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小説 ねこ世界29

ミケはハッと目覚めた。
子供の頃の夢を見ていた。
大人ねこと幕の内弁当を食べる夢だ。
卵焼きは甘く、ごま塩をまぶしたご飯は塩気が効いておいしい。
味までリアルに思い出せる。
カーテンを陽の光が明るくしていた。
時計を見ると7時過ぎ。
あああ、朝になってしまった。
隣の布団ではすぴーすぴーと寝息がしている。こねこ達が眠っているのだ。
ミケはその布団のふくらみをじっとみた。
こねこが二匹その下で眠っている。
夢じゃなかった。ウリとスミレ。
昨日の夜、家に帰ってくるとスミレがいた。
スミレは養子に出した女の子だ。
母親に置き去りにされたらしい、と夫のダンが言った。
まさか、今、こんな形で手離した我が子に会うことになるとは思わなかった。
昨夜は頭を石で殴られたようなショックを受けた。
でも、今改めて朝陽を浴びながら考えると、成長した自分のこねこに会えたことが胸に響いてくる。
問題はスミレを置き去りにした母親の行方だった。
思い詰めてスミレをミケの家に置いて行ったのなら、心配だ。最悪死んでるかもしれないと、ミケは起き上がり、カーテンをそっとつかんで思った。
やっぱり捜さないといけない。
スミレを置き去りにした事情や現在の状況を聴かないといけない。
ミケは思案した。
とにかく今日も仕事には行かないと…。
ウリとスミレはどうしようか。
ウリのこねこ園にスミレも預けようか。
ダンはもう起きて朝の支度をしているらしい。台所の方から音がする。
ミケは寝室から出た。
台所からいい匂いがする。
ダンが朝食の支度をしてくれているのだ。
昨日は夕飯も作ってこねこに食べさせてくれたし、自分だって朝が早いのに…。
ミケは夫に感謝した。
「おはよう」
ミケは台所に顔を出した。
ダンはガスコンロに向かい卵焼きを焼いていた。
その横ではみそ汁の鍋が湯気を上げている。
「おっ、おはようさん」
ダンもミケに言った。
「寝坊しちゃった。朝ご飯作ろうと思ってたのに。それに、あのスミレちゃんのこと、どうしよっか」
ミケは立ったまま、ダンに言った。
「そうだな。スミレちゃんの母親を捜した方がいいだろうな。って言ってもどうしようか。警察に捜索願いでも出すんかな。俺、顔も姿もよく覚えてないよ。何しろ四年前に会ったっきりだもんな」
「そうよ。私もうろ覚えだし、名前だって忘れてしまったくらいだもん。確か養子の書類には書いてあったはずだから、書類探して…」
ミケは眉間にシワを寄せた。
「俺、今日は仕事を休むよ。だって一大事だもんな」
「えっ、だって大丈夫なの?」
「しょうがないよ。自分のこねこのためだもんな」
ダンは笑った。
「そうなの。ありがとう。あなたと結婚してよかった」
ミケは心からそう思った。
「よせやい。なんだ朝っぱらから」
ダンは照れた。
「俺、ちょっと職場に電話してくるよ」
ダンは財布を持って外へ出ていった。
ミケの家は電話がないので、公衆電話まで行くのだった。
ダンが出ていったあと、ミケは台所の匂いを胸いっぱい吸い込んだ。
自分の今の住処、家族、温もり。台所の中には空腹だけでなく心まで満たされる匂いがある。

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