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ネイチャーポジティブとインパクト投資(後編)

こんにちは、国際社会経済研究所(IISE)の篠崎裕介です。ネイチャーポジティブとデジタルの可能性について情報発信をしています。

この記事では、2023年10月19日にFabCafe Kyotoでロフトワーク社主催のもと開催された「Vol.3 自然資本投資と評価指標のこれからパティ・チュー(マナ・インパクト)×島 健治(SMFG)」に参加して感じたことを発信します。

以下、前回の記事では、ESG投資とインパクト投資の違い、実際にインパクト投資に取り組むマナ・マナインパクトの取り組みについてレポートしました。本記事では、パネルディスカッションの内容と、自然関連財務情報開示タスクフォース「TNFD」内容について補足させていただきつつ、参加してのネイチャーに関する気づきを発信いたします。

パネルディスカッション

後半戦では、三井住友フィナンシャルグループの島氏、マナ・インパクトのパティ氏、ロフトワークのサラ氏のモデレートの元、パネルディスカッションが行われました。

インパクト投資での大きなチャレンジ

島氏は、インパクトの測定が、インパクト投資を行う上で、大きなチャレンジであるといいます。多くの方法が開発されているが、複雑であり、シンプルにしていくことが求められる。そんな中で、組織と自然との関係を投資家に開示するためのフレームワーク「TNFD」について触れられました。

TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の開示提言

2023/9/18に、ニューヨーク証券取引所で公表された、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の開示提言は、気候変動関連の財務情報開示のフレームワークであるTCFDと同様に4つの柱から構成され、TCFDの11の開示提言に、自然関連ならではの開示提言3つが追加された14の開示提言からなります。

自然関連ならではの開示提言として追加された3つについては以下の記事をご参照ください

自然との接点を分析する:LEAPアプローチ

パティ氏は、TNFDで組織と自然資本との関係を分析するアプローチとして提唱されているLEAPアプローチについて以下のように説明されました。

食品産業、農業は自然との接点が大きな産業。例えば、チョコレート会社であれば、ココア豆に依存している。それをどこから調達しているのかをまず知ること。それがわかれば、その農家について評価をおこない、生物多様性の損失が起きないようにサポートする。実際に、何が行われているのかを把握すること。そのうえで、例えば、農家に対して、ベストプラクティスをトレーニングするといったKPIをセットしたり、そういったプログラムを計画していく。そうすればインパクトも成長していく。

パネルディスカッションの中で、島氏は、まず自然との接点を見つけ、できるところから実行していくことが重要と述べていました。実際のLEAPアプローチは以下のようにTNFDのガイダンスの中では示されています。ここでも「レビューと繰り返し」と記載されておりLEAPの発見・診断・評価・準備で改善のサイクルを回していくことの重要性が述べられています。

パネリストからオーディエンスへ

本パネルディスカッションの最後はモデレーターからの「事業会社は、どのようにしたら適したインパクト投資家をみつけられるか?」という投げかけに、両名から以下のような回答で締めくくられました。

島氏:インパクト投資家は、それぞれに独自の哲学を持っている。そのため対話(ダイアローグ)を通して、互いを理解することがスタート地点になる。

パティ氏:社会のベネフィットに対してもっと意図的(Intentional)に投資することが必要であり、伝統的な投資の方法を変えないといけない。

この後、オンラインから参加だったパティ氏との接続を終えて、モデレーターがロフトワーク浦野氏に代わり、会場のオーディエンスとのディスカッションと交流の時間となりました。

島氏(中央)、ロフトワーク浦野氏(右)

浦野氏から「TNFDの開示提言の中に、先住民や地域コミュニティとのエンゲージメントが入った。地域には、産業化によって失われた技術というのもあり、今後の地方分散化の中で、そういたものを復活させていくことも必要なのではないか?そうしたことが日本の優位性や日本から世界に発信できる価値になるのでは?」という問いかけがありました。
会場からは「かつて海外に負けるな、追い越せという時代もあったが、最近になって、そこまでして勝ちたいのか?と思うことがある」という反応がありました。

Editor’s Opinion

会場で、私自身も発言させていただきました。その要旨と、その後、会場でデザイナーの方とお話をしながら思ったことを改めてまとめてみたいと思います。
気候変動への対応は、世界中が大気圏でつながっており、世界中のどこで温室効果ガスを出してもその温室効果は同じです。これが自然資本の劣化の場合は、それぞれの場所によって状況が異なり、単一の指標で測ることができず、複雑性に取り組むことになります。

日本は自然資本を使わな過ぎ?

