岩根

無味無臭な日々を過ごす大学院生 人間を諦めて猫になろう

岩根

無味無臭な日々を過ごす大学院生 人間を諦めて猫になろう

最近の記事

四面楚歌

ああ言えばこう言う まてまて、それは君たちが君たちなりの形を見つけたからでしょ。だからこう言えばそういってくるんだよ。 違う。(いや違うくない)かたちなんか無いままで終わらせようよ。どうせ全部は終わるんだし 昨日食べたものがおいずくもおいしくなかろうも、昨日見た夢が悪夢であろう恋しかろうも、昨日踏んだ道が踏み心地悪かろうと良かろうと、話した言葉が届かろうと届かまいと、昨日吸った空気が不味かろうと美味かろうと、昨日のシャワーが心地良かろうと不快だろうと。 どうせ終わるな

    • 夜明け前 明日の夕方 の予定を 立てたがきっと 夢に溶けてく

      • 最近作った詩 続き

        この投稿の一つ前を見て頂けるなら、話の流れが掴めると思う。 見なくても良いですが 鏡 向こうにいるのはたれか あなたよあなたよ、 その美しひ瞳で見て くださるな。 なにがありましたのですか。 麗しく、頬から流れる可憐の滝は 乾燥すらも破壊してしまうほどあなたの皮膚 を愛撫しているではありませんか! たとえ、どんな気障な幸福とやらを 演ぜられてもわたしはあなたと共に踊ります。 嗚呼、醜いあなたよ。 絶望という幸福 愛する人たちと酒を飲む。 柔和な雰囲気求めては、 わたし

        • 最近作った詩

          最近、お酒を飲みながら萩原朔太郎や中原中也の詩集を読んでいたところ、詩を書いてみたいと思い筆をはしらせた。 それをここに載せたいと思う。 面影 我がなきや あの子の声の染色さ 我がなきや 河の水面の太陽の 孤独さよ。幻よ。 砂利道歩む足の不感さ、 彼岸花の孤楽の楽しさで 饐えたる桃のいとおしさ あの子の生活さぞ涼かしけれ わたしは幸福を祈る わたしは幸福を祈る、祈る。 秋まだ来るな 皆んなは夏を懐かしひと嘆く けれどもわたしはそうではない。 伸びた草は視界を遮り わ

        四面楚歌

          色んな"カルタ"を作ってみた

          失恋カルタ「金閣寺」 "キ" 昨日みた夢の話、毎回登場人物をはぐらかしてたよね。 "ン" ん?っていうの、モテ仕草だと思ってるんだろうけど、正直ばればれだしめんどくさかった "カ" 「確実に」が口癖なの本当に嫌いでした "ク" くよくよして常に首を項垂れて歩く様子、嫌いじゃなかった "ジ" 「磁石って僕らみたいだよね」NかSか、それとも同極なのかを考えては眠れない夜がたくさんありました。 失恋カルタ「音楽」 "オ" 「お!久しぶり!」そんな他人行儀に

          色んな"カルタ"を作ってみた

          不作

           人間が嫌いだ。特に女性、艶のある皮膚に滑らかな髪、張りのある胸の膨らみ等が彼の自尊心を嘲弄し、彼の欲情を見出した途端、貞淑づらのキザの醜女が彼を突き放す...  三限の講義を飛んだ蔵男はよく、自転車を走らせ、ここ鴨川にて荘厳な思想と現実的自己実現への弱気な意志との諧和に黄昏れるのが習慣であった。友人の少ない彼は毎日、読書と喫茶店での戯れに没頭し、とうとう孤独を熟るわせるのであった。  或る日曜の午後3時、千本北大路のバス停から京都市バス205号系統に乗車し、河原町にある

          デカい穴と『光の方へ』

          「次の夏には、好きなひと連れて月までバカンスしたい」 そんなんじゃない 『次の夏には、好きなひと連れてデカい穴までバカンスしたい』 これだよ馬鹿たれ。 大学生活で夢見た理想の生活形態。 それを実現させてくれたのは唯一の「デカい穴」。 誰もがその空間に足を踏み入れると、温かい抱擁の客達と店主の饒舌に時間は穴に吸い込まれ、違う話題の島々が柔和な諧和を生み出す。 僕はこの文章を涙を堪えながら書きたいと思います。 穴で出会った人達は本当にみんな優しい。会社勤めの方はもち

