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社会人がお金をそれほどかけずに博士号を取得し、転職した話

背景

この記事は、私(@neko_ptx)が働きながら大学院に通って博士(薬学)を取得し、その経験を活かして転職した記録である。


大学院に進学した理由

私は6年制の薬学部を出て、「患者の役に立つ」とはどういうことかを実感するために大学病院の薬剤師となった。その後社会人2年目から大学院に通い、博士号取得を目指した。理由は以下の2つである。

  1. 論文を執筆する過程で技能(論理的思考力、ライティングスキル等)を高めるため

  2. 博士号や論文投稿実績を要求される職種への転職を可能にするため

私はキャリアビジョンを固めずに環境の変化に対応しながら技能を伸ばす、「キャリアドリフト」という考え方を採用している。キャリアビジョンを固めないとはいえ、それは何も計画しないということではない。私はもともと医療統計の技能を持っていたこと、社会人2年目から治験関連の業務に就き経験を積めば製薬業界への転職も可能になることや、製薬業界では博士号が要求される職種が複数あることを考慮して、大学院への進学を決めた。なお、私にとっては学部からそのまま就職せずに大学院に進学するという選択肢はなかった。私は早く働いてスキルを積みたかったし、大学院に行くなら社会人として働きながらと決めていた。なお、社会人1年目は薬剤師としての業務を身に着けながら、事前に教授と四年間の計画を建てることに費やした。

私が進学した薬学研究科の中退率は8割に達し、その主な理由は論文が出せないことである。私は、仕事と研究を両立し既定の年限(6年制薬学部の卒業者の場合は4年)で博士号を取得するために、学位審査の要件である「国際誌に査読つきの原著論文を2本出す」ことだけを目指して行動した。具体的には以下の4つの制限を設けた。

  1. 新理論の構築や技術習得が必要な研究テーマを設定しない。既存の理論と習得済みの技術を使い、限られた時間内で論文を2本書く

  2. PubMedで検索可能であり、Impact Factorが1以上で、捕食出版ではないジャーナルを目標とする。まともな雑誌であることだけを目指し高望みしない

  3. 学会発表はしない。論文執筆に集中する

  4. 学部生や他の院生にはかかわらない。自分の目標達成だけを考える

学費の話

私は社会人2年目から大学院に通い、結果として4年間で32万円かかった。これは給付型の奨学金を利用したり大学から研究費を拠出していただいたりした結果であり、それらがなければ345万円必要だった。最近は民間の給付型奨学金が色々あり、書籍やネットに奨学金の情報がまとまっている。なお、日常生活や仕事でも使用しているので、光熱費、通信費、および統計解析用のPC・モニターの費用は含めていない。

時間の話

私が進学したのは「大学院博士課程(社会人選抜)」である。主要な講義は土日になるよう配慮されており、夏季休暇中に単位を取るのに便利な集中講義(連続5日間)もあった。私が平日に講義に出たのは、4年間の在学中10日間(5日間の集中講義×2)のみだった。

結果として講義は計165時間受講し、2年目の前半までに研究指導以外の単位を満たした。なお、講義が面白かったので多めに単位を取得した。研究指導の単位は研究室内のゼミや論文指導によって認定される単位で、博士論文を書き上げた時に単位が揃うことになる。研究は土日に進め、毎週10時間程度をコンスタントに使った。ただし、論文の執筆期間中は平日も毎日ファイルを開き、1行でも文章を書くよう心がけた。

転職の話

私は大学院在学中に1回、博士号取得後に1回転職した。1回目は大学病院での業務が一区切りつき、製薬業界に移るためCRO(医薬品開発業務受託機関)に転職した。2回目はよりチャレンジングな仕事と給与を求めて医療系のITメガベンチャーに転職した。2回の転職のいずれでも社会人として大学院に通い論文を執筆したことは高く評価された。

学位は「足の裏の米粒」みたいなものでとらないと気持ち悪いがとっても食えない……などというのは研究者としてアカデミアでやっていく場合の話である。実際のところ、必要とされる企業ではあらゆる状況で活用できる。とはいえ肩書が有ればよいというものではなく、博士課程で獲得した知識・技能を土台に努力を重ね、ビジネスに活かすということだ。

「必要とされる企業」という表現を使ったのは、博士をもてあます企業もあるからだ。1回めの転職ではその点を重視していなかったのだが、せっかく獲得した知識・技能が業務であまり活用できず、次第に仕事がつまらなくなり、2回めの転職に至った。せっかくコストをかけて博士号をとるのだから、知識や技能を仕事に最大限活かせて正しく評価される環境を求めたほうが、幸せになれるだろう。

まとめ

博士号を取ることは私にとっては多いに有益であった。この記録がどなたかの参考になれば幸いである。