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世間を騒がしたあのニュースを知って

5歳の子が亡くなったニュースを機に、児童相談所へのクレームの電話が止まらない

そのツイートを見た時、始めに嫌悪感が抱き、そして納得した。「ああ、この余裕のなさがひとを殺すんだ」と。

子ども虐待の話を聞くと、いつも思い出すことがある。「確率的にもうすぐ世界を変える天才が産まれるけれど、どこで産まれるかわからない。生まれる環境が悪いと、見つかる前に死んでしまうかも知れない」

私はいつも「惜しいな」と感じる。
そこで亡くなった子は、もしかしたら社会に多大なる利益を生み出したかもしれないし、もしそうでなくても、誰かの大切な人になっていただろうからだ。

そして、社会の余裕のなさに「ああ」と思う。
余裕のない社会のしわ寄せが、こんな形で出てきてしまっているのだ。

ニュースを見てクレームの電話を入れる人も、実際に子どもを虐待してしまう人も、きっと根本的にそう変わらない。

生きていると苦しんでしまうのは逃れようのない理だけれど、死んでしまってはいけない。死ななければ、そこで助かっていれば、後からしあわせを得ることもできるだろうに。
人間は多くの矛盾の中で生きているから、時には人を傷つけるし傷つけられる。それを変えることはできない。
大事なのは、救い出すこと。ただその一つに過ぎる。

苦しんでいる人を救い出せる社会を作るのに、児童相談所はとても大切なところだ。
実際に多くの人を救っている。
それでもその手からこぼれてしまう命に。その命を救いたいのであれば、動かすのは口じゃない。

社会の不幸せの総量を減らすこと。
苦しみを発見できるようにすること。
孤立しないこと。

やらなければいけないことはたくさんある。

私はあまり人に愛おしさを感じられないけれど、私も苦しいのは嫌だから、それを想起させる事件は好きじゃない。アンフェアさに嫌悪感を抱くし、余裕のなさに憐れみも浮かぶ。こういうニュースを聞くと、やりきれなさでいっぱいになる。

今回亡くなった女の子の冥福を祈るとともに、やれるところからちょっとずつ変えていきたいと思う。
ニュースを聞いて悲しさや憤りを抱いた人、できることはたくさんあるし、小さいことでも積もれば山となる。ちょっとずつ動き出してみよう。

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