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地獄の憩い

私は賽の河原の石積みを相変わらずしていた。しかし今日はとんだ邪魔が入った。
さっきある程度積み上げた石を鬼女がやってきて、訳のわからない事を叫びながらぶち壊してくれたのだった。
魂がくたびれた。
鬼女はこわい。
「あんた、毎日あたしをつけまわしてるでしょ!」といきなり鬼女は言った。
私は何の事かわからずうろたえた。
「迷惑なんだよ!閻魔にいいつけるよ!ホントにいい加減にしなさいよ!」
鬼女は私に向かって叫び散らしながら石塔を蹴り、ガラガラ崩れた石を蹴とばしまくった。
あまりの剣幕に私は恐怖で固まってしまい、ただ鬼女を見つめるばかり。
だいたい私はこんな恐ろしい女をつけまわしていないし。
(あの…つけまわしていません。)
何か言い返さないとやばいと思ったが何しろ舌が抜かれているので喋れない。
「あんただってわかってるのよ!毎日毎日あたしの家のまわりウロウロして!あんたよ!やめてよね!ホントに閻魔に訴えるよ!」
だめだ。意思が通じないや。私はくたびれてうつむいた。鬼女はしばらく訳のわからん事をギャアギャア言って
「あたしのまわりをウロウロしないでよ!わかったわね!」と言い捨ててどこかへ行った。私は散らばった石を見て今日はどうしてもふたたび石積みをする気になれなかった。それで散歩でもしてこようと歩き出した。
しばらく地獄の荒野を行くと遠くに明るい建物が見えた。何だろう?と近づいていくと、黄色いMのマークのマクドナルドだった。
地獄にマクドナルド。
私は薄暗い荒野にあまりにも不似合いなマクドナルドに吸い寄せられるようにふらふら近づいた。誘蛾灯に引き寄せられる蛾のようにガラス窓から中を覗くと明るい店内にきれいなテーブル。黄色と茶色のイス。
ハンバーガー、チキンマックナゲット、アップルパイのディスプレイ。
マクドナルドの制服を来た人間。人間?ああきっとあの人達は生前マクドナルドで働いてたんだろうな…。
私はガラス窓にべっとり張り付いて中をよく見た。ひさしぶりに明るい物を見たので目が離せなくなってしまった。
よ〜く見ていると隅のテーブルに奪衣婆がいた。私と目が合うとにやりと笑い手招きした。手振りで来い、来いとするので気後れしながら明るい店内へ入った。
婆のテーブルのイスに座ると婆は嬉しそうににやにや笑って私の肩をポンと叩いた。
「よく来た。お前珍しいね。散歩か?わたしはひとりでつまらんかったところじゃ。連れができて丁度よかった。なんでも好きなん注文してこい。」と私に1000円札を握らせた。
(いやいや悪いからいらない。)
私は首を横に振って断ったが婆は私の手のひらに無理矢理札を押し込み遠慮するもんじゃない、と言った。
「うまいぞ、うまいぞ。」
私は婆の前のトレーを見た。
ビッグマックとポテトのLとえびフィレオとコーラにシェイクまである。しまった。私も食べたくなってしまった。
「あんたは毎日毎日、石積みがんばってるんだもんな。わたしが奢ってやるよ。ご褒美だよ。」婆のその言葉に背を押され私はカウンターへ向かった。
「地獄にも憩いが必要じゃよ。」

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