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ジョスカン・デ・プレ没後500年──ヴォーカル・アンサンブル カペラ全集一挙配信開始

古楽演奏家・花井哲郎により1997年に結成された中世・ルネサンス専門の古楽声楽グループ「ヴォーカル・アンサンブル カペラ」。


つねに古楽の世界で注目と尊敬を集め続けている彼らが、2009年より10年以上をかけて取り組んでいるのが、ルネサンスを代表する天才作曲家ジョスカン・デ・プレのミサ曲全曲録音プロジェクト。
ジョスカン・デ・プレ没後500年にあたる本年、ついに配信が解禁となりました。2021年8月現在の最新アルバム『第8集』までが一挙配信開始されました。

レーベルは質の高い録音に定評があり、家喜美子のチェンバロ・シリーズでも音楽配信リスナーから高い支持を集めているレグルス。

一切のごまかしのない誠実な歌声」(皆川達夫氏[レコード芸術誌])、「独自の美意識」(美山良夫氏 [レコード芸術誌])という高い評価を得てきた当シリーズの配信開始にあたって、「ヴォーカル・アンサンブル カペラ」音楽監督の花井哲郎氏、「ジョスカン・デ・プレ ミサ曲全集」プロデューサー&レコーディング・エンジニアの吉岡永二氏にお話を伺いました。

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ヴォーカル・アンサンブル カペラ[右:花井哲郎氏]
(中札内美術村 北の大地美術館)

ミサ曲録音のきっかけ

 ───ジョスカン・デ・プレのミサ曲録音に取り組もうとしたきっかけは何ですか。

(花井哲郎氏<以下、花井>)ジョスカン・デ・プレはルネサンス音楽の歴史の中でも最高水準の作品を数多く残している巨匠で、なかでもミサ曲は彼の創作活動の中心でした。そのような重要な作品であるにもかかわらず、これまでは全曲録音が存在していませんでした。
結成当初からジョスカンに取り組んできたヴォーカル・アンサンブル カペラとしても、またジョスカンを敬愛する私自身のライフワークの一環としても、取り組むのにまたとなくふさわしい企画であると考えました。

(吉岡永二氏<以下、吉岡>)2003年よりヴォーカル・アンサンブル カペラの録音を始め、4枚目の録音を終えたところで、音楽監督の花井氏よりジョスカン・デ・プレのミサ曲全曲録音の提案がありました。当社(レグルス)創立10周年記念として後世に残すに相応しい企画だと思いましたので、ジョスカン没後500年の2021年の全集完結を目指して録音をスタートしました。あいにく最終の第9集はコロナ禍のため収録が遅れてしまいましたが、今年11月に録音し、来春の発売を予定しています。

ジョスカン・デ・プレのミサ曲の魅力とは?

 ───ジョスカン・デ・プレの魅力とは何でしょうか。

(花井)ジョスカン・デ・プレをはじめとするルネサンス・フランドルの作曲家たちは、複雑なカノンを駆使して、さまざまな仕掛けを作品に組み込んでいます。これは、ちょっと聴いただけではなかなか分からない類の面白さです。
しかし、ルネサンス期オリジナルの「計量記譜」という記譜法によって書かれた楽譜を、当時の聖歌隊と同じように使って歌いながら強く感じるのは、そのような技巧をはるかに超越した、直感に訴えてくるエモーショナルな感動です。もちろんそれはしっかりとした楽曲の構造があればこその美だと思いますが、その美しさはリスナーの皆さんにも感じ取っていただけると思います。

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ジョスカン・デ・プレ Josquin des Prez
(1450年/1455年? - 1521年8月27日)


 ───特にオススメの作品をお教えください。

(花井)どれも素晴らしい音楽、精魂込めたアルバムなのでひとつ選ぶのは難しいですが……。
一切の無駄を省いた傑作という意味では、ジョスカン最後のミサ曲であり有名な『ミサ「パンジェ・リングァ」(舌よ、たたえよ)』。


先ほど述べたような、技巧を駆使しつつエモーショナルな感動を呼ぶ音楽としては、『種々の音高によるミサ「ロム・アルメ」』をおすすめいたします。

録音のこだわり

 ───レコーディング・エンジニアとして、特に録音に際してこだわったポイントがありましたらお教えください。

(吉岡)良い録音の実現は、演奏形態に合った場所(ホール)の選択にかかっています。ヴォーカル・アンサンブル カペラは、ルネサンス時代の演奏法に忠実に、全員がクワイヤブックと呼ばれる1つの楽譜に向かって歌うので、当然ながらメインマイクのみで収録することになります。そのため、長くふくよかな残響とともに緻密なアンサンブルが保てる空間が必要となります。

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全員が1つの楽譜に向かって歌う
(ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会 小原記念聖堂)


ヴォーカル・アンサンブル カペラの録音は、当初、東京・大久保の淀橋教会を使用していましたが、交通や街頭の騒音が年々大きくなってきたことから、北海道・中札内村の「北の大地美術館」を使用するようになりました。この美術館は、教会並みの響きを持ち、録音に集中できる理想的な環境だったので、ジョスカン全集の録音もこちらで行うことになりました。これまで録音を続けてこられたのは、同美術館を運営する六花亭のご厚意によるものです。
『第4集』のみ、大久保の淀橋教会が会場です。録音予定が東日本大震災直後であったため、延期することも考えましたが、犠牲者の鎮魂の意味も込めて2011年4月に同教会で収録いたしました。

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マイクセッティングの様子(北の大地美術館)


 ───ヴォーカル・アンサンブル カペラは、コロナ禍以降、#うちでカペラ などの配信企画にも力を入れていらっしゃいます。このたびのアルバム配信スタートにより、はじめてジョスカンの音楽に触れる方へのメッセージをお願いいたします。

#うちでカペラ Part 1 ミサ曲シリーズ「入祭唱とキリエ」

(花井)私はそもそも、配信以前に、CDレコーディングさえも気乗りではありませんでした。宗教音楽は典礼の枠組みに属するもので、残響の多い、お香の香り漂う教会という祈りの空間で演奏してこそ、その真価を発揮すると考えているからです。たとえばファン・アイクのようなフランドルの祭壇画は、ゴシック教会のサイドチャペルに置かれ、その前に跪いて仰ぎ見てこそ意義があります。それと同じです。

しかしそういった祭壇画であっても、現代的な美術館の真っ白な一室で、純粋に絵画として楽しむことができます。ジョスカンの音楽も、時空を超越して録音や音楽配信といった形で、多くの方に味わっていただくことは可能だと思いますし、いまではそうした手段があることをありがたいと感じています。ミサ曲が響いた「本来の場」をイメージしながら聴いていただけると、また捉え方も変わってくるのではないかと思います。想像力を膨らませて味わっていただけますと幸いです。