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勇者カケル 〜魔王討伐に賭けた夏 第二部 第一話:セキグチ死す!愛は永遠に……

 カケルとせきぐちがはるかを巡ってケンカしている間に魔王軍は完全に村を破壊してしまった。今カケルたちはその村を見回っていた。辺りは燃やし尽くされ道端には死体が山と積まれている。カケルはそれを見て悲しさのあまり泣き出してしまった。

「もう少し村に早く着いていればこんな事にはならなかったのに!チクショウ!」

 はるかは地面を叩きながら泣き叫ぶカケルを見るのが辛かった。彼に寄り添って慰めてあげたいと思っていた。だがその時まつだいらが冷静にこう言ったのだ。

「だからさっきからずっと言ってただろ?村が魔王に襲われてるって!お前らがケンカなんてやめて助けに行けばこの人たちは救われていたかもしれないんだぞ!」

 だが誰もこのまつだいらの真っ当すぎる発言を聞いてなかった。

「彼らを甦らせてあげる事が出来たら」

 そう言ったのはせきぐちだ。彼のこの発言は村人たちの死を悲しむあまり口にした事だが、それを聞いたカケルはせきぐちがはるかの兄を甦らせたことを思い出してせきぐちに言ったのだ。

「セキグチ、君のザオラルで村人全員生き返らせてくれないか?」

「バカヤロ!ザオラルかけるごとに俺の寿命は十年減ってくんだぞ!お前俺の命をなんだと思ってるんだ!大体なんでお前なんかに指示されなきゃいけないんだ!はるかちゃんが言うならともかく!」

「セキグチくん、私からもお願い。私もう人が死んでゆくのをみるのはイヤなの。生き残った子供たちが泣いているわ。あの子を見て!お母さん動かないよってないてるよ。あの子も見て!お父さんの血が止まらないよって泣いてるじゃない!だからセキグチくん村人をザオラルで生き返らせてあげて!」

 セキグチははるかを見た。はるかは潤んだ瞳で彼を見つめていた。彼は彼女と出会った時から過ごした歳月を思った。はるかと出会ってから過ごしたのはたった一日だ。だがその一日が永遠であるかのように思えてきた。いいさはるか。君のためならこの命惜しくはない。だけどお願いだ。君への愛に殉じたこの俺をずっと忘れないでくれ。そう覚悟したセキグチがザオラルを唱えようとした時、まつだいらがこう言ったのだ。

「おい、セキグチ!村人のために命を犠牲にしたら魔王はどうなるんだよ!俺たちお前の力がなければ魔王を倒せないんだぞ!」

 このまつだいらの発言にカケルは怒った。はるかの願いを無視して魔王を倒しに行くだって?セキグチははるかの願いを叶えるために自分の命を犠牲にしようとしているのにこの男は!

「お前それでも勇者一行か!一緒に魔王を倒すと誓い合った仲間かよ!セキグチがはるかの願いを叶えるために自分の命を賭して村人を甦らせようとしているのに、そんなことやめて魔王を倒しに行こうぜだって?お前よくそんな酷い事が言えるな!僕は許さない!セキグチの想いを踏み躙るようないう奴はこうしてやる!」

「やめてくれ二人とも!俺ははるかのために命を賭けて村人を救う事に決めたんだ。だから死ぬ事に悔いなんかない。むしろ喜んでこの命投げ出すさ。はるか……」

 そうセキグチははるかに呼びかけるとゆっくりと彼女に向かって歩いた。

 だがそのセキグチとはるかの間に突然カケルが割り込んできた。

「セキグチ!お前の事を絶対に忘れはしない!永遠に!いつまでも僕たちはお前の事を語り継いでいくさ!」

 そしてカケルはセキグチを無理矢理死体のそばに連れて行ってザオラルをかけるように頼んだ。

「さあセキグチ!ザオラルをかけてこの人を甦らすんだ!」

 セキグチはカケルの後ろにいるはるかを見ようとしたがカケルのせいで両腕しか見えなかった。カケルはセキグチの肩に掴んで泣きながら早くザオラルをかけろと言う。セキグチははるかに挨拶したかったがカケルの圧に押されて声すらかけられなかった。仕方なしに彼はもうミンチ状態の死体にザオラルをかけた。

「ザオラル!」

 失敗だった。ミンチ状態の死体はピクリともしなかった。

「バカヤロ!なんだよその呪文のかけ方は!ホントはイヤだけど言われたんで仕方なしにやりますって感じだったじゃないか!もっと本気でやれよ!お前はるかちゃんのために命を捨てるつもりなんだろ?そんな投げやりなやり方じゃどんな命も救われないじゃないか!」

