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『ほどほどに』

 「全力投球」「つねに100%」--。

 どうやら、この心構えが嫌いになりつつある、というか、性に合わなくなってきた感があります。

 なぜなのか?

 きっと、全力でトライすると「つねに」のところが、おごそかになってしまいかねないから。

 そんな自分のクセを学んだ気がします。

 「まあ、いっか」くらいにとどめておけば、「いつも」継続できる気がするのです。

 あなたに、のめり込めるものやことがあるのなら、きっと恵まれているのかもしれません。自己意識や家庭、第三の居場所(学校や職場)以外に、自分の居場所があるから。

 せっかく恵まれているのです。

 続けるのが大事と思います(上からな目線ですみません)。僕は文書とは別で、絵を描くのが好きです。

 体力が衰えてきているのでしょうか、文書を仕上げるにせよ、絵を仕上げるにせよ、100%を目指して「頓挫」してしいます。

 10〜20代はムリがきいたのですが、30歳を過ぎてからは「いいモノにするぞ!」と意気込むと、なぜか進まなくなる(笑)。

 実は、仕上がっていない、下書き状態のnote記事のほうが多いです。つまり中途半端。

 とはいえ、です。

 趣味というか、物理的な空間以外に自分の居場所があるのは、自分でも恵まれているのだな、と思います。

 同時に、恵まれているのに「ムチャ」をするのは、欲張りな気がします。空回りするとも思えます。

 指示されたわけではないのに、自分で取り組んでいる、また継続している。それだけで十分なのでは、と割り切るようになりました(しました)。

 じゃないとやっていられません(笑)。

 書く・描くのは趣味。それに取り組めない自分が嫌いになったら本末転倒。多少、自分を甘やかしてもいいのではないのかな、なんて考える、極言すると、開き直る今日このごろです。

 「まあ、いっか」--時には、この言葉に甘えても、いいのかな、と。

         ***
 もう少しで書き終わるnote記事が、二つほどあります。

 その「もう少し」に凝ってしまうがばかりに進まず、止まったままです。後回しにします(声高にするのは良くないのですが)。

 それでもいいな、開き直ってナンボでしょう、と思えるようになったからでしょうか。

 気分転換にこんなことを綴っていたら、ルーズさに拍車がかかりそうですが。

 それでも「まあ、いっか」。

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