見出し画像

持続可能な世界へのトランジション―JICAが目指すサステナビリティとは―

国際協力機構(JICA)では、2023年に新たに設置したサステナビリティ委員会を7回開催、Chief Sustainable Officerを任命、JICAサステナビリティ方針を公表しました。同方針では、2030年までに組織のカーボンニュートラルを達成し、全新規事業をパリ協定に整合する形で実施する等、具体的な目標を掲げています。これらの動きを推進するサステナビリティ推進室も2023年に設置しています。
持続可能な世界の実現に向けて、気候変動をはじめとする環境問題にどう向き合っていくのか、JICAサステナビリティ推進特命審議役・見宮美早さん、地球環境部計画課課長・中村覚さんに、国際社会経済研究所(IISE)ソートリーダーシップ推進部のメンバーがお話を伺いました。


写真右:JICA サステナビリティ推進特命審議役
兼企画部サステナビリティ推進室長 見宮 美早さん
写真左:JICA 地球環境部 計画課課長 中村 覚さん

サステナビリティを主流化する


——JICAは長年、持続可能な世界を目指してきた組織です。サステナビリティというのはある意味、もともとあった価値観なのではないかとも思います。今、改めて取り組みを強化している背景や狙いは何でしょうか。

見宮:背景には組織のトップである理事長の強いコミットメントがあります。2023年に発行したサステナビリティ・レポートでも、日本の開発協力を実施する機関として、JICA自身が組織運営でサステナビリティにしっかり取り組んでいくことが重要であり、それは「サステナビリティへの取り組みは、 JICA のミッションへの取り組みそのものです」と理事長がメッセージを出しています。
自ら取り組む、その上で目標を掲げて、その過程も含めて情報開示もしていきます。そして、組織や事業の健全性、信頼性をしっかり固めたうえで、新しい価値をつくっていきます。開発課題はそれぞれが関連しあっているので、SDGsの 17 のゴールのどこかに取り組むと、別のどこかにネガティブな影響が出てくる、といったことも考えられます。開発途上国のあらゆる課題に取り組むJICAだからこそ、全体観を持って課題を捉えていく必要もあります。

JICA サステナビリティ・レポート2023

——環境分野で特に注力しているテーマはありますか。

見宮:やはり、気候変動ですね。気候変動はまさに地球規模課題で、公的機関のJICAだからこそ取り組めることも多く、日本にも大きなインパクトがあります。生物多様性の主流化、といったテーマも重要になっていくと思います。
 
——「主流化」というのは、これからより注力していく、というような意味ですか?

見宮:例えば、今までのJICAの活動でも、気候変動にも生物多様性にも取り組んできてはいます。でも、そのテーマの担当部署だけが取り組むのではなく、他の分野や他の開発課題にもその視点と取組みを入れていくことを「主流化」と言っています。
途上国のニーズに応えていく上で、気候変動の緩和・適応に同時に貢献できるか、という観点や、自然環境についても、今後はリスクへの対応と合わせて、ネイチャーポジティブにしていくという考え方も重要になってくると思います。
 
——事業の評価にそういった視点を入れていくということですか?
 
見宮:一つの大きなポイントは、事業の形成ですね。事業形成の段階から、気候変動や生物多様性の視点を入れていけることが理想です。そして、事業後の評価にも結び付くような形で案件形成していくことです。
環境以外の分野では、長年にわたってジェンダー主流化の取り組みが進んでいます。事業形成の段階で、どうすればジェンダー課題に対応できるかを考え、それを取り入れていく。そういった意味で「主流化」と言っています。
 
——意思決定のメカニズムから評価、という一連の流れに、環境で言えば気候変動や生物多様性の視点を入れていくということですね。

公正な移行のためにできること


——COP28でも「公正な移行(Just Transition)」が一つのキーワードになっていました。グローバルサウスにおける気候変動の取組について、何が重要になってくるでしょうか。
 
見宮:途上国の状況にあった移行を現実のものとして進めていくためには、途上国の人々の理解や、能力強化が必要です。JICA は長年、人材育成を重視してきています。資金だけではなく、人を育てていくというところが、JICAらしさでもあると思います。たとえば、ベトナムでは、同国政府のNDC(自発的な温室効果ガス排出削減目標)を担当する人材の能力向上を支援しています。

