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金曜日(しみじみ幕の内弁当)

午前中の得意先まわりが一段落して、泉は大きく息をついた。
泉は自然派食品の会社の営業をしている。
今日は新商品のドライフルーツミックスを店長に試食して貰ったのだが、終始店長は渋い顔をしていた。
はあ〜疲れた…。
そんなにおいしくないかなぁ。
ミックスベリーなんておいしいじゃん。
長野のブルーベリーはおいしいし目にいいアントシアニンも含んでますし!
ドライ苺はさくさくだし!
砂糖不使用でヘルシー!女性に受けますと推してきたけど…。仕入れてくれてるかなぁ。

ああ、もうお昼か…。ご飯にしよう。
泉は飲食店が並ぶ通りをとぼとぼ歩いた。
早いうまい安いで結構ひとが入っている牛丼。オムライスとスパゲティが売りのおしゃれなカフェ。創作和食の昼定食。
昼時なのでどこも混んでいそうだ。
あー、またコンビニでおにぎり買って公園のベンチで食べようかな…。
何だか混んでる店で慌ただしくご飯を食べたくないなぁ…。
金曜日ともなると疲れがドッと身体に蓄積しちゃうんだよね。
でも公園で鳩でも見ながらおにぎり食べんのもわびしいなぁ…。
ごちゃごちゃ考えながらも泉の足は公園へ向かっていた。
すると公園へサラリーマンや昼休憩らしい女性社員が財布片手に連れ立って歩いていくではないか。
あれ?あれれ?なんかあるのかな?
泉が足早に公園へ行ってみるとそこにはキッチンカーが何台も立ち並んでいた。
公園は香味野菜の匂いやスパイシーな匂いに満ちて、お客達はお日様の下、おいしそうなランチを木陰のベンチやパラソル付きの簡易テーブルに腰掛け食べていた。
「キッチンカーかぁ!」
泉の目は輝いた。
どこの店にも人だかりがしていて活気がある。オムライス、スープカレー、タコス、ビビンバ丼、焼き鳥丼と見てるだけで楽しい。
食べ物の混ざりあった刺戟的な匂いに泉のお腹はぐぅと鳴った。
「こんなにあると何が食べたいんだかわかんなくなるわ。決断できない…お腹が空いているのに決められない…」
決断できない時は疲れている時だ、と泉は雑誌で読んだことがある。
まさに私は疲れてるんだよ!

ふと、キッチンカーではなく長テーブルにお弁当を並べて売っている人がいた。
作務衣を着た偏屈そうなおじさんが腕組みをして弁当を前にむっつり立っている。
手作り弁当とかかれたのぼりがおじさんの隣で揺れている。
泉は何となく気になって近づいてそのお弁当をのぞき込んだ。
普通の幕の内弁当が6個並んでいる。
白いご飯の真ん中に梅干し。
おかずは塩鮭、卵焼き、かまぼこ、鶏肉の照り焼き、にんじん、椎茸、レンコン、里芋、イカの煮物、青菜のごま和えなどが透明なフタ越しに見える。
「いらっしゃい。自家製弁当だよ。米がうまいよ」
偏屈そうに見えたおじさんは以外にも甲高い声で泉に言った。
「こだわりの弁当だから米がピカピカでうまいんだよ」
おじさんは商店街の弁当屋だか販路拡大のため公園に出張って来たと言う。
「キッチンカーに便乗して商売をしようと公園で販売しに来んだが、出来立て料理の横では分が悪いんだよねぇ、うちのは冷めてもおいしい弁当に作ってあるんだよ。いや俺の弁当は冷めた時の方がうまいね。全部手作りだよ。どう?ひとつ600円だよ。安いよー」
おじさんは訊いてもいないのにペラペラ喋った。
「はあ…じゃひとつ下さい」
泉はおじさんの勢いに呑まれ幕の内弁当を買い求めた。
「ありがとねっ」
おじさんが嬉しそうに笑うと前歯がなかった。おまけに缶コーヒーまでくれた。

見た目は偏屈そうに見えたが喋ると気のいいおじさんだった。
なかなか弁当が売れなくてむっつり顔になっていたのかもしれない。
缶コーヒーまでくれて…。
おじさんがんばれ。
泉は心の中でおじさんの弁当が売れますようにと祈った。
公園のベンチはどこも人が座っていたので、泉はハンカチを芝生に拡げてそこに座った。
ピクニックみたいだねぇ。
自分ひとりだけの。
割り箸をパキッと割る。
幕の内弁当のフタを開けるとご飯の粒がピカピカしているのがよくわかった。
おいしそう…。
塩鮭に卵焼きにかまぼこなんてよくお父ちゃんが作ってくれたお弁当と同じだよ。
泉はまずご飯だけ口に入れた。
びっくりするほどお米の味が際立っていた。
旨みと甘さのある味。
本物のご飯の味だよ!
泉は味わいながらご飯を飲み込んだ。
次に里芋の煮物を口に運んだ。
あっこれ!イカの味が染みた里芋!
いかにも煮物って味!
塩鮭も、ご飯に合う塩加減。卵焼きは甘くておいしい。
そうだ。私、こんなの食べたかったんだ。
馴染みのあるご飯と煮物と焼き魚だよ。
こんなの最近食べてなかったなぁ。
しみじみおいしい…。
泉は涙ぐみながら幕の内弁当を食べ続けた。

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