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小説 ねこ世界34

「いいですなぁ。わたしのとこはオスばかりでしたから、メスの子がいると可愛いでしょうなぁ」
所長がおじさんに相槌を打つ。
「ああ、可愛いし、メスの方がしっかりしているよ。性格かなぁ。昨日なんかチキンカツ作ってくれたんだけど、食べるときに中濃ソースをぶっかけたら怒るんだ。お父さん!これはキエフスキカツレツだから中濃ソースはなしだよ!ってさ」
「カツにはソースでしょうに」
「それが、カツの中にバターソースが入ってるんだって。お父さんそんなハイカラな料理知らないからソースかけちゃったよ。よこを見たら家内もばっちりソースをかける体勢だったんで笑ったよ」
「まあ、カツには絶対ソースかけたいですよなぁ」
「なぁ。娘はプリプリ怒ってたけど中濃ソースかけた方がうまいよ。ついでに中にバターソースがない方が食いやすいよな。年だからバタくさいのは胸やけしてね。かわいそうだから娘には言わなかったけんど」
ミケはおじさんの話を聞きながら自分の心の隅がヒリヒリしているのを感じた。
おじさんが自分の娘を可愛がっているのがよくわかる。
子供の頃から親ねこが子供を慈しんでいる場面に出くわすと、ミケはいつも心の隅がヒリヒリした。
野良ねこだった子供時代、ミケは親に愛されなかった。
だから愛に満ちた親の顔を見ると途方もなく寂しくなった。
ああいう顔の親を自分は知らない。
それは、とても大きな大切な物を永遠に失くしてしまったような欠落感だ。
(なんてね)
大人になった今は、自分が母親になった。
子供時代の自分の心の穴を見つめている場合ではない。
こねこのウリの笑顔が胸に浮かぶ。
そしてスミレ。
あの子達を私が守ってあげなくては…。
「……………ミケさん。ミケさん!」
所長が耳元に顔を寄せてきたのでミケは飛びのいた。
「なんですかっ」
「いや、さっきから呼んでるのにボーっとして思いつめた顔してるからさ」
「ああ、すみません。で、何でしょう」
「この方ね、とりあえず母子寮の空いてる部屋に寝かせてあげたらどうかな。あそこなら食事も提供できるしね」
所長はおじさんにおぶわれ顔を伏せているねこに目をやった。ミケも彼女を見た。
「そうですね。それがいいですね」
「じゃ俺はそこまで運んで帰るよ」
おじさんが言った。
「いやいや、誠に助かりました。ありがとうございます」
所長がおじさんにペコペコ頭を下げる。
「じゃ私はタマさんに事情を話して部屋の用意してます」
ミケは母子寮目指して駆け出した。

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