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読了:『線は、僕を描く』 砥上裕將

こんにちは。

最近はアートに触れることが多く、アートが作り出してくれる心の余裕や奥ゆきを感じながら、とても幸せな気持ちになっています。

元々母が美術館に行くのが好きで、展覧会に一緒に行ったりするのですが、その時に横で色々解説をしてくれるので「ほえ〜すごいね」という相槌を打ちながら、少しずつ画家のことを覚えてきました。(といっても、この人はこんな絵を描く人でこうやって育った、くらい)

先日の京都一人旅でもモネの絵を見てきたんですが、モネの有名な作品である睡蓮は50歳を超えて、ようやく家を買って腰を落ち着けてから描き始めてるんです。そうやって思うと、焦ってすぐに結果を求めるのではなく、ゆっくり自分の心と向き合っていくことの大切さを感じれたります。

そして、なんとトーハクの特別展『国宝 東京国立博物館のすべて』にも行けることになりました。チケット発売開始から45分間はずっとアクセスできず、やはり大人気。もう諦めて母が「お茶にしよう」とロールケーキを持ってきた時、一瞬だけ繋がり、その隙に無事にゲットしました。ラッキー。私自身国宝には詳しくないのですが、母の解説を聞きながら楽しもうと思います。


さて、前置きが長くなってしまいましたが、今日ご紹介するのはそんなアートに関連する本。映画化にもなった作品です。


『線は、僕を描く』
砥上裕將(とがみ ひろまさ)


映画化になる前からずっとずっと気になっていた本です。気になりつつ後回しにしていたのですが、読もうと思ったきっかけがいつもの書店バイトでのお客様からのお問い合わせ。

その高校生くらいのお客様は(先日ご紹介した)『猫を抱いて象と泳ぐ』に似たテーマの本を探して読む、というのが学校の課題だったそうなんですがなんせその本を読んだことがない私は概要を読んで想像を膨らませて予想することしかできず。笑

それがチェスに魅了される男の子の話と分かった時に思いついたのが、今日ご紹介する『線は、僕を描く』でした。男の子が水墨画にはまっていく話、ということだけは知っていたので、もしかしたら?と思い、読んでいないのにお客様に勧めたわけです(今思えばクレイジー)。お客さまには「読んでいないので分かりませんが、これが私の答えです」という無責任な感じでお渡ししたところ、「ありがとうございます、読んでみます」とご購入いただきました。

ちなみに『猫を抱いて象と泳ぐ』の感想はこちら。


取り敢えず、無知な私が渡ってしまった危ない橋だったのは明らかなんですが、そのお問合せがあった日の帰り道、本当に正しかったのかという疑問が湧き出てきてしまい、すかさず両方の書籍を図書館で予約したわけです。(書店員なのに図書館で借りまくる人です、店長ごめんなさい。笑)


その答え合わせも兼ねて、読んでいました。


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大学生の主人公・青山霜介(そうすけ)は、友人からある展示会の”飾り付け”を頼まれた。が、当日行ってみるとそれは何十枚ものパネルやパーティションを搬入するという重労働。次々と他のお手伝い大学生がどこかに消えていってしまったが、新たなヘルプを呼びつけて何とか無事に終わらせることができた。

お昼のお弁当をもらおうと控室に行こうとしたところ、優しそうな老人に出くわす。お弁当を食べた後、一緒に展示を見て回ることに。そして霜介は自分達が運んでいたパネルは、掛け軸や水墨画だったと気づく。

最後に展示されていた華麗な薔薇の絵の前で老人と話をしていたところ、途轍もなく美しい女性が駆け寄ってきた。そして老人がその展示会の主たる後援者であり日本を代表する水墨画家・篠田湖山(しのだこざん)だったことを知った。さらにはその美女は目の前の薔薇の絵の作者であり湖山先生の孫にあたる篠田千瑛(ちあき)だった。

そして湖山先生のひょんな思いつきから湖山門下に入ることになった霜介は、翌年の湖山賞を千瑛と争うことになった。これまで熱心に水墨画に打ち込んでいた千瑛と線を描くことすらままならない霜介。

果たしてどちらが審査員の心を掴むのか、、。

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とても単純な感じでまとめを書いてしまっていますが、実際には、筆を握ったときの感覚や気持ちの変化、霜介自身の心の様子がとっても綺麗に描かれています。

水墨画は母が好きなので、少しばかり見たことがある(この前京都で応挙の竹林も見た)けれど、こんなにも繊細で魅力的なものとは。

水墨画は墨と水だけで描かれる。色彩がないものだから、なんとなく見てしまったら”ただの黒い線”かもしれない。でもその一つの線を描くために筆の持ち方、水分量、調墨(ちょうぼく)、筆の運び方など、沢山の技術が詰め込まれている。

そしてそれらの高度な技術と同じくらい、もしくはそれ以上に大事なことが描く対象が持つ美しさ、その命の輝きに気づくこと。そして自分の心を筆にのせる、まるで筆が心を描いているように。


物語の進み方は親しみやすくて面白い一方で、画仙紙と向き合っている時の様子は読んでいて心が洗われるような感覚になりました。著者の砥上さんは、実際に水墨画家だそう。最後のページに描かれていたのは主人公が描いた菊なのかな。

あー!水墨画もきちんと勉強してゆっくり観てみたいなあ。


そうそう。読んでないにも関わらずお客様へ提案した責任として答え合わせをすると、実はとても近かったのかもしれない、というのが答えです。

というのも、まさかのまさかで、最後あたりで「棋士が頭の中に盤と駒を置いているのと同じで」という一文が出てきたのでした。。

こんなに嬉しいことはないし、何ならその女子高生とそれぞれの小説について、似たようなところとか話をしたいと思いました。


書店員は「本を売る」ということが仕事だけれど、単純に売るだけじゃなくて本について質問や相談を受けたりして自分の本を読んできた経験が活かせるのがとても嬉しい。もちろん難しい質問ばかりだけど。

人それぞれ違う感覚を持っているから、読んだ時の感じ方は十人十色。100%同じ感覚を味わうのは絶対に不可能だけれど、本を通じてお客様の気持ちや考えに触れることができるのはとても素敵なことだと思います。


今回の一連のことは、とても貴重な体験でした。これからどれくらい先まで書店で勤めるかわからないけれど、この経験がこれからの自分にとって大きな存在になると感じています。



11月も残り半月。今年の秋はこれまでで一番予定が立て込んでいるのですが、素敵な本と巡り会えて活力をもらったので、私も頑張って駆け抜けたいと思います。何なら美術だけでなく友人の演奏を聴きに2回も行くのでびっくりするほど芸術祭りになる予感。

あーあ。また長くなってしまった。ここまで読んでいただいた方がいたら凄すぎます。ありがとうございます。

では。


今日のnegoto「自分の心の中にある世界を広くする感覚」


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