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父は旅立った

 その日は朝から血圧が低かった。荒い呼吸と静かな呼吸を繰り返す父。呼びかけにはうっすら反応する。

 弟家族も総出で見舞いに来る。6歳の姪は無邪気に「おそうしきようのくつをかったのー」と大声で言うので、冷や汗が出た。2歳の姪は「じいじねてるー」と観察している。

 「耳は聞こえていますのでね」医師の言葉通り、「痛い?」と聞くと首を横に振る。ただ横たわっているだけのように見えるが、父は確かに意識があり生きているのだ。

 夕方になり、血圧が60に低下した。「もしかしたら今日かもしれませんね」。看護師さんが寂しそうに言った。

 夜の9時を回った頃から、父の呼吸が弱くなってきた。手足の先は紫色で、冷たくなってきている。弟が一旦見にきたが、用事があるのでまた帰ることになった。「お父さん、それまで待ちよってよ」父に呼びかける。

 弟が帰っている間、呼吸が止まりかけた。肩を叩き、「まだ行かれん、まだ行かれん」と励ます。その度父は息を吹き返した。

 弟が帰ってきたのを待って、父の呼吸が止まった。最後は喉でゆっくり息をし、それきり動かなくなった。

 当直医が心音、肺の動き、瞳孔を確認する。「午後10時18分です」父の人生が幕を閉じた。

 最後の処置をした父は、若返り、笑っているかのように見えた。やっと身体が軽くなって喜んでいるのかもしれない。

 アウトドアとスポーツが好きで、何事も好奇心旺盛。休みの日ごとにドライブやキャンプに行って楽しんだ。最後の旅行は去年の冬に行ったイルミネーション。沢山の思い出を作ってきた。

 父が旅立ったあと、スポーツ仲間や友人たちに連絡すると、皆別れを惜しんでくれた。父の人柄がしのばれる。

 胆管がんを患って9年。一度は寛解したかと思われたが、再発、腹膜播種、肺転移、骨転移、リンパ節転移という満身創痍の父は、よく頑張った。

 私にとって自慢の父だった。お父さん、今まで本当にありがとう。お父さんのことを誇りに思います。

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