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人員削減や港湾の渋滞緩和…日本郵船に聞く海運業界の課題とニーズ〜宇宙は社会課題を解決するのか#1〜

気候変動や自然災害、少子高齢化……。
私たちが直面している社会課題の解決策のひとつとして「宇宙空間」の活用が注目されています。
 
このシリーズでは、グローバルに活躍する様々な業界・業種の皆さんとNECの独立シンクタンク・国際社会経済研究所(IISE)の理事を務める野口聡一さん、NECフェローの三好弘晃さんとの対談を通じて、宇宙利用の可能性を探っていきます。
 
第1弾となる今回は、洋上からロケットを打ち上げる事業構想を立ち上げた、日本郵船 株式会社 イノベーション推進グループ 先端事業・宇宙事業開発チーム 課長代理の寿賀大輔さんをお迎えして、海運業界における宇宙利用の可能性を探ります。

三好 弘晃(みよし ひろあき)
NECフェロー、航空宇宙領域
1991年東京大学大学院工学系研究科航空学専攻卒業、同年NEC宇宙開発事業部入社。地球観測衛星「みどり」「だいち」に搭載された運用管制コンピュータやそのソフトウェアの開発、宇宙ステーションと地上を結ぶ衛星間通信システムの開発に従事。その後、人工衛星を利用して新たな社会価値を生み出す大規模ICTシステムのリードエンジニアとしてその社会実装において活躍した。現在は新たな民間宇宙利用をプロモートすべく、宇宙×ICTエバンジェリストとして活動中。三好が衛星間光通信のポテンシャルを語ったインタビュー記事はこちら

中国で見た宇宙開発の勢い


——新しい事業として、洋上からのロケットの打ち上げを検討されていると聞きました。一体どのような構想なのでしょうか?

日本郵船株式会社 
イノベーション推進グループ 先端事業・宇宙事業開発チーム
課長代理 寿賀大輔さん

寿賀:日本郵船では2023年4月に先端事業・宇宙事業開発チームを発足させ、洋上からのロケットの発射や第一段エンジンを再利用するために回収するビジネスを構想しています。宇宙分野で何か新規事業を立ち上げられないかと、ロケットの打ち上げについて調べていると、島国である日本には打ち上げに適した土地があまりないことに気付き、打ち上げの需要が増していくなかで射場が足りなくなっていくのではないかと思いました。それならば、我々が持っている船を使えば、移動もできますし、様々な場所からロケットを打ち上げられると考えたのです。これは絶対に物になると思いました!

——宇宙開発や宇宙ビジネスに対して、寿賀さんはどのようなイメージを持っていますか?
 
寿賀:やはりイーロン・マスクやジェフ・ベゾスをはじめ、世界を代表する起業家たちが宇宙に挑戦する姿を見て影響を受けました。宇宙産業の市場規模自体が大きくなってきていて、宇宙ビジネスはプレゼンスが高いと思います。
 
私は2017年から5年間、中国に赴任していました。その間に、中国は独自の宇宙ステーションを作り上げたり、探査機の月面着陸も成功させたりしました。中国が打ち出す重点事業領域には必ず宇宙分野が入っていて、どんどん拡大していく分野であることを体感しました。
 
三好:おっしゃる通りだと思います。日本は高い技術力を持っていながらも、民間での宇宙利用がまだあまり進んでいないのは、社会に対する宇宙空間がもたらす価値の発信が足りていなかったからなのではないかと反省しています。日本郵船の寿賀さんのように、企業が宇宙への進出や宇宙空間の利用など「宇宙」をキーワードとした新しい事業を起こそうとする機運が高まっている今、宇宙企業と宇宙を利用しようとする企業との間で化学反応が起きる仕組みが必要だと思い、今回のような対談の場をセッティングさせていただきました。

NECフェロー 三好 弘晃

——日本郵船とNECはどんな取り組みを行なっていますか?
 
三好:話せば長くなりますが、寿賀さんとは、共通の知り合いだった友達の友達の紹介で知り合いましたね。
 
寿賀:NECさんは技術を持っていらっしゃいますし、「衛星でこんなことができるんじゃないか」というアイデアや知見もたくさんお持ちです。 一方、日本郵船は船会社としてのニーズはわかります。私たちのように800隻超の船舶を運航させている企業はなかなかありませんから。ですので、NECさんの技術やアイデア、知見と上手く掛け合わせながらディスカッションをしていけたら、宇宙を面白く使えるのではないかと思っています。
 
三好:これまでの宇宙は、宇宙に行くための技術や人工衛星を打ち上げるための技術を開発する、宇宙開発企業の発想で事業が行われてきました。これからは、すでにある技術を組み合わせて困りごとを解消したり、新しい価値を作ったりする発想が大事になっていくはずです。しかし、宇宙産業界には技術力はあっても、その技術でいつ、誰が喜んでくれるのかを見つけられる人がいないのが実情で。日本郵船さんのような企業との会話のなかで、それを見つけていければと思っています。

目下の課題は船上の通信確保

国際社会経済研究所(IISE)理事 野口 聡一

野口:海運産業の市場規模は6兆円。宇宙産業の市場規模はようやく6000億円に届くかどうかですが、国際情勢を見極めつつ、持っているアセットをどう使っていくかというプロバイダー側の視点を持っているところはお互いに似ている感覚があります。実は、宇宙分野はまだあまりDX化が進んでいないのが課題です。海運業界もDX化を頑張っている段階だと思いますが、衛星コンステレーションをはじめとする宇宙を利用したサービスへの期待感を聞かせていただけますか。
 
