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「ほとんどの人に、"やりたいこと"なんて必要ない」という言葉に救われた話。

久しぶりのnote更新となりましたが、上司に借りた本にあった一つのテーマにおいて、長年悩んでいたことがスッキリした話と、それを少し深掘った思考を整理するために書いてみました。


今回読んだ本はこちら。

「このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法(北野 唯我:著)」


具体的な話

タイトル自体はド直球なんですが、職に悩む主人公とそれをサポートするエージェントという2人の物語形式で話が進み、キャリアの築き方や仕事のライフサイクルなど、転職にまつわる著者の考えを伝える内容になっています。

「転職に必要なのは「情報」でも「スキル」でもなく、確かな「判断軸」である。一生食えて、心から納得のいく仕事を見つける方法。

出典:amazonの情報ページより

こちらがamazonから本書を説明する一文を引用してきましたが、まさに「判断軸」という内容が盛りだくさんの内容です。


その中で私が一番印象に残っているのが、「ほとんどの人に、"やりたいこと"なんて必要ない」という節題で書かれたこちらの文章。

人間には2パターンいる。
to do(コト)に重きを置く人間=何をするのか、で物事を考える。明確な夢や目標を持っている。
being(状態)に重きを置く人間=どんな人でありたいか、どんな状態でありたいかを重視する。

本書より引用・要約

小さい頃から「将来は何になりたい?」とか、「夢や目標(≒やり遂げたいこと)はなに?」とか、よく聞かれてきましたよね?

小さい頃は「プロ野球選手になる!」と言っていたのを思い出しましたが、いつしか社会のレールに乗っているうちに、(それぞれのタイミングで大小様々な決断はしてきたものの)なんとなく今の自分が出来上がっているのが、私という人間です。

そして歳を重ねるうちに、仕事関係含めいろんな業界でキラキラしている人、活躍している人と知り合うようになりますが、そんな人はなんとなく「活躍している人=to doがある人」に見えてくるんですね。


なので、自分もそういった人をベンチマークしようと、to doを作るべくあーでもないこーでもないとなんとか言語化しようと考えるのですが、イマイチ解像度が上がらない。

いや、ぼんやりとこういったことがやりたい、こういったものに携わっていきたい、みたいなものはあるものの、to doありきでその発想になったかと言われるとそんなことでもない…。
と、ずっと悶々としていました。


そこで本の内容に戻るのですが、

(主人公)「to doを明確に持っている人に憧れるが、自分はbeingな人間である。」
(エージェント)「99%の人が君と同じbeing型である。そしてその99%の人は"心からやりたいことという幻想"を探し求めて彷徨うことが多い。」

本書より引用・要約

と続いています。

そもそも、「being型」という枠を提示してくたこと、そして、それが大半であり誰もが「to doを探さなきゃ…」という悩みを持っていること。
この部分をわずか数ページで分かりやすく表現されており、もうこの部分を読むだけでもこの本の価値はあると思いました。
(上記の引用は、あえて端折っています。)


「どんな人でありたいか、どんな状態でありたいか。」
この「being型」という言葉に出会ったおかげで、「1人の人間として、社会人として、("to do探し"という)緊張感・緊迫感を持たずに過ごすことができるようになりました。

また、beingが定義できてしまえば、(to doほど崇高なものはないけれど)そのbeingを達成するために「やっていきたいこと、やってみたいこと」を想像していくこともできそうです。



to do型とbeing型の深掘り

さて、私が感銘を受けた言葉についての紹介はこれで終わりですが、私なりにこの「型」の定義をもう少し深掘ってみたいと思います。

まず、to do型とbeing型は、「AorB」といった並列なものではなく、「手段→目的」のような関係だと理解しました。

つまり、人にはto do型かbeing型かを決める人生の目標・使命とも言える最上位レイヤーだけでなく、(主に時間軸単位で)この先10年で、この先2,3年で、今年中に、ここ2,3ヶ月で、今月中に、今週に、今日に… みたいにレイヤーが重なっており、そのレイヤーのbeingがその1つ下のto doに紐づいている、と考えてみました。

まさに戦略と戦術のように、being型の人間であっても、最上位レイヤーでbeingが定義されていたとしても、その下層レイヤーでは、beingを達成するための具体的なto doがある、ということです。



もし現時点で下層のto doが具体的に想像できなかったとしても、自分が望むbeingを獲得するための具体的な手法ということであれば、最上位のto doよりも、はるかに簡単に作ることができると思います。


さて、じゃあ最上位がto do型の人はどんなbeingの基に動いているのか?という疑問が出てきます。

こういった人は個人のbeingという視点ではなく、人類という種としてのbeingによって動かされているんだと思っています。


今も将棋界にしろ野球界にしろ、いろいろな分野でto do型の人が活躍していますが、もはや人という種族全体から発せられる「人類としての進化」ともいえるbeingが働いた結果、こういった歴史に名を残す人がto do型として出現するのでは、と考えています。


以上。


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