インスタント小説 第一弾『背後に立つ男は笑っている』
本篇 1,249字
人は、思っているより無防備だ。
ある女はうきうきしながら道を歩いていた。
女は若く、背中の開いたパーティドレスがよく似合った。
女がデパートの前で足をとめた。ガラスを鏡に、体をひねってドレスを揺らし、背中に垂れる髪を一房ねじる。
つと、小さなこじゃれたバッグからスマートフォンを取り出し、画面を点灯させる。時刻は午後五時二十五分。女は少し慌てた素振りで小股に走り出す。
今日は久しぶりにあの人に会える日。
女の顔は少しだけほころんだ。
女が慌ててたどり着いたドアの先には、複数の男女がいた。
その中でひとりの男が女に気づく。男はニコリと笑って女に近づいた。
女はドキドキと高鳴る鼓動を抑えようとする。なかなかおさまらない心臓の動きに、女もまた、少し困ったような、照れたような笑みを浮かべた。
男は女に話しかけた。
「綺麗ですね」
女の顔は赤い。
荷物を従業員に預けた女はドレス一枚身にまとった姿で席に着いた。
座った女に男は話しかけ、それに女は嬉しそうに答えた。
男は、常に笑っている。
女のスマートフォンがポン、と鳴った。女が断りを入れ、スマートフォンを触りだすと、男の笑顔が少しだけ薄らいだ。
女はチャットアプリを開き、やり取りを始めた。いつしかそれに夢中になり、女は周りのものが目に入らなくなった。首に巻かれた布も、気にならなかった。
そうして集中する女の背後で、薄ら笑いを浮かべた男はそっと、身につけていた刃物を引き抜いた。
***
一時間ほど、経っただろうか。女が来た時にいた人間は随分と少なくなっていた。
男は相変わらず女のすぐそばにいた。相変わらずスマートフォンを握りしめたままの女の後ろで、男は銀色に光るものを手早く動かしていた。
「できましたよー」
男が女に声をかけた。
女の前に置かれた鏡には、さっきとは違う自分が映っていた。
「ドレスに合うようにセットしてみたんですけど……」
男の言う通り、少し派手なドレスに似合う、いつもとは違う髪型だった。
女は言った。
「スゴイいいです! いつもはこんなのできないし」
「よかったー、じゃあ急いで行かないと遅れちゃいますよ」
男は女の首に巻いたケープを外した。
女は立ち上がり、体をひねってドレスを揺らした。セットされたヘアスタイルには触らずに。
レジの前で預けたバッグを受け取り、財布を取り出し、料金を支払った。
会計をしながら美容師の男が言う。
「今日の同窓会、好きだった男の子とか、来るんですか?」
おつりを受け取った客の女が言う。
「それは内緒です」
女は笑った。
店を出る女に男は言う。
「ありがとうございましたーまた来てくださいね」
見送る男がふと思い出してもうひとつ声をかける。
「今度は走っちゃダメですよ! 髪、崩れちゃいますから!」
男は、笑う。
了
あとがき
蛇足かもしれませんが、あとがきです。
カッコよく言えば叙述トリックのようなものを使ったミステリ風小説ですが、言ってしまえばまぁ、「なぞなぞ」みたいなものです。
日常的なものや出来事は、キモの部分を隠して書く。実は今回と同じコンセプトの小説をだいぶん前ですが書いたことがあります。
その時の感覚を思い出しながら、今作を書いていました。だから、久々に書いた小説だけれども、ちょっとだけ書きやすかったです。
と言っても、結構面倒な作りの小説ですから、その辺上手くいっているのかどうか不安です。
前作では結構ハッキリ、「なぞ」部分と「解決」部分が分かれていたのですが、今作はだいぶんグラデーションのようになってしまいました。まぁこれはこれでありなの、か?
「インスタント小説」があってもいい、と前回書いたのに、これはちゃんと練った方がよかったんじゃない? と思わんでもないです。(笑
髪を切りに行った時、ちょっとだけ思い出して、ちょっとだけ「ぞ……」として、ちょっとだけ笑ってもらえたら幸い。
最初にこれを投稿すると、「ミステリーっぽいの書く人なんだ!」と思われてしまうかもしれんと少しためらったのですが、書けそうなのがこれだったので……。
本人はなぞなぞのつもりです。
たぶんこれをミステリーに入れてしまうとその界隈の人に怒られそうですし、特にジャンルにこだわらず、これからも書いていきます。はい。
あとタイトル考えるの下手すぎ。
ご意見ご感想、お待ちしております。
インスタントなことを頭の片隅にちょこっとだけ置いてもらって、そんなに怒鳴らず、なじらず、お願いします。m(_ _)m
凛
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