ、尾骨を削り出されるのではないかと錯覚してしまうような剛直の感覚がたまらない。件のプレッシャーは既に欲望に呑みこまれて、ただ物理的な突き込みの衝撃だけが喉元まで串刺しにしてくるようだった。激しい動きに、湿ったシーツが膚の下で捩れる。ふらつく後頭部がベッドヘッドに触るのが鬱陶しくて、片手で鉄柵を掴んで必要以上の揺動を抑えた。そうすることで下半身の位置も固定され、余計に深いところまで屹立を迎え入れることができる。
白い上衣の裾が、ぱさぱさと下肢に当たって擽ったい。シロッコの衣服にはそこしか乱れがなかったから、裸の皮膚のぶつかり合う耳慣れた音は起こらなかったが、蕩けた後蕾とペニスの側面の擦れる水音だけは、鮮烈にあたりに響き渡っていた。中を刺激され続けたことによって分泌された腸液が、鈴口から滲み出るカウパーと混ざり合って潤滑油の役目を果たしている。
ねばつく器官の内部を抉り上げるように、シロッコは腰を回して押し付けると、哀れなほどに張り詰めたヤザンのものに手を伸ばした。尖った口角は同じように持ち上がっている。
「いやらしいな。こんなにして」
「てめえこそ、人のケツん中に我慢汁塗ったくってんじゃねえか」
両者一歩も引かず、という表現が、こういう場面で使用されるのも稀有なことだろう。
巧みに緩急をつけて、直腸粘膜と肉幹の交媾は続けられる。
穿たれる隘路は持ち主の意向を忠実に受諾して、灼熱の塊を攻撃的なまでに扱き立てていた。ひりつくような猛烈な摩擦に神経まで焼き切れそうになるけれど、中は滑らかで、引っ掛かるような感触はもうどこにもない。ますますスムーズになる抽送に調子づいたのか、シロッコは先刻とおなじように、ペニスの抜けそうになるぎりぎりまで腰を引いた。穿たれた金属のせいで腫れあがったヤザンのそこに比べても、遜色なく膨張した先端で、入口の付近を責める。
片手は小器用にピアスを弄っていた。ヤザンの方はといえば、もはや傷口の苦痛などほとんど感じない。ただ、下手をしたら痛みの側に転げ落ちてしまいそうな危うい性感だけが、尿道の内部を中心にぞくぞくと集まって、より倒錯的な昂りを身の内に齎す。
性器の快楽に気を取られているうちに、張り詰めた肉茎が物凄い勢いで押し込まれた。
「っは、んっ!」
全身を揺すぶられる衝撃にはすぐに慣れてしまって、きもちいいという表現では生やさしいような陶酔感だけが下半身を支配している。脳には過剰とも思える量のアドレナリンが分泌され、戦闘時に限りなく酷似した高揚が意識を冴えわたらせた。内部の圧迫は既に、直腸とS字結腸との境目にまで至っている。それより先にはさすがに届かないが、もしもこの最奥で気をやられたら、きつく絞られたふたつの内臓の結合部に熱い吐精の感触を味わうことになるだろう。貪欲な期待感が肉体をひたひたと覆い、ヤザンは無意識のうちに唇を舐めた。
とはいえ、そろそろこちらの耐久にも限界が訪れようとしている。只でさえ一度、絶頂を堰き止められ、お預けを喰らった形でいたのだ。押しとどめられた灼熱が再び性器官に渦を巻き、ゆっくりと、しかし確実に解放の準備を促してくる。それも先刻とは違って、きちんと段階を踏んだ上での放精欲求だ。肉膜越しに刺激され通しの精嚢が、蓄えた精嚢液を内部に巡らせて、その出番を待ち構えている。
傷の痛みに対する慄きは、とうの昔に性感に押し流されていた。シロッコの指も、今はピアスのあたりを玩弄しているだけで、先刻のように根元を拘束する状態にはない。精神的にも物理的にも、もはや脊髄の本能を妨害するものなど何もなかった。ただ、この男の責めにそう簡単に屈伏したくないという意地だけが、すんでのところで意識を奮い立たせている。
抽送運動はますます激しく、遠慮のないものにエスカレートしていった。太い肉幹が抜き出されるたび、ぴったり張りついた内壁までもが引き摺られて持っていかれそうになる。あまりの吸着感に、腸内を引っくり返されそうな錯覚さえちらついて背筋が慄えた。
「……っ、馬鹿、……捲れ、っ、る、……っぁあ!」
しかしそれすらも、行為の愉悦にスリルを投じるスパイスにしかならない。証拠に、ヤザンの腰は自ら突き上げられて、与えられる精力をすべて呑みこんでしまおうと浅ましくシロッコの動きを追っていた。口元には知らぬ間に、笑みが刷かれている。

