【映画感想】『生きる -LIVING-』 ★★★☆☆ 3.3点

あらすじ

 1953年、ロンドン。役所の市民課に務めるウィリアムズは、医師から末期癌の宣告を受ける。死期が近いことを知らされたウィリアムズは、それまでの生真面目な働き方から一転して無断欠勤を繰り返し、自身の人生の空虚さに思い悩むようになる。そんな中、ウィリアムズは街で元同僚のマーガレットと再会する。若々しく夢を追うマーガレットと過ごす中で、ウィリアムズは自身の残された時間を意義あることに使おうと思い始める。(2023年公開、監督:オリバー・ハーマヌス)


評価

★★★☆☆ 3.3点


予告編


感想

原作の『生きる』は未鑑賞なので、そちらとの比較等はなしでの感想。正直なところ、プロット自体はあまりピンとこなかったというのが率直な感想だ。

主人公のウィリアムズが末期癌の宣告を期に、それまでのただただ無難に穏当に仕事をこなす機械的な人間から、困っている人たちのためにどんな困難をも恐れぬ情の厚い仕事人へと変貌するというのが本作の本筋なのだが、本作では開始早々すぐに余命宣告がなされ、ウィリアムズの迷走が始まってしまうため、元々のウィリアムズがどんな人だったのかイマイチよく分からないままに作品が終わってしまう。

もちろん、冒頭でウィリアムズの元々の仕事ぶりは簡潔に描かれているし、彼の死後である第3幕で彼の同僚たちの口からいかにウィリアムズが変わったが語られるため、彼が大きく変わったことは理解することができる。ただ、とはいえ、もともとの彼の人となりや仕事のスタンス自体は、作品の中盤以降あたりから五月雨式に語られるセリフによってやっと分かるため、理解はできても感情が追いついてこないのである。

ただ、心機一転したウィリアムズの姿を直接ではなく同僚たちの回想で描くことで、ウィリアムズの死後に彼のことをあれやこれやと勝手に持ち上げる同僚たちのおかしみのようなものを描いている点も本作の味の一つなので、これに関してはある程度狙ったものでもあるのかもしれない。


また、ウィリアムズの心変わりの転機というのが元同僚のマーガレットなのだが、これについても意地悪な言い方をすると、「おじいさんが若い女の子に無理やり話を聞いてもらって元気になる話」なので、ちょっとモヤッとしてしまう。

ただ一方で、彼女の存在によって奮起し、子どもたちのための公園の建設を成し遂げたウィリアムズの功績があっさりと他の部署の人間に横取りされてしまったり、彼の姿に感銘を受けた同僚たちが舌の根も乾かぬうち元の木阿弥になってしまったりと、ただただ耳障りの良い美談にはなっていないところは良い。

そういったビターな展開だからこそ、それでもウィリアムズの晩年の行いが、2人の若者の人生を良い方向に少し変えたのかもしれないことを示唆するラストが沁みるものになっている。


上述のようにプロットに関しては、あまり乗れなかった本作だが、映像のリッチさと主人公のウィリアムズを演じるビル・ナイの存在感は素晴らしい。

ウィリアムズが働く役所しかり、ウィリアムズと息子夫婦が住む家しかり、ウィリアムズが建設に奔走した公園しかり、舞台となる各スポットがどれ一つとして映像的に気が抜けておらず、1950年代イギリスのオールドファッションな風景が現代映画として映えるルックにブラッシュアップされている。そして、その中で輝くカチッとしたスーツとハットに身を包むビル・ナイの存在感。

前述のような理由で、やもするとウィリアムズが色ボケ爺さんに映りかねない展開もある本作であるが、ビル・ナイの紳士然とした姿のおかげで、主人公ウィリアムズは観客の目にどこまでも純真な男に映る。そして、心機一転したウィリアムズの快進撃が描かれる第3幕の格好良さたるや。ビル・ナイの一挙手一投足、語り口、その佇まい全てが、まさにこれこそイギリス紳士というべき美しさ。ビル・ナイの存在感一つで作品全体の質感が一段も二段もグッと高められている。

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