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書評:タコピーの原罪(タイザン5)

完結していない物語について評価を下すのは難しい行為であるということを重々承知した上で、本作品の衝撃を一人でも多くの人々に伝えたいという気持ちを抑えられず、こうしてノートパソコンのキーボートを叩きつけている。限界オタクの哀しい性である。

フィクションの考察を生きがいとする有機生命体が既に1億回は言及しているだろうが、タコピーの原罪は令和のドラえもんだ。小学校4〜5年生の少年少女が現代科学を超越した不思議な道具と出会い、成長していく物語。かつてタルるートくんをはじめ、数多くの作品がこのフォーマットに挑み、そして本家を超えることなく散っていった。オリジナルが完成されすぎているが故のジレンマである。

一方、本作品は時代に合わせて大胆にアレンジすることで、新たな境地を生み出した。ドラえもんに登場するのが友情と家族愛に満たされた少年少女達であるのに対し、タコピーの原罪で描かれるのは貧困、暴力、愛情の欠落した子ども達の成れの果てだ。土管が並ぶ空き地ですら、荒れ果てている。

ネタバレに繋がる情報は最低限にしておくが、タコピーの原罪では登場人物が全員、問題を抱えている。水商売で働く母親を持ち、生活保護世帯ということで苛烈なイジメに遭うしずかちゃん。崩壊した家庭で育ち、異常な攻撃性を持つまりなちゃん。裕福な家庭に生まれるも優秀な兄へのコンプレックスを抱え、決して満たされることのない母親からの愛情を渇望する東くん。テストで0点をとり、ジャイアンやスネ夫にいじめられてもなんだかんだ楽しそうなのび太くんとは明らかに立ち位置が異なる。

この2つの物語の違いは経済が成長し、一億総中流という神話が信じられていた昭和中期から平成初期にかけての日本と、経済的に貧しくなるばかりで行き詰まりと衰退が隠せない令和の日本の空気感の違いに起因していると言えそうだ。ドラえもんが連載開始となった1969年の経済企画庁の年次経済報告の題名はずばり「豊かさへの挑戦」。3年連続で経済成長率が10%を超え、世界の先進国に並ばんとする高揚感が伝わってくる。タコピーの原罪が連載が始まった2021年は「コロナ危機:日本経済変革のラストチャンス」であることを考えると、この空気感の違いの説明は容易い。

物語の鍵となるひみつ道具とハッピー道具、この違いも興味深い。ドラえもんではどんなひみつ道具でものび太くんは大げさに反応し、その機能に興奮し、そして調子に乗って失敗するというフォーマットがある。タコピーの原罪では、ただ失敗という結果があるだけだ。そしてその失敗は往々にして取り返しがつかない。地球をハッピーにするための道具が本来の目的とは違った使われ方をされ、その誤った方法だけが絶望の淵に立ち笑顔を失った少女を笑わせるという、皮肉が込められている。この世界は残酷で、救世主となるドラえもんも、逆境を一発で逆転するようなひみつ道具もないーー。そんなメッセージが隠されているように思えてならない。

厚生労働省の2019年国民生活基礎調査によると、中間的な所得の半分に満たない家庭で暮らす「子どもの貧困率」は13.5%にのぼる。日本の世帯所得の中央値が427万円であることを考えると、実に7人に1人の子供が年収200万円台前半以下で暮らしている計算となる。ちなみに母子家庭をはじめとした大人1人で子どもを育てる世帯の貧困率は48.1%と、ほぼ半数だ。

一方、22年の首都圏の私立・国立中学受験者数が過去最多を記録したというニュースも記憶に新しい。Twitterでは300万円かかるSAPIXに通わせ、年間数十万円かかる学費を払って私立中学に通わせることが常識であるかのように語られがちだが、これは上澄みの話だ。

同じ国で起こっている出来事であり、子供を私立中学校に通わせたい親の大半は公立中で荒れた子達と交遊させたくないと公言さえする。グロテスクではあるが、我々はフィクションを通じてでしか貧困をリアルに感じることがない世界を生きている。

子供の貧困をめぐるフィクションは本作に限ったものではない。漫画ではケースワーカーとして仕事に取り組む新卒公務員の仕事を取り上げた「文化的で健康的な最低限度の生活」で生活保護家庭における子供の問題も取り上げられているし、映画では是枝裕和監督の「誰も知らない」や「万引き家族」などが挙がるだろう。毎日新聞が09年に新聞協会賞を受賞した「無保険の子」救済キャンペーンをはじめ、子供の貧困に対して社会が無関心だった訳ではない。

しかし、上記で挙げた作品や報道はすべて大人向けのものである。タコピーの原罪が画期的なのは、「少年ジャンプ」という看板を背負った媒体で連載されていることだ。正確には本誌ではなく電子媒体向けの「少年ジャンプ+」だが、青年誌ではなく、少年少女の目に触れる世界にこの作品を掲載したという作者や編集者の心意気を感じずにはいられない。

1巻ではなく上巻となっており、4月に下巻が発売予定となっていることから、あと少しで連載は終わるのだろう。どのように物語をたたむのか、そこに救いがあるのか。我々読者にできるのは続きを待つだけだ。その間、現実で貧困に苦しむ子供たちに少し想いを馳せて、寄付という形でアクションを起こしてみるのもまた良いかもしれない。



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