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第二十首-二十代過ぎてしまへり「取りあへずビール」ばかりを頼み続けて

二十首目。月日が経つのはあっという間ですね。この前生まれたあの子は立派に喋れるようになり、この前まで元気だったあの人は亡くなってしまいました。
はやりやまいはやはりやばい。受賞の言葉の中でそんな言葉を語っていた綿矢りさの『蹴りたい背中』発売からもう16年以上が経って、当時中学生だった僕も立派に三十歳を迎えました。
僕は、もう十代でも、二十代でもない。けれど、きっと僕はどこまで行っても僕なのでしょう。
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飲み会は嫌いだ。
けれど、嫌いなのと下手なのは違う。

それなりに上司にゴマをすって、部下に先輩面をしながら本当に言いたいことはビールで胃の中に流し込む。そうしていれば2時間や3時間はあっという間だ。

「中村さんってほんとビール好きですよね」
何杯目かのビールのお代わりをもらっていたら、後輩にそう言われた。

「まぁ……そうだな。水みたいなもんだからなビールなんて」
笑ってそう言うが、ビールをうまいと思うことはほとんどない。

面倒なことを上司に押しつけられたり、部下に押しつけたり、右にあるものを左に、左にあるものを右に移動する。そうしていれば10年なんてあっという間だ。

ほんと、あっという間だった。

上京した時の夢なんてもう冗談でも口にしなくなってしまったし、
当時の仲間たちとも疎遠になってしまった。

なのに、夢破れた傷はまだ乾ききっていなくて、めくろうとしては時々化膿してしまう。

あっという間だったはずなのに、だからこそなのだろうか。
俺はまだ10年前の気持ちを捨て切れずにいる。

諦めたらそこで試合終了だと、誰かが言った。
試合は諦めればそこで終わりだし、諦めなくても時間がくればやがて終わる。

けれど。
けれど、人生はそれでもつづいてしまう。
ぬるいビールを流し込むような毎日はどこまでもつづいてしまう。

どこかで歓声が聞こえた。
どうやら今日が終わったらしい。
今日は2019年の4月30日で、だから今はもう、2019年の5月1日だ。

「平成」から「令和」へ。
そして、「20代」から「30代」へ。
今日は俺の30歳の誕生日でもあった。

何が終わったのだろう。
何が始まったのだろう。

「みんな飲み物お代わりどうします?中村さん……はビールでいいですよね?」
「ウイスキー、ロックで」
「えっ?」
「知らなかっただろ。俺はほんとはウイスキーのロックが一番好きなんだよ」

きょとんとした顔の後輩を脇に、俺は届いたウイスキーのロックを一気にあおる。

10年ぶりに飲んだウイスキーは、俺の中の不安や苛立ち、何も流し込んではくれなかった。ただ、熱いものだけが喉を焼きと胸へと残る。

でも、それがいいと思った。
それでいいと、思えた。

二十代過ぎてしまへり「取りあへずビール」ばかりを頼み続けて(田村元)

MOROHA『三文銭』


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