しかし、これは、その土地土地の特徴を捉え、自然の力を解き放つ機会でもあると私は思います。特に、日本は、多様で豊かな自然資本がある国だと思います。一方で、日本では、その豊かな自然資本を使わな過ぎているアンダーユースという特殊な状態にあります。東京大学大学院の橋本禅 准教授は、日本における生物多様性の低下を以下の4つの危機に分類しています。

<日本における生物多様性の低下の分類>
第1の危機(開発)

人間活動や開発が直接的にもたらす種の減少・絶滅や生息・生育環境の縮小、焼失
第2の危機(アンダー・ユース)
自然に対する人間の働きかけが縮小・撤退することによる里地・里山などの環境の質の変化、種の減少
第3の危機(外来種・化学物質)
外来種、化学物質など人為的に持ち込まれたものによる生態系の攪乱
第4の危機(気候変動の危機)
気候変動の進行が種の絶滅や脆弱な生態系の崩壊などに対して影響を与える

政策研究大学院大学、自然資本のマネジメントに関する研究会
2022年6月17日、橋本禅 氏「自然資本と生態系サービス」資料より

伝統知「野焼き」による自然資本の活用

こうしたなか浦野氏がおっしゃる通りで、伝統的な知恵を活用するための動きが出ています。三井住友海上火災保険株式会社は、熊本県阿蘇の早春の風物詩である「野焼き」に関わる事故を補償する賠償責任保険を2023年2月に国内で初めて創設しています。
野焼きをすることで、森林の形成を抑制して、草原を維持することで生物多様性の保全や炭素貯留、下流の水源涵養を実現することができますが、火災事故が発生するリスクがありました。そこで、野焼き中の他物への延焼に関わる損害の補償の提供により、野焼きが持つ機能を維持し、自然環境の保全に貢献しています。

デジタルが自然資本活用を加速・創造する

こうした、伝統的な自然資本の活用の技術を活用していくことはとても重要だと思います。こうした技術を発見して高めていくことや、新しい活用技術を創造し、広めていく上で、デジタルによって「見える化・分析・対処」していくことが重要だと私は考えています。

自然資本とWell-being

自然が身近にあることは、そこに住む人々にとって幸せ、Well-beingを高めることにつながると思います。デジタルによる見える化の事例を最後にご紹介します。
政府が推進する、デジタル田園都市国家構想で、地域の幸福度を評価しる指標としてLWC指標(Liveable Well-being City Indicator)の計測が一部要件化されています。そのLWC指標を活用して、NECは因果分析AI技術「causalanalysis」を用いて、「幸福度」の主要因抽出し、分析し、ホワイトペーパーを発行しています。この分析の”「幸福度」要因ランキング(Top10)”を見ると第3位に「自然を感じる」があるのがわかります。

ホワイトペーパーは以下のページからダウロードできます。

日本にとってネイチャーポジティブとは、日本の中にある多様で豊かな自然資本のポテンシャルを解き放つ機会は、人々の幸せで豊かな暮らしを生み出す機会でもあるのだ気づきました。
そして、それは、自分が関わる(Relevant)地域の自然、文化、そこに住む人々、生き物を知り、ふれあい、愛着という意図(Intention)を持って関与し続け高めていくこと(Impact)なのでしょう。
今回は、全2回にわたって、「Vol.3 自然資本投資と評価指標のこれからパティ・チュー(マナ・インパクト)×島 健治(SMFG)」に参加しての気づきを発信いたしました。

おわりに

次回第4回は、2023年12月12日開催の以下となります。私も参加したいと思います。皆様と一緒にネイチャーポジティブを実現するために何ができるか、お話できることを楽しみにしてします。

生物多様性と経済Vol.4イベント情報

本シリーズの記事

第1回:京都大学 広井教授に聞く「生物多様性と経済」

第2回:サーキュラーエコノミーとネイチャーポジティブ

第3回:ネイチャーポジティブとインパクト投資(前編)


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