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アナフィラキシー

 父は余命宣告された末期がん患者である。それは2年前の、ちょうど今頃のことだった。

 CT検査をしに病院へ行った時のこと。検査をしにCT室に入る父を、待合で待つ私と母。いつものように何ということなく検査は終わるはずだった。

 ふいに、CT室が騒がしくなった。緊迫した声が聞こえる。「何やろね?」「うちやろうか」呑気に話す私と母。すると、すごい音を立ててストレッチャーが運び込まれて行った。

 「…お父さん!?」途端に心臓が口から飛び出そうになる。CT室からは相変わらず声が聞こえてくる。すると中から医師が現れた。「ご家族の方ですか?ちょっと説明が…」

 母と2人で震えながら、抱き合うようにして場所を移動する。周りの人の視線も今は気にならない。父はどうなったのか。最悪の事態が頭をよぎって離れない。

 医師の説明はこうだ。父はCT検査の造影剤でアレルギーを起こし、アナフィラキシーに陥ったらしい。「今は脈も落ち着いてきました。もう少しすれば面会できます」その言葉に安堵しながらも、目の端に土気色をした父がストレッチャーで運ばれていくのを見つけ、心が落ち着かない。

 父は、点滴の管を何本もぶら下げてベッドにいた。幸い容体は安定し、会話も出来るようになった。「急に息が出来んなってよ。うーうー言いよったら、医者が10人ばあワッと取り囲んだわね」平然と話しているが、ただ事ではないぞ。

 病院側からは入院を勧められたが、父はそれを振り切り、当日帰宅することになった。不思議なことにアナフィラキシーを起こしたら、声が一段と低くなる。おかしな声は1日で治ったが、後から救急処置の請求が来た。

 検査の前に書く誓約書には、千〜万分に1人の割合でアナフィラキシーショックが起こると書いてある。普段何気なく書いている誓約書だけれど、まさか父に当てはまるとは。あれから父は復帰し、アナフィラキシーが起こったことは笑い話にまでなった。

 私は信じている。父は不死鳥のように何回でもよみがえることを。今は歩くのもままならないが、また山を散策できる日が来ると願っている。

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