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「パワハラを受けた」と相談したら契約解除が決まった話と録画されないオンライン会議は令和の密室という話

前回の記事からの続き。

私は完全在宅で仕事している。

自閉症スペクトラム障害(ASD)の確定診断を受けていて、完全在宅の仕事は私の生活の生命線だ(それについてはこちらにも書いた)。

ちなみに障害については、職場では伏せている。オープンにしたい気持ちはあるが、そうすると書類選考すら通らないので、聞かれない限りはオープンにはしないことにしている。もし秘匿することが、何らかのコンプライアンス違反になるということであれば、やむなく開示するだろうが、今のところそういう場面に追い込まれたことはない。

突然メンターから、明らかに業務上の注意や指導の域を越えた攻撃的なチャットを受け取った私は、よく考えた上でマネージャーに相談と報告をすることにした。

あえて「パワハラを受けた」と強い言葉を使った。

ほどなく面談(オンライン)となったが、そこで想像とは裏腹に、私に問題がある、という結論に落ち着いてしまった。日ごろから、非定型発達者として迷惑をかけているのかもしれないが、それにしても暴言が書き込まれたチャットという確たる証拠がありつつも、私の方が責められるとは想定していなかったので、メンタルにさらなるダメージを負った。

私が持ち合わせる常識では、どういう理由や経緯があっても、暴言などで相手を攻撃したら一発アウト。それくらい、今の世はハラスメントに厳しいと思っていた。

マネージャー曰く、これはコミュニケーションの“ズレ”であり、それゆえお互いに反省すべき事案ということだった。私に暴言を送り付けたメンターは、すでに反省しているからこれ以上お咎めはないが、「あなたは何か反省することはないですか?」と問い詰められた。

全然嚙み合わない。

「パワハラの被害を被った」が「コミュニケーションのすれ違い」に置き換わってしまった。

わざとそんなことを言って、こちらを挑発しているのだろうか、とすら思ってしまった。

「反省…? 反省、ですか?」

ある意味プロの口喧嘩師とも言えるコールセンター歴20年以上の私が、ショックで何も言えなくなった。

しかし、すぐに理解した。暴言メンターは素直に反省しているから可愛い子。そして告げ口という卑怯な手口を使う新人は、実力もないのに生意気なだけの組織にはいらない子。そういう図式になっていると。

「やってしまった!」と後悔した。「パワハラと受けた」と主張すれば、ひとまずは被害者として丁重に事情を聴いてもらえるだろうと、勝手に信じ込んでいた自分の甘さと身勝手さを心から恨んだ。

考えてみれば、マネージャーとしては、パワハラ事案なんて面倒ごとの極みかもしれない。下手を打てば、自分の評価に大きな傷がつくリスクもある。そしてまだ入社してまもない新人と、自分の手足として使役できる便利なメンターを天秤にかければ、どっちを切り捨てる方が得か。そういう物差しで判断される可能性だって十分にあった。

暴言のショックで、冷静な判断ができなかった私は、とにかく味方になって親身に話を聞いてくれる人を探してすがろうとしていた。甘かった。世間を何も知らない若造でもないというのに。

出世をして役職についている人間は、もちろんスキルも人徳も備えている素晴らしい人材であることも真実だろうが、同時にライバルを出し抜いて出世競争に勝ち残った狡猾な人間でもあるとも言える。

この時の私はよほど精神的にまいっていたのだろう。そんなことも念頭に置けなくなるくらい、このマネージャーの善意を信じてしまっていた。

翌日、私は出社したが、仕事など手につかなかった。

それで、いったん今日は早退させてもらって心身を整えたいと希望を伝えた。するとマネージャーからの返答はこういうものだった。

「つまり、あなたは業務放棄をするのですね。コミュニケーションの“ズレ”があったことくらいで業務を遂行できないくらいならば、契約不履行ということで退職してもらいますけども、いいですか?」

この詰められ方も個人的にはパワハラな事案なのだが、どうなんだろうか。もはや自分の感覚が信じられない。

こうなると証拠を集めて、然るべきところに駆け込む選択肢も出てくるが、ここではっと気づいたことがある。

オンライン会議(イメージ)

実はこの会社のメンターは皆、少々口が悪い。配属になった日から、攻撃性高いなぁとうんざりしていた。教えられたことがうまく再現できないと、大きなため息をついたり、「勘弁してくれよ…」とか平気で言う。「怒っても時間の無駄だなぁ!」とか大きな声を出すこともある。

圧迫面接や“しごき”が当たり前のように横行していた就職氷河期世代の自分には、「まあ、新人なんてこんな扱いでも仕方ないか」と諦めの境地で受け流していたが、どうもこの会社はおかしい、とも感じていた。