得体の知れない、という、この男への所感に今も変わりはない。
しかし、その生白い仮面の裏側には、均整のとれた体躯の下には、えげつないほど昏い欲望がみっしりと詰まっているのだと知った。それは、快楽を総ての事象に優先させる己ですら、慄きを禁じ得ぬような凄絶なものである。
戦いは力だけでは勝てん、とか、ティターンズとアクシズをまとめるだとか、この男の発した尤もらしい科白が、つるつると意識の表層を上滑りして嗤い出したくなる。あの仰々しい立ち居振る舞いの薄皮を一枚剥がしたら、こんな風にグロテスクなエゴイズムが現れるのだと、何人の人間が知っているだろう。それは造りものめいた容貌と相反して、より強烈な生臭さでもってこちらに迫ってくる。
それは、並みの「俗人」とて俄かには持ち得ない、圧倒的な獣性に間違いはなかった。
人の上に立たんとする者に、どういった類の資質が求められるのか、ヤザンは考えてみたこともないしその必要もない。だから当然、こういう男が総攬し、支配者として君臨する世界が、どんな様相を呈するのか想像もつかない。草木も生えぬ荒涼か。阿鼻叫喚の煉獄か。それとも、血みどろの戦争絶えぬサンクチュアリか。
それがヤザンには愉しみで仕様がなかった。