寿賀:宇宙はDX化が進んでいないのは意外でした。海運業界では、近年は船乗りの応募者が減り、採用するのが難しくなってきています。やはり船上では地上のようにはインターネットは使えず、家族や友達と連絡が取れませんから。現在の大型船には30名程度の船員がいますが、運航を自律化させ、将来的には船員を半分くらいまで減らす構想があります。今まさに自律的な運航を実現させるための技術開発が行われているところなのですが、自律運航を達成するための通信の確保が課題のひとつとして挙がっています。2022年には日本近海を航行する船2隻にSpaceXの衛星通信サービス「スターリンク」を試験的に導入しましたが、本格的な導入にはまだ時間がかかりそうです。
 
三好:スターリンクは光ファイバーが巡っていない場所を宇宙の無線を使って繋ぐようなイメージのものです。地上の通信網を介しているので、地域のインターネット環境によってはパフォーマンスの質が下がってしまい、end-to-endで見ると顧客が求める通信環境をできない場合もあります。そもそもインターネットは、学術研究用にローカルな範囲で使おうと作られた仕組みです。それがだんだんと社会インフラとして使われるようになっていきました。つまり、過去の遺産を使い回しながら、建て増してできているのが今のインターネットなのです。地上のインターネットの歴史に学びながら、衛星光通信を用いて地上のインターネットの苦手なところを補完するのが、宇宙を使う最大の価値だと思っています。
 
——船上での通信の確保のほかに、海運業界が抱えている課題はありますか?
 
寿賀:船は温室効果ガスの排出量が多く、航行中の船の排出量の観測がこれからは求められるようになると思います。今は使った燃料の量から推定した温室効果ガスの排出量を自己申告していますが、エネルギーが変わっていく今後は、衛星で排出量をリアルタイムで観測できれば透明性が出せると思います。
 
それから、海運業界だけで解決できる話ではありませんが、港の渋滞も問題になっています。例えば、港湾に到着しても、ほかの船が優先されてすぐに荷下ろしができずに、渋滞が発生してしまう場合があります。単純に港湾に着いた順に荷下ろしをしていくなら、調整ができるのですが。
 
三好:こういうときに、「衛星で観測して見るのはどうですか」とだけ提案するのではなく、産業間を連携させて新しいことができるようになる仕組みを作れるといいですね。宇宙はその触媒になれるのではないでしょうか。

社会に新しい価値を提供し続けること


三好:例えば、温室効果ガスの排出量の削減や先ほども話に挙がった省人化は、どちらかと言えば縮小均衡になる技術の使い方ですよね。省人化で作業がなくなった人は、何をすればいいのかと言われると答えられません。このような技術導入は、現場からは反対されてしまいます。
 
けれども、今までできなかったことができるようになると、新しい働き口を生むことになります。さらに、それが新しいビジネスの機会をもたらすなら、企業にとっては新たな収益源をもたらすことになります。例えば、省人化して、AIに仕事を任せるなら、もともとこの仕事を担っていた人たちは、より付加価値の高い仕事に人生の貴重な時間を費やせます。その方が経済は伸びますし、楽しく働けます。こういう価値を作るっていうのが宇宙を使うことの本質なのではないかと思いますね。
 
野口:これまでは考えられなかったようなスケールで海運が動き始めているのは、もう歴然たる事実ですから。自動化や省力化を進めているからこそ、港を運営できているとも言えますね。そこに、さらにパワーアップした衛星光通信が日本郵船さんの未来構想に貢献できるのではないかと思います。

対談の様子

——なぜイノベーションを起こす必要があると考えますか?
 
寿賀:私たちはイノベーションを起こそうと一歩目を踏み出したぐらいですが、イノベーションとは新しいことを始めることによって、社会に新しい価値を提供することを意味していると思います。中国での経験を振り返ってみても、既存のものはどんどん競合他社が出てきて、価格競争に陥ってしまいますから。最初に踏み出すリスクを背負って、投資して、しっかりとリターンを得ることが重要です。これは、ただ儲かればいいという話ではありません。普段の三好さんとの会話から滲む「次の世代にどうやってバトンを渡すか」という哲学には共感するところがあります。
 
三好:私がエンジニアとして尊敬しているのは、サグラダファミリアを設計したことで知られる建築家のアントニオ・ガウディです。すごいのは、彼が亡くなってからまもなく100年となる今でも、サグラダファミリアを完成させようと後輩がどんどん入ってきて、建設が進んでいることです。これって、究極の技術継承だと思うんですよ。サグラダファミリアは世界で一番高いところにある教会を創ろうという崇高な目標を掲げています。ガウディがすごいのは、単なる目標設定に留まるのではなく、それが実現可能だと科学的に示した膨大な資料を残していることです。それを見ると、自分にも世界で一番高い教会を作れるんじゃないかと思えるんです。だから後輩が入って来るのだと思います。
 
宇宙もそうしていかなければ、いつか必要ないものになってしまうのではないかと思います。ガウディが世界で一番高い教会という目標を掲げたように、宇宙も目標を掲げる必要があり、そしてそれが達成可能であることを示していく必要があります。つまり、「何かできそうだな」と思わせられることが大事なのです。それが趣味で終わらずに、社会にとってのワクワクにつながるものであってほしいですね。

企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
文・取材:井上榛香(宇宙ライター)

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