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書評:ポストモーテム みずほ銀行システム障害 事後検証報告(日経コンピュータ )

みんな大好きみずほ銀行のシステム障害について分析した名著、「みずほ銀行システム統合苦闘の19年史」の第二弾。システム専門誌の連載を書籍化した経緯もあり専門的な部分はあるものの、私立文系卒でも内容を理解できるように噛み砕いて説明している親切仕様となっている。

前作同様、みずほ銀行のシステムの欠陥をあげつらうのではなく、「何故システム障害が起きたのか」という問いに対して、組織の風土などの問題点を一つずつ丁寧に指摘する構成となっている。この手の本にありがちな糾弾を目的としたものではなく、客観的に冷静に指摘するスタイルで、フェアな書きぶりだ。個人的にはシステムの詳細の部分を削って組織論や周辺部分を書いた方が「売れる」本になると思うが、あえてそうしなかったのも専門媒体としての矜持を感じた。

全編を通じ、繰り返し指摘されているのがみずほ銀行の感度の鈍さと想像力の貧しさだ。日本中に衝撃と笑いをもたらした、ATMが次々とカードを飲み込むという21年2月に発生したトラブルは実は過去にも小規模なものが発生していた。しかし、社外に公表することなく、改善策の検討すらしていなかったことが後に明らかになる。システムに限らず、組織を運営する上で大事なのは失敗しないことではなく、失敗から何を学ぶかだ。本書はみずほ銀行にそうした姿勢が決定的に欠けていたことを浮き彫りにする。

障害発生から経営陣への連絡の遅れ、顧客への通知ミス、外為法違反となったマネーロンダリングのチェック省略ーー例を挙げればキリがないが、これらはすべてリスクを低く見積もり、適切な準備をしていなかったことに起因する。インフラを担う企業であり、過去に何度も致命的な障害を起こしていることを考えれば、最悪のケースを想定することは当たり前のようにも思えるが、みずほの場合、そうはなっていなかった。

障害を起こした新システムMINORIへの移行は社運を賭けたもので、研修ひとつとっても入念な準備がなされており、前作ではこれを好意的に紹介していた。しかし、後に明らかになっていたこととして、これらの取り組みは戦略の失敗を戦術でカバーしていることに過ぎなかった。

米国の銀行並の投資をすると理想論を掲げながら具体策には手を付けず、専門家の知見を活かすことも硬直的な人事体制を改めることもせずすべてを現場に任せて諸問題を見て見ぬ振りをした歴代の経営陣。縦割り組織の一員として、他部署の作業には一切口を出さず、自分のことだけやれば良いと内向きな態度の行員達。システム障害を生み出した土壌は誰か一人のせいではなく、組織としての問題であることが度々指摘されている。金融庁は業務改善命令で一連のトラブルの原因について「言うべきことを言わない、言われたことしかしない姿勢」にあると批判した。

さて、ここまでみずほ銀行のことをあげつらってきたが、正直、ここまで書いたことは日本企業で働く人間であれば多かれ少なかれ自分ごととして捉えられるのではなかろうか。現場を無視した綺麗事を言うトップと、耳障りな情報は上に伝えず追随するだけの経営幹部。年功序列で上に意見することはタブーとされたまま、目の前の仕事に忙殺される末端の社員。「自分は組織を変えるため、衝突や摩擦をいとわず言うべきことを言っている」と胸を張れる人間がいたとしたら、相当な変わり者だろう。

題名にも使われているpostmortem(死体解剖)はIT産業の概念で、障害が発生した際、犯人探しではなく、発生した事象から教訓を得て、今後の取組に活かすという。日本人や日本の組織にとって、最も必要な取り組みでありながら、最も苦手なものだろう。国家レベルでも、財政や安全保障やエネルギー、少子高齢化など様々な問題を先送りし続けて袋小路に追い詰められていることからも明らかだ。

誤解を恐れず言えば、みずほ銀行は日本企業や日本社会の象徴であると言えるかもしれない。船が沈みゆく中、その組織や共同体の一員である我々は何をすべきだろうか。我が国が、そして我が国の国民が本書から学ぶことは多い。








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