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『恨み』と『瞳はダイヤモンド』

松田聖子の『瞳はダイヤモンド』という歌があります。

愛する人に振られた女性が傷ついた心のまま雨の街を歩く。

映画色の街の風景は、時間の流れが止まった主人公の目にはコマ送りのように「切れ切れ」に映る。

涙がこぼれそうで、上を見上げると幾千の雨の矢が降り注ぐ。

悲しい噂や、恋人の心変わりに心を傷つけられても、傷つかない、

彼女の瞳はダイヤモンドだと歌っています。(T ^ T)

聖子ちゃんのこの歌を車の中で歌う時、必ず泣きます😭

誰もが心に小さなダイヤモンドのような自尊心を持っていて、魂はその自尊心に守られている。

この歌の主人公は、失恋に打ちひしがれているし、傷ついてもいる。

自分を捨てた恋人と、その新しい彼女を憎らしく思い、不幸になれと呪いもするでしょう。

だけど、恨まない。恨みの黒い感情が大きくなると、自分の中のダイヤモンドが真っ黒な炭になってしまうから。

『恨』と言う字の「日」の部分は「目」の象形文字なんだそうです。

その下のバッテン「x」に似た部分は「傷跡」を表している。つまり「目」の下に消えない傷をつけられて「恨む」と言う事。

「恨み」の感情は、相手を信頼していた度合いが深いほど、裏切られた時に反動として大きくなる。

『可愛さ余って憎さ100倍』ってやつです。

人が人を「恨む」心理には、その他にも「返報性の原理」と言うものがあるそうです。

「お返ししたい。お返ししないと気持ちが悪い」と反射的に思う心理。

スーパーの試食販売や、ナンパなどがそれにあたるそうで、どちらも「ただで物をもらう」「可愛いねと声をかけられる」と、自分も何か好意を返さないといけないと思ってしまう。

これは、そう思ってしまう事が悪いわけではありません。

好意には好意で返してきたからこそ、人間の世界は優しい繋がりで結ばれてきた。

そう言う心理があると言うことを知っていると、楽に生きられる。

私たちの潜在意識は、ポジティブな気持ちもネガティブな気持ちも区別が出来ずに、別々のシチュエーションでも同じように「返報性の原理」で対応してしまう。

「笑顔で挨拶されたから、こちらも笑顔で応える」と言うのと、「やられたらやり返す!倍返し!」は、感情の双子みたいなもの。

そんな鏡のように反射する「返報性の原理」の無限ループから抜けるためのキーワードが、『瞳はダイヤモンド』!

誰にも傷つけられないダイヤモンドとは、自分を気高い存在として自分自身を尊ぶ事。

ダイヤモンドは、元々は何億年も前に、地中700kmの深さでとてつもない高温、高圧によって作られたそうです。地表近くにマグマと共に上がる時も、ほんの少しスピードが遅いと石墨になってしまう。

地中の深いところで、押しつぶされ焼かれて生まれたダイヤモンドは、地上で最も硬く純粋な物質になった。

失恋の痛手も、さらに自分を輝かせる為の研磨剤にしてみせる!と、聖子は歌う。

絶対そう!( ̄∇ ̄)b あはは。



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