中村: JICAは従来から、プロジェクトを実行するときには、現地で現地の人と一緒に考えていくという姿勢で協力をしています。それは他の国や機関と比べた日本やJICAの特徴ですね。

見宮:気候変動の緩和と比べて、適応に対応する資金は絶対的に足りないと言われています。適応に関するリスクの評価や、そのための指標化は難しいとされていますが、日本としては、災害対応や防災の経験を活かして、防災分野の事前投資についてもさらに協力していければと思っています。「移行(トランジション)」とは、再エネに移行する、というようなことだけを指すのではなく、色々な形があります。それぞれの国の状況やニーズを捉えて、様々な角度から国全体のトランジションを支援することが重要です。
 
——日本国内のアンケートで、「適応」という概念の認知度は高くありません。途上国の市民の方や行政の方にとって、気候変動適応はどれくらい実感を持って重要なものなのでしょうか?

中村:適応策、とくに防災は個々人の今の生活にすぐに影響が出ないことも多く、行政にとっても、目先の利益にとらわれず防災の優先度を上げることは簡単ではありません。けれども、災害リスクを減らすことが将来の経済発展につながっていく、ということを説明し理解してもらうことが必要です。
 

インパクトを示し、共創する

 
——適応に関して、今後日本企業はどういった貢献ができるでしょうか。
 
中村:衛星を使って自然の動きを確認するなど、様々な技術で貢献できると思います。また、気候変動の影響で水資源を得にくくなっている地域の水道事業に関わっていく、というようなことも考えられます。
 
見宮:適応は、経済的なインパクトがわかりにくいです。結局、人は何か動機がないと動かないので、わかりやすいのは経済的なインパクトが示せることです。客観的な指標を持ち、関係者が共通の問題認識を持って対応するための情報のデータ化や見える化、その先に想定されるインパクトの見える化が必要です。そこには、民間企業のもつITの力が必要だと思っています。そういうものを一般の人もアクセスできて、活用できるようにしていくことも必要です。市民にわかりやすい情報を提供するサービスを、ビジネス化していくような仕組み作りも民間企業に期待しています。
もう一つの視点は、ESG投資やインパクト投資です。森林やサンゴの保全などのファンドも既にありますが、そこでもデータが重要だと思います。JICAでもサステナビリティボンドを発行していて、個人投資家向けの債券もあります。
 
——企業も個人も、それぞれのやり方で貢献できるということですね。最後に、見宮さんはCOP28にも行かれていますが、環境やサステナビリティを取り巻く今の状況をどう感じていますか。
 
見宮:COP28では、民間のプレゼンスが高くなったなと思いました。環境がビジネスになっていて、ある意味、外部経済ではなくて経済に内包されつつあると感じました。そこでプレゼンスを示すことが企業にとってもプラスになる時代。JICAとしても、民間企業だけではリスクが高いところを補ったり、政策制度の枠組みをつくるなど、強みを生かして共創していきたいと思います。
キーワードとしてはもう一つ、「指標」が大事だと思っています。データや情報の見える化は重要ですが、見える化だけでは、その価値がわかりません。データ化や見える化が進むからこそ、きちんと追跡できる指標を設定していくことが必要で、それには多様な視点が必要です。2030年 のポストSDGsに向けて是非、いろいろな方と対話していきたいですね。
 

聞き手・文:国際社会経済研究所(IISE)ソートリーダーシップ推進部
崎村奏子、畔見昌幸、藤平慶太

Editor’s Opinion


見宮さんは2013年のフィリピン巨大台風ヨランダの復旧・復興支援を担当した際、災害に強いより良い復興を目指す「Build Back Better」という考え方で取り組んだそうです。防災対策や環境への取り組みは効果がすぐに感じられるものではないですが、その価値を見える化し、伝えていくことが重要だと改めて感じました。インパクトを示し、多様な人が共創していくために、衛星データやAI等、様々な技術が貢献できることを私たちも引き続き考えていきたいと思います。(IISE 崎村奏子)

気候変動適応については、以下の記事もご覧ください。

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!