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裸と装飾


先日、ツタンカーメン展に足を運ぶため、久しぶりにポートランドに向かった。
その際にダウンタウンに寄ったのだけど、ダウンタウンに来たのは、多分言語学校時代の友人と来たのが最後だと思うから、かれこれ1年くらい前の話だ。

ツタンカーメン展を見終わって、お昼ご飯を食べて、時間があったので街中を歩いていた。

街には、たくさんの思い出があった。

あのスターバックスで、朝早く他の店が開くのを待っていたなぁ、とか。
あのレストランが好きで、来るたびにそこで食べていたなぁ、とか。
友人が銀行に寄りたいと言い出して、最寄りのバンク・オブ・アメリカを探して、人気がほとんどない朝の街を歩いたな、とか。

当時は毎週のように車を借りて出かけていたのだけど、今思えば、あの時が私の青春だったのかもしれない。

高校一年生の時に不登校になって、それからアメリカに飛んでしまったから、世間一般で言われるような『青春』というものを過ごさずに年を重ねてしまった。

だけど、確かに、アメリカに来てからの言語学校にいた1年間は、他の人の言う『青春』だったのではないだろうか。

青春というには、もう少しお金と余裕がある大学生のような時期に近かった。
深夜に雪が降る道を騒ぎながら帰ったり、途中で入った店で鍋を食べたり、眠気に耐えられず寝てしまったり、真夜中寝静まった車内でドライバーと話していたり。

素を見せていたかというとそれは疑問が残るけれど、あの頃の私は、確かにそれまでのどの私よりも私だった。
私でいることをやめて生活をすることに対する気疲れを経験してから来たアメリカだったからかもしれないけれど。

あの頃はなんとも思わなかったことが、今はこんなにも胸に痛い。


小学校からの昔馴染みに会う時、慣れていて楽しいけれど、確かに、今の私とは少し乖離してしまっている自分を感じることがある。

弱くなったのだと思う。いや、弱さを受け入れたのかもしれない。
昔馴染みと接していた頃は、ひたすら強がって生きていた。
本当に強く見えていたかどうかはわからないけど、弱いところを隠すために、いろいろなことを言えずにいた。

彼らと接すると、今でも強がりな自分の名残を感じてしまう。

アメリカにいた頃の私は、圧倒的に弱かった。
周りにそう見えていなくても、圧倒的に。
留学前に順調に減らした薬は、希望を持てたから減らせたのではなくて、絶望してしまったから減ったものだった。
当時のカウンセラーが私に私用の連絡先を渡してきたのは、それを察したからかもしれない。

裸のままで、アメリカにいた。
絶望していても、何かを着飾って消耗したあの頃の自分には戻りたくなかった。それくらいの自己愛はあった。

裸のままだったからこそ、あの頃の経験が、今も胸を打つ。


ポートランドのダウンタウンを歩きながら考える。
私は今、何を着て生きているのだろうか。

『変人』でいることの燃費が良すぎるから、基本『変人』の態度を崩せないで日常を生きている。
人と関わらなくても生きていける世界で、人と関わらなくても生きていける私は、その『変人』という装飾がとても肌に合っている。

だけど、人と接しないで生きていくというのは、少し味気ないのかもしれない。
未来に、胸を揺さぶるような経験を残せないことは、少し寂しいのかもしれない。
そう思うことがある。

いや、今も別に友人がいないわけではないのだけど、言語学校の頃ほど人と深く関わっていないのは確かだった。

深く関わるには、裸にならなくてはいけない。自分を見せなくてはならないし、他人を見なくてはならない。

他人を見ているよりも、DNAを見ていた方が楽しい私にとっては、面倒なことなのだけど、それでも面倒を乗り越えることでしか、将来、胸を動かすような経験はできないのだろう。

胸が動かない人生は、たしかに、きっと、どこか味気ない。

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