「っあ、……い、……、すげ、ぇっ、」
精巣の上体が張り詰めて、きゅんきゅんとしこって止まらない。粘膜を擦り立てる剛直はひと突きごとに熱く脈打って、あちらのリミットも近いのだということを明確に伝えてきていた。この冷感症的な男のどうしようもない劣情を、己の肉体が限界まで引き摺りだしている。そういう優越がまた、ヤザンの昂奮を煽った。いっそ暴力的なまでに、最奥の肉茎をきつく締め付ける。ほとんど同時に、白い指が強くリングを弾いた。ちり、と、爪と金属のぶつかる音が際立つ。いまだ肉に馴染まぬ硬質の感触が、海綿体を通して微電流のように亀頭を慄かせた。まるでスポイトで注入でもされたかのように、痺れるような疼痛が皮下に広がっていく。
信じられないことに、その衝撃で、先端からとくんと先走りが零れた。ヤザンの肉体が、未知の感覚を快楽として瞬時に判別したのである。
シロッコの眼はそういう変化を決して見逃さない。柳眉と口元が勝ち誇ったように歪められるのを目の当たりにすれば、ヤザンの闘志がますます燃え上がるのも道理だろう。どちらがタチをやっているのかわからぬくらい攻撃的に腰を突き上げ、粘膜の襞を吸着させて相手のペニスを蹂躙する。
この上なく鋭敏になった内壁が、放精を間近に控えた陰茎の昂りを察知して蠢く。女性の内部でもないのに、そこは射出される精液を一滴たりとも逃すまいと、より最奥にシロッコのものを手繰り寄せた。非生産的な交接であるがゆえに、その強引さはむしろ、女性のそれよりあけすけかも知れない。
ほとんど同時に、エミッション※が始まろうとしていた。膀胱の筋肉が固く絞られ、尿道は精液専門の通路に成り代わる。揺れる視界の中に捉えた喉が、ごくりと上下するのをヤザンは確かに視覚した。けれどそれを指摘するほど子供じみてはいない、という自恃は、先程のシロッコのリアクションに対する反発から来たものだったのだけれど。
「っふ、……ぅ、あァ、」
分泌液に護られた精子がぞろぞろと精管を這い上がり、出口を求めて器官内をのたうつ。クリアーだったはずの思考も、ここにくれば真白に塗り潰された。この色は乱れたシーツの白だろうか。それともこの男の顔色だろうか。激しいストロークのたび、カウパーまみれのリングが揺れて先端を頼りなく叩いた。咥内に湧いた生唾を、こちらは飲み込む余裕すらなくて、呻き声と一緒に口の端からたらたらと零す。こうなればもう自らの意思で押し止めることはできない。下腹に蟠る奔流が、うねりをあげて一箇所に集中してきていた。身体が不帰点を超える。
出したい。欲しい。
雄としてのどうしようもない欲求と、体験的に知っている腸内射精への期待感が、同時に肉体を責め苛んで意識を澱ませる。精嚢も前立腺も輸精管も、性器官のすべてが内側から滅茶苦茶に掻き回されて呼吸すら覚束ない。尿道括約筋がぎりぎりと引き絞られ、射精が堰き止められていて、いつものことながら頭のおかしくなりそうな焦燥感が背筋を這いまわる。しかしそれは絶頂の昂奮と背中合わせのものだった。
ふる、と全身が慄く。
「っい、……は、ァ、あぁ!」
やがて、五感のすべてが遮断される。いや、一点に収斂するといった方が正しいかもしれない。カテーテルよりもピアスよりも圧倒的な存在感が、身体の芯を仮借なく貫通する。
穿たれたままの後孔がきゅう、と狭まって、中の肉茎を痛いほどに喰い締めた。最奥まで埋められたシロッコのそれも、このときばかりは素直に反応して、よじれて絡みつく粘膜を捏ね広げる。
飛びそうな意識のなか、腸壁に精液のしぶく感覚があった。勢いよく迸り、びちゃびちゃと無遠慮に内部を打ち叩く。いくら注いでも尽きることがないのではと錯覚させるほど多量のスペルマが、敏感な肉襞のひとつひとつに染みていった。厳密に計ってみれば、ヤザンの吐精よりほんの数瞬はやいうちの出来事だったろう。しかし勝利感を噛み締めている余裕などあるはずもなかった。ただ、中に出された衝撃が射精のそれに上乗せされて、より強烈な悦楽をシナプスに与える。
同時に、精液の放出を阻んでいた閉鎖筋が弛緩して通り路を開いた。限界まで止められ、散々に焦らされきった欲望は、傷口の治りきらぬ尿道を容赦なく押し上げて出口まで駆け抜ける。激しい腰の痙攣。反り返ったペニスの先端から太い放物線が描かれて、浅黒い腹部からタトゥーの足元まで、凝った白濁の筋を貼りつけた。
はあぁ、と、肺のなかで澱んでいた空気が一気に吐き出される。その呼吸が、どちらのものかよくわからない。
尿道口の激痛は、ワンテンポ遅れてやってきた。というよりも、絶頂の快楽に糊塗されて、今まで気づかずにいただけかもしれない。
「いっ……てええぇぇ……」
ヤザンは顰めた顔の片側を、思いきりシーツに沈めた。


