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立ち上がりは"みぞおち(剣状突起)"を意識すればうまくできる! 【For 理学療法士,看護師,介護士】

みなさんは立ち上がりの介助や指導をする際に、どのようなことを意識して行っているでしょうか?良く聞くのは、「前かがみになって立ってください」や「足を引いてから立ってください」という文言でしょうか?

しかし、この指示でうまくできる人とできない人がいます。また、介助する側も軽い力で立たせられる時とすごく力がいる時と、結果がまちまちになる人を見かけることがあります。介助者の『経験値』で片づけることもできますが、実はできる・できないには明確な指標があります。

今回はこの「立ち上がり」について、明確な『できる条件』を共有していきたいと思います。


安全で安定した立ち上がりの前提条件は、『足とみぞおちの位置関係』を整えること


①安定した動作は『重心位置を支持面上に保つ』ことが必要

まずは、安定した動作はどのようにしたら成立するのかを知っておきましょう。物理的な条件は実はシンプルで、『重心位置を支持面上に保てていること』になります。

図1. 重心位置と支持面の関係性

止まっている状態で考えると非常に分かりやすいです。図1のようにほうきを手にのせてバランスをとる遊びをしたことがある方も多いのではないでしょうか?支持面の中にほうきの重心を保つことができていれば倒れることはありませんね!逆に、ほうきがどちらかに傾いて支持面から重心が逸脱してしまった場合には、その逸脱した方向へほうきは倒れてしまいます。
このように、安定した状態を保つには必ず物体の重心位置を支持面内に保っている必要があります。

…ここで、『動作』は重心が支持面内になくても成立するでしょ⁉
と思われた方もいると思います。確かにその通り。ただ、それは『勢い(=慣性力)』の力を借りることで成立しています。具体的には下の図2をご覧ください。

図2. 慣性力

ただ、この慣性力を制御するにはかなり高度な運動制御が必要になります。例えば、「若くて俊敏なスポーツマン」と「ご高齢の方」とでは適した運動の制御方法が異なってきます。障害を負って介助が必要な方に必要なのは『ゆっくりと安全な方法』ということができるでしょう。


ここで、「いや、筋力がないと安定しないでしょ⁉」や「可動域や柔軟性がないと難しいよ‼」、「感覚障害があると難しいんじゃないか?」と、臨床経験や介護経験がある方であれば思われるかもしれません。

……おっしゃる通りです!!
ただし、上記の要因には階層性があるのです。『目的』と『手段』に分けて考えてみましょう。

小難しくなるのを避けるためかなり簡単に言うと、
 目的:重心位置を支持面上に保つこと
 手段:筋力や可動域、感覚(視覚/平衡感覚/表在感覚/深部感覚etc…)
という階層性があります。つまり、筋力も可動域も感覚も、全ては支持面上に重心を留めたり、スムーズに持ち上げたりするのに必要な要素であるということです。

図3. 動作における身体機能・運動要素の階層性




②立ち上がりの相分け

次に、立ち上がりという動作を相分してみましょう。この「相分け」はその動作をできない要因がどこにあるのかを見つけやすくするのに重要です。

図4. 立ち上がりの相分け

※論文等では3相(屈曲相・臀部離床相・伸展相)に分けられることが多いですが、今回は簡単にするために臀部離床相は相(=区間)ではなく点として扱います。

この中でも『屈曲相』、つまり『身体(=重心)を持ち上げる前の準備』が整っていないために、自分で立てなかったり、介助時に無理をして腰痛になったりしている方が多いように思います。

では、この『屈曲相』で立つ前に行っておくべきこととは何なのでしょうか?……それが、①で説明した『次の姿勢(=立位)での支持面上に重心をきちんと移しておく』ことなのです。




③立ち上がり時の支持面は『お尻+足』➔『足』へ変化する

まず、立ち上がりの際の支持面の変化を捉えておきましょう。『支持面』とは、身体を支えるために床等と接している部分を結んだ範囲のことを言います。

図5. 立ち上がりでの支持面の変化

座位での支持面:足+大腿部+臀部
立位での支持面:足

図6. 足部の位置の違いと立ち上がりやすさの関係

上記のように、立ち上がり動作では座位での広い支持面から立位の狭い支持面へと変化します。この変化をしっかりと認識し、『臀部離床』の前に重心を『足』の上に載せておくことを意識しておきましょう。これだけでも、立ち上がりの動作や介助は数段やりやすくなりますよ!


図7. 足部の接地具合による立ち上がりやすさの違い

※ちなみに、足裏が全面接地している場合はみぞおちが少なくとも『踵』に載れば安定した立ち上がりが可能ですが、踵が浮いている場合(足関節背屈制限などによる…)は接地している面、つまりより前方の『つま先』までみぞおちを移動させなくては安定して立ち上がることはできません(図7)。この場合、足を引くことばかり考えていては返って支持面が遠くなる可能性もあります。あくまでも『お尻を浮かせた際の支持面上に重心を載せること』が大切であることを肝に銘じておきましょうね!




④立ち上がり時に大きく動かせるのは『上半身』の重心位置

次に重心についてです。①から当たり前のように出てきていますが、重心とはいったい何なのでしょうか?重心の定義は、『物体の各部分に働く重力の合力が作用するとみなされる点。質量中心と一致する。(精選版 日本国語大辞典より)』とあります。
……小難しいですね!簡単に言うと、その物体の質量が1点集まっていると仮定する『仮想の点』のことです。つまり目では見えないものということです。この目では見えない重心を見えるかのように扱ってしまうことで動作の指導や介助がより複雑になってしまうのです。
そこで、重心の位置を明確に『身体部位』で言語化することが必要です。

では重心位置と聞くとどこを思い浮かべますか?運動学などを勉強されている方は『おへそ(臍部)』をイメージされるでしょうか?

