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〔ショートストーリー〕青い未来

青写真が上手く描けない。思い返せば昔からそうだった。小学校の頃、「将来は何になりたいか」という授業で、周りの友だちは「学校の先生!」「歌手になりたい!」「大工さんになって家を建てたい!」と口々に夢を語るのに、頭が真っ白で何も浮かばなかった。でもまあ、そのうち何になりたいか決まるだろうと、ぼんやり期待して焦ってはいなかった。だが、中学になっても高校になっても、自分の将来が見えない。取りあえずそこそこの大学には進学したので、今度こそやりたいことが見付かると思ったが、まだ何も見付からないままだ。四月には三回生だというのに。

欲がなさ過ぎるとか、やる気が無いとか、家族も友だちも好きなことを言う。でも、それって自分で何とか出来るものなのか?「ようし、今日から欲を出すぞ!」なんて変われるわけもないのに。だいたい、昔は「あなたは我が侭を言わないから偉いね」とか「ガツガツしてなくて良いね」とか褒められていたのに、いつからそれが短所にされてしまったんだろう。自分は変わっていないのに、周りの目は変わっていく。こんな理不尽なことがあるだろうか。

やり切れない想いと、同じくらいの焦りを抱えたまま、夕暮れの街を歩く。今日は講義も無いし、バイトも休み。さりとて、楽しい予定もないので、冷たい風に背中を丸め、割引の惣菜を狙って近くのスーパーへ向かう。いつもの曲がり角を曲がると、目の前にこじんまりとしたスーパーが…
「え?スーパーが無い…何で?」
思わず声に出てしまった。確かに昨日までそこにあった店がないなんて…。しかも「閉店」や「休業」ではなく、見たことも無いテントが並んで「のみの市」をやっている。駄目だ、理解が追いつかない。

スーパーの痕跡を探すように、フラフラとテントまで近付く。が、何も手がかりは無く、それどころか昔からそうだったかのようにテントが並び、それなりに客もいる。「ここにあったはずのスーパーは?」なんてオタオタしているのは自分だけのようだ。
アンティーク風のアクセサリーや陶器類を売る店に、惑星のようなビー玉か飴玉を売る店。夜空のような石を並べた店や、様々なラッキーアイテムを並べた店もある。
年上のような年下のような、何故か年齢の良く分からない不思議な客たちが、あちこちのテントから仕入れのようにいろいろと買っている。
「あ、済みません!」
ボンヤリしていて、一人の女性客とぶつかってしまった。
「いいえ、こちらこそごめんなさい。大丈夫?」
深く心地よい声に、ちょっとドキッとする。とても魅力的な女性だが、やはり年齢はさっぱり分からない。

「だ、大丈夫です。あの…この『のみの市』って、以前からここに…?」
おずおずと聞いてみる。
「いいえ、このマーケットは場所も時間も決まっていないから、私たちのような常連客しか来ないのだけれど…」
私をじっと見て、ゆっくり頷きながら言う。
「あなた、ちょっと迷い込んでしまったのね」
迷い込む?こんなにしょっちゅう来ているスーパー…じゃない、スーパーの場所に?
「ああ、そんな意味じゃないのよ」
まるで私の心の声が聞こえたかのように、彼女は優しく答える。
「でもここに辿り着いたのなら、何かあなたに必要な物があるはず。試しにいろいろなテントを覗いてみたらどうかしら。ただ、普通のお客さまは1つしか買えないはずだから、本当に欲しい物をよく選んでね。間違えないように」
それだけ言うと、彼女は呼び止める間もなく立ち去ってしまった。

しばし呆然としていたが、彼女の言葉通り、取りあえずテントを覗くことにする。見たことの無いような珍しい物ばかりで、ついつい見入ってしまうが、「これ」という一品は決まらない。そうするうちに、最後のテントになってしまった。
「いらっしゃい」
トーンは優しいがあまり感情のこもらない声で、細身の店主が言う。そこには、一面に絵が並べられていた。風景、人物、静物など、様々な絵があるが、全て青で描かれている。
「あの、全部青なんですね」
思わず聞いたが、店主は特に気を悪くすることもなく淡々と答える。
「青は、始まりの海の色だから」
「はあ…」
分かったような分からないような言葉に、こちらも曖昧に相槌をうち、端から絵を眺めていく。と、一枚の絵に目が留まった。
「これは…」
ハガキ大の紙に、老人が描かれている。描かれた国も、老人の性別もよく分からない。ただ、一休みするかのように大きな石に腰掛けて、光に目を細めている老人の顔は、とても穏やかで幸せそうだった。色々な苦難を乗り越えて、やっとここに辿り着いたと言うかのように。
「ああ、その絵は君によく似合う。それにしたら良い」
相変わらず静かな声で、でもきっぱりと店主が言った。
「あ、でも、そんなに持ち合わせが…」
慌てて財布を確認しようとすると、初めて店主が笑った。
「いらないよ。その絵は君の物だ」
店主は断固としてそう言って、決してお代を受け取ろうとはしなかった。結局、その言葉に甘えて、その絵を大事に持って帰路についた。

家に帰ってから、落ち着いてその絵を見直す。見れば見るほどどんどん引き込まれてしまうような、不思議な絵だ。モデルの老人の顔は、どこかで見たことがあるような懐かしさがあった。いつか自分も、こんな穏やかな老後を迎えられるのだろうか。
「…そうか。それを目標にしても良いのかも」
ふと気が付いた。具体的な青写真は描けなくても、遠い遠い未来の目標があれば良いのかも知れない。この青い絵のように。いつか歳を重ねた時に、後悔や罪の意識に苛まれることがないよう、穏やかに微笑んでいられるよう、今の自分に出来ることを探して生きていけば良いんだ。

グーッとお腹が鳴った。そう言えば何も買えなかったから、夕食を食べていない。まずは目先の夕食だ。
絵を手持ちの写真立てに入れ、机の上に飾る。うん、やっぱり良い絵だ。モデルの老人に、
「行ってきます」
と声を掛けると、コンビニに向かった。そこで簡単な夕食と、さっきの店主に心ばかりのお礼にとコーヒーを買い、のみの市に向かう。
だが、いつもの角を曲がると、そこにはいつものスーパーが建っていた。様々なテントも、不思議な客たちも、そして絵をくれた店主がいた店も、何一つ残ってはいなかった。
(完)


こんばんは。こちらに参加させていただきます。

何となく、これまでの登場人物もそっとお邪魔してみました。書いていて楽しかったです♪

小牧さん、お手数かけますが、またよろしくお願いします。
読んでくださった方、有難うございました!

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