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壊れるほどバズっても1/3も伝わらない

ウクライナ情勢が連日大きく報道される中、これまで我々が享受していた平和が脆く、崩れやすいものだという認識した人も多いだろう。一方、本当に我々はこの世界の脆弱性に気づいていなかったのだろうか。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は21年9月、シリア紛争が始まってからの10年間で少なくとも35万200人が死亡したとする報告書を発表した。

東日本大震災の死者行方不明者数の合計の16.7倍、新宿区に匹敵する数の人間が命を落とした計算になるが、ミシェル・バチェレ国連人権高等弁務官は「実際に殺害された人の数を下回っていることは確実だ」と述べており、被害の規模が更に大きいことを示唆する。ちなみに死者のうち、13人に1人は子供だ。ロシア政府の支援を受けるアサド政権は民間人に対しサリンを含む化学兵器やクラスター爆弾を使用していることが明らかになっている。

現在もアサド政権は存続しており、反政府勢力への弾圧は続いている。現在、ウクライナ情勢に対し憤っている人の中で、シリアの現状について概要だけでも把握している人はどれだけいるだろうか。「イスラム国」の崩壊により、すでに過去の話になってはいないだろうか?

民衆が権力により弾圧され、住処を失い、命を落としているのはシリアだけではない。OHCHRが2月1日に発表したレポートによると、ミャンマーでは21年に発生したクーデターから1年間で少なくとも1500人が殺害され、1万1787人が法的根拠なく拘束されたという。クーデターから1周年という定例ニュース以外で、ミャンマーについて我々はどれだけ考えただろうか。

社会主義を標榜する独裁政権経済の下で経済が崩壊状態にあるベネズエラでは、全人口の2割に当たる590万人が難民や移民、避難民として国外での生活を余儀なくされている。トランプが支援する若き野党指導者による「クーデター」で盛り上がった後のベネズエラの現状について、少しでも気にかけたことがあっただろうか?

アフガニスタンや南スーダンなど、例を挙げればきりがない。これらの国がニュースのヘッドラインに流れるたびにTwitterのタイムラインでは喧々諤々の議論が行われ、そして一週間後には過去のこととして忘れ去られる。サイゼリヤや4℃と違って、繰り返されることはない。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、21年10月の時点で、世界では8400万人の人々が紛争などにより家を追われている。これは1950年にUNHCRが設立されて以来史上最多の数字であり、日々更新を続けている。ウクライナ情勢がどう着地するか現時点では不明だが、さらに総数が膨らむことは確実だ。

我々の享受する平和が脆く、崩れやすいのではない。世界各地で既に平和な時代は終わっていた、もしくは最初からそんなものはなかったのだ。たまたま運良く先進国に生まれ、島国で暮らす我々が世界の現実から目を背けていただけだ。

ウクライナ情勢に世界の注目が集まる一方で、強権政治による迫害や弾圧は今も世界各地で行われており、そして忘れられている。経済制裁でいくら経済が打撃を受けようとも、軍と警察という暴力装置を掌握している限り、政権が簡単にひっくり返ることはない。シリアの、ミャンマーの、ベネズエラの、アフガニスタンの、そして世界中の多くの名もなき人々がリスクを承知で声を上げ続けるのは、国際社会に住む我々が関心を失うことを恐れているのに他ならない。

主権国家への侵略という21世紀の常識を覆すような出来事の衝撃は大きく、どんな決着になるにせよ、今後ウクライナ情勢がニュースの中心であることは間違いないだろう。しかし、必ず地球上のどこかで新しい事件が発生し、人々の関心は次に移っていく。シャルリー・エブド事件の後に青と白と赤で埋め尽くされていたfacebookのアイコンが気がつけば日常に戻っているように、皆のTwitterのアカウント名の横にある青と黄色の国旗はいずれ消える。

それでも、たまにでも良いから、圧政により故郷や家族を奪われた人々の現状について関心を持ち続け、余裕があればUNHCRなど国連組織に対し、少額でも寄付を継続してほしい。それが我々にできる数少ない貢献なのだから。

https://www.japanforunhcr.org/donations

ちなみに日本政府は2020年、UNHCRに1億2633万2049ドル(約146億円)を拠出している。これは世界5番目で、アメリカ、EU、ドイツ、イギリスに続く。加えて日本は民間からの寄付額でも5231万778ドル(約60億円)を記録しており、これはフランスやイタリアの政府拠出額を上回る。難民の受け入れなどでまだ物足りない部分はあるものの、国際貢献として誇れる数字だ。胸を張って男根を露出しよう。

(トップ画像はBengin Ahmad , Syrian Refugee, September 4, 2014)


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