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瞑想日記18:思考への熱中と呼吸への集中

瞑想継続18日目。
昨日は時間があったので、実践時間は五時間半ほど。

しかし、これだけやってもまるで思考がなくならない。
気づくと思考に気を取られて呼吸のことを忘れている。

いかに集中することが難しいかは瞑想をやったことのある人は全員知っているだろう。
私たちの気はとても逸れやすく、一か所に留め続けるのが非常に困難なのだ。

それにしても、思考に気を取られて我を忘れることはよくあるのに、呼吸に集中し過ぎて我を忘れることがないのはなぜなのだろう?
過去の後悔に没頭して我を忘れることもあるし、未来の不安に取りつかれて我を忘れることもある。
そういう時は、時間も忘れていつまでも思考に熱中してしまう。
それで、ある時ハッと気がついて、「いかんいかん、考え事に夢中になっていた」と我に返るのだ。

思考にだったらほっておいても勝手に気を取られるのに、呼吸に対して集中するのは多大な努力を必要とする。
無くなったら命にかかわる大事なものであるはずなのに、日常的に呼吸を気にする人はほとんどいない。

ただ、瞑想の教えによると、実践を続けるうちに、徐々に大して努力をしなくても呼吸にピターっと意識をつけ続けることができるようになるらしい。
集中の実践が十分に積まれたとき、努力なく瞑想の対象(呼吸)への集中が持続するようになり、時間を忘れ、我を忘れ、没頭する状態に入るのだそうだ。

ちなみに、このような没頭状態をヨガではディアーナと呼んでいる。
たとえば、楽しいことや好きなことに熱中して時間のたつのを忘れるのも、ヨガ的にはディアーナにあたるらしい。

しかし、呼吸への集中に没頭するほどのめりこむというは、正直言って今の私には想像もつかないレベルだ。
ほんの一分の間、呼吸から意識を逸らさないでいることさえ私には至難の業だからだ。

そんなわけで、「まだまだ先は長いなぁ」と思いながら昨日は頑張って坐り続けていた。
というか、そもそも「頑張って」いる時点で、没頭には程遠いだろう。

でも、一度でいいから瞑想中にディアーナを体験してみたい。
気づくと何度も思考に熱中してしまっている凡夫ではあるが、それくらいは目指してみたいと思っている。