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「理屈は緩い」という発想に脳天を撃ち抜かれた話―筒井淳也『社会を知るためには』

読書をすることによる喜びはたくさんある。

その中でも僕にとって最大といってもいい喜びの一つが「自分の常識がひっくり返されること」である。そのひっくり返された瞬間といったら、身体中に電流がびびびっと走り、タイトルの通り「脳天を撃ち抜かれた」気分になる。

先日、そういう経験を久しぶりにしたので記しておこうと思う。

社会は緩い。だから理屈も緩い

今回読んだのは、筒井淳也『社会を知るためには』である。

筒井さんは計量社会学や家族社会学を専門とする社会学者だ。この本は「社会」とは何かということや社会学の視点から社会をどう切り取るかを分かりやすく解説している。

本の中で筒井さんは次のように述べている。

もうひとつ、私たちが暮らす社会について、伝えたい特徴があります。それは、社会を構成するさまざまな要素は、きちんとしたかたちでつながっているわけではない、ということです。別の言い方をすれば、つながりが「緩い」のです。さらに、社会についての個々の規則や制度、その背後にある理論・理屈も、かなりの緩さを含んでいます。

筒井淳也『社会を知るためには』より

「理論・理屈は緩い」、筒井さんははっきり言う。さらに別のページでは理屈の緩さについてさらに詳しく述べている。

そもそも私たちが駆使する理屈やそれに基づいた判断基準というのは、理屈が自然言語によるものであれば特に、緩さを含みこんでいます。ですから、どんな振る舞いや言明でも、理屈でけなしてみせることはできるのです。

筒井淳也『社会を知るためには』より

近年「論破」や「詰める」という言葉が一般化して、相手を論理で筋道を立てて有無を言えなくさせることが大衆に分かりやすく示されている。しかし、それは筒井さんの言葉を借りれば「理屈の緩さから引き出した論点を使って相手を否定してかかる」こと、「相手をやり込めるために、理屈の緩さを乱用している」ことなのだ。

自分ではそこまで論理的思考能力が高いとは思っていないが、僕は周りの方から比較的論理的だと言われることがある。そして相手の論理の矛盾を見抜き、それを指摘し、自分の論理を相手に通してきた経験も何度もあった。

でもそれは決して僕の能力が高いからできた話ではないのだ。「理屈は緩い」のだからそれは崩せて当たり前のもの。逆にその緩さにつけ込んで自分の論理や能力を誇示するという浅はかな行為を表明しているだけに過ぎない。

筒井さんは「理屈の緩さを活用して、議論に必要な論点を増やしていく」やり方を提唱している。自分が思いつかなかったり、相手が考慮していなさそうな論点を追加して議論全体を豊かにするために「理屈の緩さ」を活用するのだ。

これらの視点を僕はまったく持っておらず、自分の心のちゃぶ台をひっくり返されたような気分になった。おそらく自分の中に「僕は論理について周りより優れた能力がある」と自負しているところがあったのかもしれない。だからこそ、この発想の転換に衝撃を受けたのだ。

「趣味:SMバー通い」は真っ当な証拠

今回と同じように「脳天を撃ち抜かれた」気分になった読書体験を思い出したので紹介する。石川善樹『問い続ける力』である。

予防医学の専門家である石川さんは、この本の中でAV監督の二村ヒトシさんと対談している。その際の二村さんの話が衝撃だった。本が手元になくうろ覚えで書くので正確な記述はできないが、なんとなくのニュアンスだけでも感じてほしい。

二村さんが言うには「SMバー通いを趣味にしている方は健全で真っ当」だそうだ。

SMバー通いが趣味ということは「自分の特殊な性癖を自覚し、その性癖からくる欲望を他人に迷惑をかけない形で解消できる術を持ち合わせている人」だといえる。つまり自分の欲望をしっかり正直に理解し、それを他人に迷惑をかけない形で解消できる大人な人間なのだ。

反対にセクハラなどを行う人は「自分の欲望を他人に迷惑をかけたり、無理やり押し付けることでしか解消できない卑怯で愚かな人間」ということになる。

言われてみれば確かに納得する話だし、説得力もある。でも二村さんに言われなければ一生気がつくことがなかっただろうし、SMバーに通っている人のことを僕はアブノーマルというメガネでしか見れなかっただろう。

筒井さんの発想も二村さんの発想も僕にとって何が衝撃だったのかというと、どちらも僕がどのような人生を歩んでも、例えば筒井さんや二村さんと似たような人生を歩んでも彼らと同じ発想に行き着く自信がまったくない発想だと感じたからだ。僕がどんなに人生をやり直してもたどり着かない考えをみんなに腑に落ちる形で提示できる。そこに僕は二人のすごみを感じた。

二村さんは「モテ本と見せかけた究極かつ最高の自己啓発本」である『すべてはモテるためである』という歴史に残る名著を書いている。僕のように彼の発想にしびれた方はぜひ読んでほしい。

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