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縞模様のサーモンパニーニ

時計ウサギみたいな毎日だ。時間がない、余裕がない。

私にはおいしいものを食べた後、おいしかった記憶を反芻する癖があるのだけど、
最近はのんびりモウモウ食んでいる暇がなかった。
これでは食いしん坊の名折れである。腹の虫も地団駄を踏んでいる。

しかし食の神さまは私を見捨てはしなかった。

外出の帰り道、道中見かけたパン屋さんでパパっと買ってきたお昼ご飯。
(小さな店内は入場制限があり、数人並んだ列のプレッシャーによってパン屋さん滞在時間 自己最高記録を樹立した。いつもなら三周はして悩むのに)

選んだのは縞模様に焼き目のついた四角いパニーニ。吟味できなかったので、おススメ!のポップに従ってみた。
帰宅するやコーヒーカップ片手にPCデスクに舞い戻り、不在時のメールをチェックしていく。未読通知が乾燥ワカメなみに増えていた。
まったく、忙しいときに限ってやることが増えていく現象、なんの意地悪なんだろう。要返信のメールを未読に戻しつつ、袋からパニーニを探りだし、ラップをめくってかじりつく。

お、・・・と。
メール画面から目を引きはがし、歯形のついたパニーニをまじまじよく見つめなおす。もぐ、もぐ、一口をゆっくり噛みしめる。じわじわこみ上げてくる感動の波。

ちょっと、なにこのパニーニ。信じられないくらいおいしいな。

隙間から見える具材、フリルレタスの鮮やかなグリーン、朱色はサーモン、トマトと、オニオン、あとはちょっとわからないな。

サーモンのパニーニ、とトレーにあったけども薫香は控えめ、軽くてフレッシュ、脂が乗ってとてもジューシー。厚切りなのかな?お寿司を食べているみたいにとろとろほどける舌ざわり。
スライスオニオンはごく薄切りで、ピリッと辛く、しゃくっと食感にバラエティーを持たせている。
それから、たぶん秀逸なのがドレッシング。クリームではなくオイル系、酸味と塩気の強い味わいがこのパニーニを完璧に統率してまとめている。オリーブもいるのかな、レモンも入っているのかな。すばらしく洒落た味。都会のカフェランチに出てきてもおかしくない。

なにより、パンがいい。焼き目のついた外側はさっくり、内側がむぃ~・・・っと密度が高く、がぶっと噛み千切るようなしっかりした存在感。たっぷりバターがじゅわっとするリッチ感、コクと塩気でとてもおいしい。
なんのパンだろう。チャバッタなのかな?それにしてはデニッシュを思わせるようなさっくりした外側の食感が見事だ。試しにパンだけ食べてみても十二分に満足できた。

「具材ももちろん最高においしいけど、あくまでもこれはサンドイッチです。」

って無言の主張を感じるうまさ。こういうところ、パン屋さんのメンツ、という感じで好きだなぁ。


うーん。しかし、かなり、おいしい。
がぶり、がぶり、噛みつくたびに平べったいパンの内側で具材が少しずつ偏るのがゲーム感覚で面白い。サーモン多めの一口。 次はオニオンを狙って・・・おっと、トマトがこぼれかけて慌ててもう一口。
このスモークサーモンってもしかして手作りなのかな。こんなにジューシーでおいしいサーモンはなかなかない。手作りですか?って聞いたら失礼だろうか。

なんでこんなにおいしいパン屋さんがあんなひっそりお店を構えているんだろう。・・・ああ、だから行列していたのか。お昼時だからって理由だけじゃなかったのか。みんな、おいしいものに目ざといなぁ。
あのパン屋さん、パニーニはサーモンだけだったかな、デニッシュサンドもあったはず。パンがおいしいからプレーンなバゲットなども買ってこよう。
すでに次回に思いを馳せながら、思いっきり顎を開いて最後の一口。 むぎゅ、んぐ、っん。このおいしさには最大限の敬意を払わねば。

ブー、ブー、ブー、・・・。

着信音にハッと我に返る。完全にパニーニと私だけの世界に入っていた。PC画面はスリープモードに落ちている。
震える液晶画面は待ちわびた折り返し相手だと告げていた。メールはともかく電話になると全然繋がらない多忙な人だからありがたいけど、けども。

なんで、今。
よりによって。今
口の中もパンパンな、今。
もう少しで食べ終わるのに?

2コールほど逡巡し、結局、泣きたい気持ちでコーヒーでもって流し込んだ。
「はいっ、もしもし!」
口についたパンのかけら、唇の塩気が名残惜しいったらありゃしない。
空っぽになったラップをくしゃくしゃ丸めて握りこむ。

いいのだ、ささやかな時間を犠牲にした見返りに、とっとと繁忙期を終わらせにかかるんだ。
そして優雅にリベンジする。コーヒーもインスタントじゃなくてちゃんとドリップして、あるいはポタージュスープにしてもいいかも。なんなら白ワインも合うだろう。

さあ、楽しいブランチのために頑張るぞ。