正解です!その通り!!
”全身”の身体重心位置は『仙骨のやや前方(中村隆一,基礎運動学 第6版より)』にあると言われており、概ね『おへその辺り』と言えます。

では、立ち上がりの際に「重心を足に載せて」と言われた場合、おへそを足に載せられるでしょうか?
……無理ですね。動きません!
図8にあるように、立ち上がりの時に大きく動くのは体幹、つまり上半身です。

図8. 体幹前傾度合いと足部・重心位置の関係

実は立ち上がりの際に指しているのは『上半身の重心位置』なんです。ここを意識することで、明確な指標(身体部位の名前)で立ち上がるための条件を提示することができます。

では、上半身の重心位置はどこになるのでしょうか?教科書的には第7~9胸椎レベルにあると言われています。でも、「背骨(胸椎)の7~9番目辺りを意識する」と言われても無理があります。そもそも、正確な位置は私たちセラピストも触診によって棘突起を数えなければならないので、非常に手間がかかります💦そこでもう少しわかりやすい目印がないか探してみましょう!実は第7~9胸椎レベルというのは、腹側で見ると『みぞおち(胸骨の剣状突起レベル)』に当たります。(図9、図10)

図9. 中村隆一,基礎運動学 第6版, p335 より
図10. 上半身の重心位置

このみぞおち立位の支持面である足部に移してからお尻を持ち上げることで安定した立ち上がりが実現するのです!!

ちなみに冒頭であったように、体幹前傾を促す際に「前かがみになってください」と声掛けすることがあると思いますが、これで『うまく立てる人』と『立てない人』になぜ分かれるかがわかるようになります。

図11. 股関節屈曲と体幹屈曲による重心位置の違い

同じ「前かがみ」という指示でも図11のように『腰を曲げる人(=体幹屈曲)』と『股関節から曲げる人(=股関節屈曲、骨盤前傾)』で分かれます。この股関節屈曲を利用する人はみぞおち(=上半身の重心)を足部に十分移すことができるため安定して立ち上がることができます。
※恐らくですが、「前かがみ」という言葉は「頭の位置・目線を下げること」ととらえる方が多いのではないかと考えています。そのため、体幹屈曲で頭を下げるのか、股関節屈曲で頭を下げるのか、人によってとる手段・戦略が違うのかなぁと思っています(^^)
僕たちがして欲しいのは『頭を下げる』ことではなく『上半身の重心(みぞおち)を立位の支持面(足部)に載せる』ことなので、ココを明確に伝えられると患者さんもやるべきことが分かって立ちやすくなるでしょう!!



⑤立ち上がりに必要な各動作は、すべて『お尻を浮かせる前に重心を足に移しておくため』に行っている

①で挙げた「筋力や可動域」と「重心位置を支持面上に保つこと」の階層性のように、動作を成立させるための要素には階層性があります。僕は動作分析を行う際には、以下の項目に分けて診るようにしています。

1.現象:目で見える体節・関節の動き
   (例;立ち上がりでの体幹前傾)
2.機能:『現象』により生じる運動学的な意味
   (例;上半身の重心位置を前方へ移動させる)
3.目的:動作の各相で達成したい事柄
   (例;臀部離床前に足部へ重心を移動させておく)

上記の視点を図で示すと、以下のようになります。(図12

図12. 現象・機能・目的

動作観察をする際は『現象』を細かく捉えられていることが重要になります。しかし、『現象』だけでは動作が成立しない要因・因果関係を捉え切れません。そんな時、『機能』や『目的』といったマクロな視点から俯瞰して『現象』を見ると分かりやすくなりますよ。是非、試してみてください!



※よくある環境設定の違いによる『立ちやすさ』の違いについて

座面が高い or 低いことによって立ちやすさが変化することは感覚的に分かると思います。最後に、これがなぜなのかを簡単に説明しておきます。

図13. 座面高の変化と足部・重心位置の関係

図13に示すように、座面が高いと足裏全面が接地した状態をとると、下肢の長さは決まっているため臀部は自ずと前に行きます。つまり、浅く腰掛けるようになり、重心位置と支持面が近づきます。加えて、高座位姿勢やそこからの立ち上がりで必要とされる下肢の各関節可動域は、低い座面の場合と比べて少なくて済むので楽に重心移動の動作が可能となります。更に、重心位置が高く、下肢の各関節の可動範囲も少ないことから、立ち上がるのに必要な筋力も少なくて済みます。
こういった理由から、立ち上がりにくい人には座面を高くしてあげると良いと言われています。参考までに記載しておきますね(^^)



まとめ

いかがだったでしょうか?今回共有したのは、立ち上がるための「前提条件」です。安定して立ち上がるためには『お尻が浮く前に、上半身の重心位置(=みぞおち)を立位の支持面(=足部)に載せておく』ことが重要です。この条件が達成できていないといくら筋力があっても「お尻を持ち上げられない」というものです。逆に、この条件を満たせていても、『体重を持ち上げられるほどの筋力がない』のでは立ち上がりはできません。あくまで、筋力がある前提でのお話なので、ご承知おきくださいね。


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