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書評:地図と拳(小川哲)

とにかく、重厚な本である。600ページを超える辞書のようなぶ厚さもさることながら、満州という人造国家の胎動から崩壊までをロシア、中国、日本の立場からそれぞれ描くというその胆力は読者に強い圧を与え、読了後はある種の達成感があった。

読了感という意味では本屋大賞を受賞した「同志少女よ、敵を撃て」に近いものを感じたが、同士少女がセラフィマという一人の少女の成長を通じて歴史をなぞっていく筋書きだったのに対し、本書は群像劇の形をとっている。全編を通じた明確な主人公というものは設定されておらず、ロシア人、中国人、日本人それぞれの視点を通じて満州国の栄枯盛衰を描写する。

満州国というテーマから察せられる通り、決して愉快な話ばかりではない。フィクションの体をとりながらも、現実に起きた事件をベースにしており、特に我々日本人にとっては目を背けたくなるような場面も多々ある。それでも、続きが気になるという欲求には勝てず、つい睡眠時間を削って読んでしまった。

「地図と拳」という題名の意味の解説は本編に譲るが、全編を通じ、歴史というのはただの年号や数字ではなく、人間が紡いでいくものだという筆者の強いメッセージを感じた。

臆病な軍人である高木、自らの危険をも顧みず動くクラスニコフ、皇国という幻影にとりつかれた安井、自らの生まれた意味を求める丞琳。誰もがそれぞれの立場から動いており、背中を押すのは使命感であり、神の言葉であり、愛国心であり、疑問であり、一つとして同じものはない。

ある種、超越者として描かれる細川と孫悟空を除き、あらゆる登場人物が時代の波にのたうち回り、生きていく。そんな混沌から生まれ、積み上げられていくのが歴史であり、その一部分を切り取ったものがこの物語だ。

海外の歴史という難しいテーマにも関わらず、登場人物の生々しい息遣いを感じることができる。読み進めるうち、筆者の頭の中を除きたくなる衝動に駆られることが多々あったが、本書の最後についているおびただしい参考文献のリストを見て、なんとなくその一端を理解できた気がする。

本から現実世界に視線を戻すと、人類は歴史から学ぶことができているのであろうか。この文章を書いている今もウクライナではロシアによる武力による蹂躙や人造国家の建国、事実上の国境線の変更という蛮行が現在進行系で行われており、ここ日本でもSNSを開けば人種差別的な言動はいくらでも目に入る。世界各国で、高邁な理想と醜悪な現実があり、その差を埋めるために我々は動いているのだろうか。満州という人造国家の蹉跌が我々に残したものは、何だったのか。そんなことも考えたくなる。

数日に分けて読んだが、大河ドラマを1話から最終話まで一気読みしたような感覚だった。一度の読了でこの物語を十分に堪能しきったとは言い難く、今すぐにでも2周目に行きたいと思う一方で、日常生活に支障をきたすので少し時間を置いてからにしようという気持ちもある。とにかく、重厚な本だった。

※本書は集英社様から寄贈いただきました、ありがとうございます。未だに少年ジャンプを毎週読んでる限界中年だけど、このまま高齢者になっても普通に読んでそうです、助けてください。最近ではあかね噺が1番楽しみです。


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