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小説 ねこ世界32

「今、ちょうどオスの職員がみんな出払っているんです。ブチさんもトラさんも今日は炊き出しの日なんですよ。どうしましょう」
シマはオロオロとミケに言った。
「行き倒れの方はどんな状態なの?」
ミケはシマの目をしっかり見て訊いた。
「えっと、倒れてたのは成猫のメスの方です。意識はあるそうです。でも身体が衰弱してて、力がないみたい。散歩中の方が見つけて電話してきました」
「病院に運んだ方が良さそうな感じかしら」
「それが病院には絶対行きたくないそうです。その行き倒れのねこがそう言っていると」
「なぜ」
「お金がまったくないそうです」
「そうぉ。まあ行き倒れになるねこはたいてい無一文だわよね…でも喋れる元気はあるのね」
ミケは言った。
「どうしましょうか」
シマは心配そうにミケに言った。
「うーん。そうね。とにかくその行き倒れのねこのとこに行く。私が現場に行って来るわ。所長を連れて行こう。あんなのだっていないよりわマシだもんね」
ミケは思いついて言った。
「え!所長ですか。大丈夫ですか」
シマはびっくりしたように言った。
「大丈夫。今回は暴れるようなねこを保護する訳じゃないから、ショボショボした所長でも大丈夫、荷物持ちくらいにはなるわ。で、現場はどこ?」
「えっと、あさり川のシジミ橋の下だそうです」
「あそこ…歩いて10分くらいかな…」
ミケは目を細めた。
「行き倒れのねこさんが歩けるようだったらここに連れて来るわ。無理だったら所長におぶってもらおうっと」
ミケはにやりと笑った。
「ま、無理だろうねぇ。大丈夫よ。シマちゃん」
シマにの肩をポンと叩くとミケは所長室に引き返した。

今日も北風が冷たい日だ。
ミケはぶつぶつクドく所長を引きずるようにしてシジミ橋のたもとへ行った。
所長には毛布を持たせ、ミケは救急箱を下げ、万全の構えだった。
ぴゅうぴゅうと山から吹き付ける風に耳が痛くなるほどだった。
シジミ橋のしたには発見したおじさんねこがミケ達を待っていた。
「おお〜い。こっちこっち。ここだあー」
おじさんねこはミケ達を認めると手をぶんぶん振り回した。
「ここにお姉ちゃんがぐったりしてるんだよ。助けてやって!」
ミケは所長を促すと走って駆けつけた。
おじさんの足元にメスのねこがうずくまっている。ミケは所長から毛布をひったくると目を固く閉じているねこを包みこんだ。
「大丈夫?」
ミケは片膝をついて彼女に声をかけた。
「かわいそうに身体が冷え切っているんだよ」と発見者のおじさんはミケに言った。
ぐいと所長がおじさんに近づいた。
「ご協力ありがとうございます。すみませんね。感謝致します」
懇切丁寧におじさんに頭を下げるが、おじさんは誰だ、こいつという目で所長を見た。
「わたしは野良ねこ支援センターの所長の三郎です」所長はおじさんに名乗った。

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