          デカい穴と『光の方へ』

          肉体と意識

          「自然を愛するのは腐敗した人間の趣味で」 三島由紀夫の『スタア』の中で書かれている一文である。屈辱感と焦燥感、又其れらが一周回って僕に人間的なものの美点をも教えてくれる。 この短編小説は、主人公の俳優《スター》の俳優としての生き方(仮面を被った)と、現実に生きる主人公の生活形態との二重性について、「虚偽」をテーマの元に描かれている。 僕には、読んだ小説の中の印象に残った一文をノートに記す癖があり、それらの中でも特に好きなものが此れにあたる。 一読すると、現代社会に生きる

          肉体と意識

          嘔吐

          お前に思想はあるか。 いや、無かろう。 いのちが極まった独楽のすむような静謐さ、あるわけ無い。 大宰は言う、「弱虫は幸福さえも怖がるのです。」 確かに頷ける。幸福や不幸に対し、命を賭けた思想を燃やすことのない貴様らにそれらが感じられる事は決してない。 「強引な勉強と強引な生活法を課す」ことのない自堕落な君達には一生あっても出逢えない静謐。 受動的であり能動的な荘厳。私達には経験しようが無いのだ。 だが我々は生きている。親不孝に嘆き、自己実現に感溺し、コミュニケーションに

          SDGsはアメでありアヘンである。『人新世の「資本論』(斎藤 2020)より、

          大学3回生、そろそろ卒論のテーマを考える時期。 僕は(人新世の「資本論」)を元にSDGsに毒を吐くテーマを選んだ。 この著書は斎藤康平氏による現代の資本主義に対する疑問と改善点、提案を考察するものである。 はっきり言って僕自身の考え方とはまるっきり違う。だが共感できる面も沢山あるし賛成できる意見もある為にこのテーマを選んだ。 資本主義が生み出した責任転嫁と、格差社会に物申す内容である。  近年、話題が拡大しつつある気候変動への対処。 これらの問題を生み出したのははっきり

          SDGsはアメでありアヘンである。『人新世の「資本論』(斎藤 2020)より、

          ヒト=恋=既得権益者

          色々しんどい あなた、変わったね。 今こんな風に恋人への愚痴や不満、諦めを吐き出す老若男女を思い浮かべて欲しい。 彼らは変化し、廃れつつ進展し合う恋に疑問を抱いているのだろう。 過去の栄光に想いを馳せ、今との対比に嫌気が差す。 何故だろうか。 既得権益にへばりつくからだ 過去の幸せの形を懐かしみ、変わった恋人の形に不満を募らせる。一度得たものを離すまいと執着を繰り返す。 そんな我々は政治家や専門家、ブルジョア階級に劣等感を覚え憎しみ嫉妬の深海へと迷い込むのだ。 だが、

          ヒト=恋=既得権益者

          多様性の感受と実際の僕

           僕は大学で社会学部に所属している。 ジェンダーに関する過去・現在の問題や、多文化共生への希望と絶望を議論しあったり、時には現代国家の在りようを追求したりする学問分野だ。  2年と半年、様々な考え方やそれにまつわる問題、解決策を検討・提案してきた。僕自身、多様な意見・価値観に触れ、私自身の心の内の多様性への担保・感受を取得できたと感じていたし、そうであると思い込んでいた。  けど実際は違った。 浮気や不倫に対しての被害者・加害者双方の考え方や捉え方を理解し、自分なりの感受

          多様性の感受と実際の僕

          「言わなきゃ分からないでしょ」

          恋人への不満を募らせ、日々毎秒毎秒ネガティヴと諦めの葛藤と格闘する別れかけのカップルが言いそうな言葉。  いやいや、   言わずとも理解してくれよ。 そんな事を考えたことはあるはず。  これらの愚昧に心身を蝕まれる日々はもう懲り懲り。そこで、「無意識データ民主主義」(成田「22世紀の民主主義」)の登場がボクの心に期待を抱かせ、緩衝地帯を創り出してくれる。  言わなきゃ伝わらないのは当たり前。けど、言わなくても伝わって欲しい。ならば、町中にカメラやマイク・赤外線カメラを張り

          「言わなきゃ分からないでしょ」