「ドゴスギアを、取り上げられるかもしれん」
シロッコの身なりは、結局最後まで大した乱れを見せずにしまった。ひくつく後蕾から引き出された肉幹が、いまだ芯を残したままシーツの上にぽたぽたと染みとつくっている他は、ほとんど平常と変わらないと言っていい。
対するヤザンはといえば、足首に辛うじて下着を絡めているきりだ。パイロットスーツのまま連れ込まれたのだから仕方がないといえばそうだが、あまり気分のよくない対比であることには変わりはない。しかし汗と体液に汚れた身体に、そのまま衣服を纏うのも具合が悪かったから、裸身をベッドの上に横たえて、射精後の気怠さ、及び再発した傷の痛みと戦っている。
「あァ?……そうだろうな」
シロッコが独断でグワダンに出向き、ジオンの残党と密約を交わしたという話は、既に一般の兵たちにも知るところとなっていた。ジャミトフもバスクも、これを看過するほど無能な指導者ではあるまい。ペナルティを口実に、秘蔵のジュピトリスを引き摺り出す、またとない好機のはずだ。
ドゴスギアとアレキサンドリアの双方を良いように利用するヤザンにとってみれば、面白からぬ話であるのは確かだった。ドゴスギアがバスクのもとへ渡れば、今までのような自由はずいぶん制限されるだろう。まさかジャマイカンの下に居たときのように、ガミガミと小言ばかり浴びせられるというわけでもないだろうが。
余韻(そんなもの、欲したこともなかったが)も糞もないトピックに追いつかせようと、鈍い頭を回転させていたら、ヤザンの上から退いたばかりの白皙が、いつもの微笑を湛えてこちらに振り向けられる。
「改めて訊こうか」
手袋をどこかへ失ったままの手が、シーツの上を辿って褐色の膝元へ到達してきた。衣擦れの音など随分久しぶりに聞いたような気がする。それだけ性行為に没頭していたということだろう。あらゆる体液をたっぷりと吸い込んだシーツは滑りが悪く、引っ掛かるような低い音とともに白い掌の下で捩れた。
地球に居るときの癖が抜けなくて、視線が思わずシガレットの箱を探す。艦内に喫煙の許される場所などあるはずもないから、当然そんなものはもとから持ち込んでいないのだった。むなしく空を切った眼差しが、やがてバックルの外れたベルトに到達し、上衣をなぞって端整な貌に戻る。
そこには、滲む汗も、雄の生々しさももはや見えない。ただ、超然とした眼差しだけがひたとこちらを見据えていた。
「君は、私の傍につくのだろ」
はじめて会った日のように、揺るぎのない威圧感でもって、「別の力」とやらの中にこちらを取り込もうとしている。まるで己だけが絶対無二の神であり、支配者であり、不可避の選択肢であると言わんばかりに。
ヤザンは汗ばんだ背中をシーツから持ち上げて、ベッドの上に片膝を立てる。ピアスの傷が擦れて鈍く痛んだが、もう然程のものではない。こちらを見下ろすかたちであった白皙が、同じ高さに矯正された。
滑らかに整った輪郭は、相変わらず無機的で人工的だ。その裡には、人間の中に当たり前に存在する肉も骨も内臓も、想像してみることすら難しいのだった。しかしそれはそうだろう。この生白い表皮の下にあるのは、そんなものよりもずっと迫真的な邪欲の塊なのだから。
今まで身体を重ねたどんな相手より業深い煩悩に、強烈な食指が衝き動かされるのをヤザンは自覚せずにおれなかった。あの生々しい欲を徹底的に貪って、すっかり腹のうちに収めてみたい。一滴たりとも逃さずに、空っぽになるまで啜りあげてやりたい。
これでは他の誰と寝たところで満足がいくはずもない。責任を取らせてやらなくてはいけない、と思った。
俺が捌け口なら、てめぇは餌だ。
上半身を乗り出して、涼しげな貌に距離を詰めた。ひとりでに口元が歪むのを抑えることができない。シーツの上に投げていた手を、割れた上衣の隙間から差し入れる。目当てのものはすぐに指先に捉えられた。ぬるぬると滑る肉塊。いまだ生硬く、手応えを残した欲望。若干の刺激を加えればすぐにでも元の勢いを取り戻しそうだった。これがお前の本性だろう、と心の中だけで呟いてみる。呼応するかのように、それは掌の中でひくりと蠢いた。ほんの微弱なその振動が、満たしたばかりの内部に、切実なまでの飢餓感を誘起させる。
視線がかち合った。薄蒼くぬらつく虹彩には、ヤザンの貌がくっきりと映し込まれている。瞳孔の色だけが吸い込まれそうに深かった。その奥に燻っているものの正体が、今のヤザンには鮮明に見て取れる。ぞわり、と内臓が躍った。
精を放ったばかりの自分自身が、散々に擦過された内壁が、ぎょっとするほど疼いて熱を孕んでいる。

「もう一発やれるってんなら、考えんでもないぞ」

「野獣」は獰猛な牙を露わにして、己と同じくらい欲深い木星帰りの男に挑みかかった。


ドゴスギアのブリッジに妙な噂が広まりつつあることを、二人はまだ、知らない。



※エミッション……emission。射精の準備段階。

【総括】

出ましたS字結腸!腐女子の必修科目です。実際に異物がここまで達すると命が危ねえとリアルゲイの人に聞きました。最後まで読んでくださった方、いねえと思うんですが、ありがとうございますと言うよりお疲れ様でした。

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