 このカケルの熱い説教にセキグチは心が震えるのを感じた。こんなインチキ勇者に絆されるなんて賢者寸前のエリートの俺らしくないぜ。だけど奴の言う事は最もだ。はるかの泣き顔なんて見たくない。俺が村人を甦らせて彼女を笑わせてやる!セキグチは今度は本気でザオラルを唱えた。

「ザオラル!」

 しかし無情にも死体は蘇らなかった。セキグチは二度にわたるザオラルのせいで急激に老け込んでしまった。カケルはそんなセキグチのために何もできない自分に怒りを感じてミンチ状態の死体をなんで蘇らないんだと殴らながら叫んだ。

 カケルはこの死体じゃダメだと思って別の死体にザオラルをかけさせる事にした。だがみんな蘇らない。これは運が悪いとしか言えなかった。ザキなら百パーセント殺せるほどの運の悪さだった。はるかはそんなセキグチを見るのがいたたまれなくなって泣きながら彼を止めようとした。しかし隣の兄はそのはるかの肩を掴んで止めた。

「アイツを止めるのはもう無理さ。アイツ完全に賢者になっちまったんだから……」

「お兄ちゃん私……私どうすればいいの?」

「見守るしかないさ。アイツの死に様を自分の目に焼き付けるんだ」

「カケルくん!」

 はるかは思わずカケルの名を呼んだ。彼女はカケルにそばにいて欲しかったのだ。カケルがいなければ自分が壊れてしまいそうだった。それはカケルもまた同じであった。一人では死へと向かう仲間を見続けるなんて耐えられなかった。二人はセキグチがいたたまれなくて思わず抱き合って泣いた。それを見たセキグチは絶望と怒りで真っ青になった。そしてヤケクソで近くに倒れている白いヘルメットを被った死体にザオラルをかけたのだ。

「チックショウ!ザオラル!」

 最後のザオラルだった。呪文を浴びた死体がむくりと起き上がった。セキグチはそれを見届けると安心したようにその場に倒れた。彼は最後の力を振り絞ってはるかを呼んだ。

「はるかちゃん!」

 死にゆく彼の前に曇り空が一気に晴れたようにはるかが現れた。はるかは泣いていた。

「私のためにこんな……」

「いいのさ。君が笑ってくれるなら、俺の命を犠牲にするくらいどうってことないさ。はるかさん、甲子園連れて行けなくてゴメンな。俺それだけが心残りだ」

 それを聞いたはるかは泣き出してしまった。カケルは思わずはるかを抱きしめた。そしてはるかの姿をセキグチから塞いで言った。

「安心しろ!はるかさんは僕が一生守る!お前は安心して天国に行け!」

 誰もいない村に勇者一行の号泣の声だけが響き渡る。明成王国僧侶セキグチは今ここに死んだ。

 勇者一行は近くにあった無人の宿屋に泊まった。その真夜中にはるかは目覚めた。そして部屋にカケルがいないので心配になり外へと出た。すると死んだセキグチを偲ぶかのように降るしめやかな雨の中カケルが一人素振りしているではないか。

「カケルくん……」

 カケルは後ろから誰かの自分の名を呼ぶ声が聞こえたので思わず振り返って見た。そこにははるかがいた。カケルははるかに向かって力強くこう宣言した。

「僕、絶対にはるかさんを甲子園に連れて行くよ。そしてアイツも一緒に……」

「カケルくん……」


 翌日宿屋を出て村から旅立とうとした勇者一行は目の前に昨日セキグチが蘇らせた村人が自分たちに向かって歩いてきたので足を止めて別れの挨拶をした。しかしこの老人は自分も一緒に着いて行くというではないか。老人は自分は賢者イソップザオリクなんか平気で使えると言った。それを聞いたカケルはじゃあ村人をといったが、賢者は手で制し、そんな事したら命がいくつあっても足りん。いちいち死んだ人間を蘇らせるなんてまともな人間のする事ではない、と言い切った。その堂々とした態度にカケルたちは圧倒されて、そうですね。たしかに他人の命なんかのために自分の命を犠牲にするなんて愚の骨頂ですよと笑い飛ばした。

「とにかくこれでセキグチの代わりはできたぞ!」

 とカケルは上機嫌で言った。それを聞いてイソップはそのセキグチって誰かね?と尋ねた。するとカケルはさわやかな笑顔でこう言った。

「昔の仲間ですよ。ずっと昔……一緒に甲子園を目指していた」

 皆がカケルの言葉に涙している中まつだいらは一人心の中でこう呟いていた。

「昔ってお前昨日の話じゃねえかよ!しかもまだセキグチの死体置きっぱじゃねえ。感傷に浸っている暇あんのかよ!」



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