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小説 ねこ世界25

野良ねこ保護団体のお兄さんが熱心に誘ってくれたというのもあるが、ミケは秋祭りに行ってみることにした。
何より焼きそばの屋台を見たら、兄を身近に感じることができるような気がした。
何もしないよりマシだった。
一人ぼっちでいると言葉を忘れてしまいそうだ。
誰かと話したい。誰か。もしも、友達がいたら…ミケは空想した。そうしたら今、自分はこれほど一人ぼっちの辛さを味わわずに済んだものを。
秋晴れの澄んだ空の高い日。
ミケは秋祭り会場の公園まで、ドキドキしながら歩いて行った。
野良ねこ保護団体のお兄さんがくれたチラシを握りしめて。
そのチラシを持っていくとお弁当が貰えるのだとお兄さんが教えてくれた。
ミケはお弁当が貰えたら父と母には隠れて食べよう、と思った。父母はなぜか野良ねこ保護団体を敵視していた。
家ねこがいい気になって俺らに施ししてくるだって馬鹿にすんじゃねぇ、ミケ。あんなやつらから食い物貰うな。お前は野良ねこのプライドがないのか!と父は言ったが、ミケが
食べ物を貰うと横取りして食うのだった。
プライドがないのはどっちだ、父の馬鹿。
ミケは嫌な思い出抱きながら公園についた。
そこはもう賑やかに音楽がかかり、屋台からはおいしそうな匂いが漂ってくる。
家ねこも野良ねこもたくさんのねこが集まっていた。
ミケは少し気後れして公園の入口で様子をじっと見た。
あの保護団体のお兄さんがいたら、入って行けるのに…。
なんだか心細くなってきた。
ミケはじっと行き交うねこ達を見ていた。
どこかに知る顔はないかと目を凝らした。
「きみ、入らないの?」
とすぐ後ろから声がした。
ミケはびっくりして振り向いた。
知らないねこがミケの顔を覗き込んでいた。
ミケは「あ、あの、」と声を出したがその黒ねこはおおらかに笑って「さ、入ろう。今日はお弁当が貰えるっていうじゃないか」とミケの背を押した。
その黒ねこも野良ねこらしかった。
チラシを手に持っている。
ミケはその黒ねことお祭り会場に入れた。
「さて、弁当、弁当はどこで貰えるのかなあ」黒ねこはチラシを見ながらミケに言うともなくつぶやいた。
「え〜とお弁当引き換え所は、か、い、さい、しゃ、テント…」
黒ねこは字が読めるらしかった。
そりゃそうか。大人だもんな。とミケは思った。
ミケの両親だってひらがなとカタカナなら読める。漢字となると厳しいが。
ミケは自分も字が読めたらいいなぁと考えた。兄は少し読み書きを教えてくれようとした。今になればもっと真剣に教わっておけばよかった、とミケは思う。
歩きながら、屋台からはソースの焦げる匂いや、甘い匂いが鼻をくすぐった。
ミケは強く空腹を感じた。
横の黒ねこも同じらしく、「あ〜、腹減ったなあ」とお腹をおさえた。
ミケの耳にキュルルンと黒ねこのお腹が鳴る音が聞こえた。
ミケは思わず笑ってしまった。
黒ねこもゲハゲハ笑った。

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