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死花-第6話-⑦

「嬉しいよ。君から連絡もらえて…」

「そんなの…指輪、返して欲しかったし…」

京都市内の、瀟酒な和風料亭。

個室の座敷に通された2人は、向かい合い、仲居の運んできた食前酒を口にする。

「君の好きなザクロのお酒…本当は季節外れなんだけど、君のために、板長に無理言って用意してもらったんだ。…気に入ってくれた?」

「う、うん…」

ほんのり香るザクロの香りに酔いしれながら、絢音はふと、クリスマスの藤次のサプライズを思い出す。

あの時は、自分の誕生年のワインだった…

「(お前の為のワインや…)」

「なによ…好きやって、言ってくれなかったくせに…」

言って、グイッと盃を呷る絢音を、総一郎は複雑そうに見つめる。

「八つ当たりで、ここに来た?」

「違っ…」

「じゃあ、何?」

「………」

バツが悪くて黙っていると、総一郎は袂を探り、絢音から取り上げた結婚指輪を取り出し、彼女に渡す。

「約束だからね。返すよ…」

「ありがとう…」

受け取り、裏面に書かれたイニシャルを見つめる。

TtoA with LOVE

藤次から絢音に、愛を込めて…

「なによ…バカ…」

指輪を抱き締め俯く絢音を見つめながら、総一郎はゆっくりと、冷酒の入った瓶の口を向ける。

「飲めよ。ここの日本酒…好きだったろ?」

「………うん。」

薬を飲んでるからアルコールは控えていた。

けど今日は、何だか無性に酔いたくて、総一郎の勧められるままに、盃を飲み干す。

「美味しい…」

日本酒の美味しさを教えてくれたのも、彼だった。

太宰治ファンの交流会で知り合い、馬が合い、2人で会うようになり、総一郎の方から付き合って欲しいと言われて、2年ほど付き合い、同棲もした。

しかし、結局…今の藤次と同じく、性生活に不安があり、ある日突然、自分から別れを告げる手紙を残して、彼から逃げた…

だから正確には、キチンと気持ちにケリをつけてないままで、総一郎はきっと…まだ自分の事を…

そんな自惚れた考えが頭を過った時だった。襖が開き、仲居がケーキを持って現れたのは…

「総一郎さん?」

和食屋にケーキ?と言いたげな顔をしていると、総一郎は瞬く。

「おいおい。まさか、自分の誕生日…忘れてるのか?」

「あ…」

藤次の急病に気を取られて、すっかり忘れていた。

8月26日…今日は、43回目の誕生日。

スマホの時計を見やると、21時。

念のためメールも見たが、藤次からの連絡は一切ない。

藤次も、忘れてる…

ポロポロと、涙が溢れる…

「(ワシは今、検察官や。せやから、お前1人の男やないんや。堪忍…)」

「仕事と私…どっちが大切なのよ…」

月並みな言葉が、口をついた。

彼の仕事を理解しているつもりだったが、こんなにも激務で、責任の重い仕事だとは、思ってもなくて…

メソメソと泣いていると、総一郎は立ち上がり、自分の隣に座ったかと思うと、ぎゅっと抱き締める。

「そう…」

「好きだ…俺なら、君を泣かせない。君に、寂しい思いも、辛い思いも、させやしない。だからもう一度、俺のところに…戻ってきてくれないか?」

「あ、アタシ…」

返答に困っていると、眼前に向かい合わされ、唇を奪われる。

藤次とは違う、薄い…女性のような唇。

髪留めを外され、長い髪が露わになると、総一郎はその一房を手に取り口付け、今度は深く…唇を重ねる。

「…誰か、来たら…」

「来ないさ。人払い、しておいたから…」

言って、身体を横たえさせられ、総一郎が自分に覆いかぶさる。

カタカタと、身体が震える。

けど、過去の恐怖以上に、今は…誰かの温もりが、堪らなく欲しい…

そう思い、総一郎の背中に腕を回そうとした時だった。

キラリと、腕につけていた淡水パールのブレスレットが、視界に飛び込む。

「あ…」

これだけじゃない。

首にはネックレス。指には指輪。

身体中に、藤次のくれた愛の証が光っていて、なにより、指輪を藤次に嵌めてもらった時、誓ったはずだ。

もう、誰にも汚されたくない。と…

「……ぃやあっ!!!」

「!!」

声を上げて抵抗すると、総一郎は瞬く。

「絢音?!」

「ごめんなさい!でも、もう嫌なの…藤次さんじゃなきゃ嫌。だからこれ以上は、やめて………お願い……」

「…………」

顔を覆い、嗚咽を殺して泣きじゃくる絢音を見つめながら、総一郎はキュッと目に力を入れて、言葉を放つ。

「いいのか?!このまま、ずっと泣き続ける運命かもしれないんだぞ!?俺は、そんな君を見るのは耐えられない!俺なら、君を泣かせない!ずっと幸せにする!だから…」

「分かってる。総一郎さんの、言う通りになるかも知れない。けどアタシ…約束したの。彼と…」

「約束?」

興奮する総一郎に、絢音は寂しく笑って見せる。

「約束…したの。どんな藤次さんになっても、アタシ…側にいるから。藤次さんを看取って、死ぬから…だから死んでも、待っててねって。」

「そんなの…覚えてるわけないだろ?!覚えてたら、誕生日にこんな…」

「いいの!…忘れてても、良いの。誕生日も、もう、何度も祝ってくれてるから、今更…良いの。」

「絢音…」

「どいて…くれる?」

「…………」

ゆっくりと身体を解放されると、髪を手櫛で整え結い上げて飾りで留めて、総一郎に、静かに笑いかける。

「ごめんね。そして……さよなら。」



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