今回のことで気づいたが、本当に本当の一発アウトの暴言は、すべて録画されないオンライン会議上でのみ発せられていた。証拠を集めようにも、決定的な証拠は残されていない。

暴言のチャットは残っているが、日常的に繰り返されていたと証明するには、もう少し多くの証拠が必要だが、それはできそうにない。

私だけだろうか。

ZoomやTeamsといったオンライン会議は、無条件に透明性が確保されているかのような錯覚をしていた。

だってオンラインじゃん。インターネットじゃん。という頭の悪い感覚で、普通のリアル会議よりよほどクリーンで風通しの良いイメージがあった。

しかし、人の目を盗んで新人いじめをするには、むしろオンライン会議のほうが都合が良さそうにも思えてくる。

考えてみれば、誰が参加しているかはアカウント名で把握できるし、匿名参加であっても“匿名で誰かが参加している”ことはわかるから、完全犯罪をするには有利だ。

誰かが録画すれば、全員に通知されてばれるから、新人が無断で録画ボタンなんて押せない。裏技を使えばばれずに録画する方法はあるが、最初からパワハラの証拠を掴むという目的意識を持って、それなりの仕込みが必要になるから、普通はそんなことは行われないだろう。

一度、何気なく後で研修内容を振り返りたいので録画させて欲しいと希望したことがあったが、なんだかはっきりしない理由で断られたことがあった。今考えると、そういうことなのか、と邪推したくもなる。

心が折れる。折れたよ。

もう促されるまま、退職ということで処理してもらうことにした。コンプライアンスの窓口に駆け込もうとか、そういう気力も湧かなかった。


…とここで終わっていたら、ただの世間知らずのおじさんが、いいようにずるい連中にいじめられました、という話だったのだが、続きがある。

というかそれがあったから、これを書き始める元気だけは取り戻せた。

退職の意思を伝えて、PCの電源を切って退社した後、電話が鳴った。

それはこの会社に入るときに面接を担当してくれた人だった。

存じ上げてなかったが、かなり役職的には上の人で、今回の件で謝罪をしてくれて、さらに自分が管轄している他の部署への転籍を持ちかけてくれた。

「とはいえ、私の一存ですべては決められないのだけど、あなたさえよければ、ほかの部署で働いてもらえるように動きたいのだけどいかがですか? もうウチの会社には関わりたくないですか?」

私はまた言葉を失った。

「面接のとき、あなたのことは本当に優秀で立派な人だと思ったんです。前職ではかなり高い職位で働いていたというお話でしたが、たしかにこの人ならばそうなのだろうな、と納得できる雰囲気があると感じました。だから、ずっとあなたのことは気になっていて、研修中の様子とかも密かに確認していたんです。順調に導入研修もこなしてくれて、安心していた矢先に今回のことを聞きました。パワハラの件は、事実確認が不十分なので一方的にかばうこともできないけれど、どうしてもあなたがそんなつまらないトラブルで退職するわけがないと思いました。他部署への転籍を確約できるわけではないのですが、少しだけ時間をくれるなら、まずその方向で働きかけてみようと思うんです。いかがですか?」

少し、涙ぐんでしまった。

今まで自分がしてきた過去の全ての“仕事”が、現在の自分を助けてくれているような感覚だった。

私は、たくさん人を怒らせたり、がっかりさせたりしてきたが、それでも仕事に対しては、おそらくいつも100%に近い本気の誠意を持って取り組んできた。

結果は良くなくても、誠意だけは込めてきた。

正義感とか、そういうものではなく、どうしても仕事というものには、まじめに向き合ってしまいがちなのだ。どういうわけか手を抜けない。

それで働きすぎて、うつ病になったりということも経験したが、とにかくその誠意が、思わぬところで全肯定された。本当に「今ここで?」という感じだ。

転籍の話を進めてもらうようにお願いした。

結果はまだこれからだ。

真実がどうであれ、私は表向き、メンターとコミュニケーションの“ズレ”が原因でトラブルを起こした挙句、それを追及されたら業務放棄をしたダメ新人だ。

どんなに便宜を図ってもらったとしても、話がぽしゃる可能性は小さくないだろう。

だが、もう十分だった。

短い時間の面接の場で、こんなにも自分の人柄を評価してくれて、動いてくれる人がいると知れただけで十分だ。この電話一本いただけただけで、この仕事に関わることができて良かった。そう心から思えた。

何も解決していないのに、幸せすら感じてしまったのだ。



続く(?)

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