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テキサスからの友人

「煌めくような出会いに向けて」
と書いたその夜、
煌めくような出会いがあった。


         🐈🐈

その夜は不思議な夜だった。

私には大好きな場所がある。

その夜、私は
「どうしても行かねばなるまい」
と思った。

Barのドアを開けると、店主は
「今、貴方のことを考えていたよ」
と言った。


しばらくして、ひとりの旅人が
ドアを開けた。

旅人は、テキサスからやってきた。

人生で初めて日本へ来たのだという。
「この場所に行ってみたい」と
旅先を小さなBarに決めたのだ。

旅人は、店主へGoogle翻訳の画面を見せながら、静かにオーダーしていた。

借りてきた猫、と言わんばかりに
旅人は末席で縮こまって静かにしていた。

なんとなく、周りの日本人たちも
しんと静まり返っていた。

私は旅人に声を掛けた。

それまで恥ずかしそうにしていた日本人たちも乾杯をした。

旅人は、言語が通じる客が居ることに安堵したのか、途端に瞳を輝かせ、旅の理由を教えてくれた。


         🐈🐈

私も異国を旅するのが好きだ。
言語が通じない心細さはよくわかる。
ひとりでも平気、だけど平気じゃないのだ。

ひとりでお店に入り、
ひとりで美味しいご飯を食べ、
ひとりで夕陽が沈む水面に見惚れる。

ひとりでも平気。
だけどもし誰かとこの美しさを分かち合うことが出来たら。

私は、私の周りに「平気な振り」をしている人がいませんように、と願っているのかもしれない。


         🐈🐈

旅人と店主はよく似ていた。

お店を開いた時期もちょうど同じ頃だった。
テキサスの店ではレコードをかけていて、
本はまだ出版していないけれど、胸にしまってある旅を綴りたいと思っていた。

遠く離れたテキサスと日本で、
同じ事を想い、暮らしている人が居る。
それはとても美しい偶然だった。

住処も文化も異なる人々が、
今夜でないと出逢えなかった私たちが、
時差を超えて、言語を超えて、
同じページに居る。

言語の通じないローカルバーに
たった一人で飛び込んできた旅人。
あの瞬間、ドアの前で怯んでいたら
我々は一生出会うことはなかった。

日本人たちはiPhoneの画面を見せながら、
旅人と静かに会話を始めた。

とても美しいと思った。

単語を繋ぎながら、
画面を見せながら、
自分の言葉で旅人に話しかけている。

ある人がぽつりと「眼鏡」と呟いた。
旅人はすぐに「眼鏡を褒めてくれたのだ」とわかった。
旅人は「安物だよ」と、何故か日本流に謙遜していた。とても愛おしい瞬間だった。


         🐈🐈

旅人はシンデレラの時間が来る前に、
カボチャの馬車に乗って帰って行った。
お店の外に出ても、あらゆる窓から我々に手を振ってくれた。

言語が通じなくても旅は出来る。
しかし言葉があるからこそ、気持ちを分かち合うことが出来る。
まるでバベルの塔のようだとも思う。

その夜は不思議な夜だった。

別れ際、私は旅人へとっておきの言葉を贈った。
それは私がニューヨークを旅した時に出会った言葉だ。
とても粋な言葉で、旅人へのプレゼントにぴったりだった。

旅人は翻訳サイトを開いた。
どうしても日本語で伝えたかったらしい。

旅人のiPhoneの画面を覗くと、
へんてこりんな日本語があった。
可笑しな言葉だが、旅人の気持ちがよく伝わった。

この気持ちをいつかまた何処かの旅人へ贈れますように。
煌めく夜に誓った。


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