見出し画像

ねこ吉と私(11)

若妻の名前はわか葉さんといった。
わか葉さんは楚々として美しく
貧乏神はわか葉さんが幸せになるためなら何でもしたいと思った。

わか葉さんは山の泉から拾ってきたガラス玉をそれはそれは大事にしてくれた。
それは不思議なガラス玉で中を覗くと水の泡と虹色の光がキラキラ輝き舞っているのが見えるのだった。
その輝きは貧乏神の言葉なのだった。
わか葉さんには、その言葉がなぜかわかる気がした。
「ねぇ、あなたこのガラス玉覗くとすごく綺麗に光って輝くの。あなたも見てみて。」
わか葉さんは夫にガラス玉を渡した。
どれ、と夫が覗くとただの透明なガラスで輝きなど見えなかった。
「ぜんぜん光らないよ。」
夫は言った。
「変ね。光の加減かしら。私にはとてもキラキラして見えるのに。」
わか葉さんは不思議そうに言った。
ガラス玉の中で
(わしの輝きはわか葉さんだけにみえるんじゃよ。)
と貧乏神は呟いた。
「あら?なにか…」
「どうした?」
「今、ガラス玉から小さな音がしたわ。」
「ひびでも入ってるんじゃないのか。気をつけろよ。」
「…そうね。」
わか葉さんには少しづつ貧乏神の声が聞こえるようになっていった…。

「お爺さん!話の途中だけど終点についたよ!降りなくちゃ。ねこ吉バッグに入りな!切符、切符はどこしまったんだっけ。」

のんびり貧乏神の話を聞いてかれこれ2時間くらいは電車に乗っていたので私は尻が痛かった。バッグをかついで貧乏神を連れ私達はホームに降りた。
ボロく山間の駅は木造で時代に取り残されたようだった。山が迫ってくるようだ。
私達の他に外国人旅行者のカップルがいた。2人とも金髪碧眼でバックパックを背負っている。それから手ぬぐいを姉さんかぶりした老婆がリュックサックを背負って改札を通り抜けた。私も老婆の後に続いた。
駅の前には古い土産物屋と蕎麦屋と錆びた看板を立てた観光案内所があった。
「あっあのバス停でいいのかな?お爺さん山の奥には泉のほかに何かあるの?」

「温泉が…ある…客も…来る…店もある…人間は暮らして…いる…さ。」
貧乏神が言った。
「温泉があるのか。」
バス停の前に先程の外国人カップルと姉さんかぶりのお婆さんが並んでいるので彼らはその温泉に行くのだろう。
じゃあ私達もあれに乗ればいいんだな。
「よし!じゃバスに乗るぞ!もう一息だ!」
私は声をはりあげた。
「お前、どうしたんだにゃ。カラ元気かにゃ?」
ねこ吉がバッグの中から顔を出した。
「うん…もう疲れちゃったから…無理に元気出さないとぶっ倒れそう。本当は行きたくない。疲れた。面倒臭い。もう帰りたい。」
私が言うと貧乏神は何ともいえない表情をした。この世の終わりの絶望みたいな顔。
私はそれを見てしまった!と思った。
「お爺さん!そんな顔しないで!絶対泉まで行くからさ!ちょっと電車に乗り過ぎて嫌になっただけだから!心配しないでね。」
「お前がしっかりしないと猫と爺ぃだけじゃ泉にはいけないんだぞにゃ。この中で人間なのはお前だけなんだからにゃ。」
ねこ吉にたしなめられた。
「はい。すいません。」
私は素直に謝った。
「お爺さんにもごめんなさい。」
私は貧乏神に頭を下げた。

この記事が参加している募集

猫のいるしあわせ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?