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赤い口紅と私のはなし

田舎から上京してきた私は、それはそれは自分の芋くささに頭を抱えていた。
自分に合う髪型がわからない。服装がわからない。メイクがわからない。諸々わからない。
特にメイクに関しては高校時代、部活柄メイクをする機会が沢山あったのだが、やり方がよくわからず、とりあえず自己流で仕上げていた。
下地とファンデーションを塗って、申し訳程度のチークをして、まつ毛を上げてアイシャドウとマスカラを塗ってはい完成。そうだ少しだけリップグロスも。

高校生なので派手なメイクはできなかった。
普段の学校生活はもちろんノーメイク。たまに気づかれないように、おそるおそるマスカラをつけてみるくらい。
先生の厳しい目もあるし、怖い先輩に目をつけられたくないし。
そんなメイクを上京してからも引きずってきてしまったのだ。

私が入学したのは音楽の専門学校で、先輩も同級生も髪型やメイクで個性を出している人が多くいて、地方出身者の地味さが逆に浮き出てしまう。
これではまずい、と色々ネットで調べたり、本屋さんで雑誌を買って読んでみたりと勉強してみた。それはもう知恵熱が出そうな勢いで。
外見だけが個性ではないと気づいたのはもう少し先のことだったけど。

それから好きな女性アーティストが昔からずっと前髪が眉上くらいに短いことを知り、真似してみようと私も前髪を短くしてみた。
美容師さんに「眉上くらいに短くしてください」と頼んだ時は、まるで一種の賭けをするようだった。
幸運なことにその賭けは上手いこといったようで周りの評判も良く、今でも私のトレードマークにもなっている。
しかし、前髪を短くしてみたけれど、何か物足りない。
物足りないもの、それはメイクだった。

遡って高校時代、部活のメイクでつけまつげをつけてみようと思ったけれど、けばけばしいと友人に止められた。
そして例の自己流メイクをやってきたものの、長年アパレル関係の仕事に就いていた母からは「可も無く不可も無く、ただ女っ気がない」とバッサリ切られてしまった。

再びこれではまずい、と一念発起し様々なメイク用品を真剣に選び始めた。
あれこれ考え抜いた末、モヤモヤした現状を打開したいと手に取ったのはあまりひいたことのない口紅、それも真っ赤な色のものだった。
そんなにメイクの経験がない中、いきなりインパクトの大きな赤色を選ぶのは正直勇気が要った。
だけど、試しにひいてみて鏡を見た瞬間、自分の中のピースがカチッとはまった。一度も染めたことのない黒髪に、唇に乗せた赤がきれいに映えてくれた。これだ。

買ってから早速、赤い口紅をひいて登校してみた。
冷静を装ってはいるけど、内心はドキドキが止まらない。同級生は、いつもの友達は、どんな反応をするんだろうか。

登校するなり、いつも通り「おはよう」と一言。
「おはよう」と返してくれる友達。
あ、反応が止まった。気づいた。一瞬走る緊張。
二言目に帰ってきたのは「似合ってる!」の言葉だった。
他の同級生からも「良いね」とか「色っぽい」とか、いろんな反応が帰ってきた。
ちょっと照れくさくてこそばゆいけど、幼さからやっと抜け出して新たな自分になれた気がしてとても嬉しかった。

今も赤はもちろんのこと、自分に合う他の色の口紅をひくようになった。
あの頃よりもメイクは上手くなったかもしれない。
そして、気合いを入れたい時やドキドキする相手に会う時は赤い口紅をひいてみるのだ。
いつもよりもちょっとだけ丁寧に。


#赤い口紅 #エッセイ

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