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【小説】連綿と続け No.54

開場前から続々と来場客が集まりだしている。
当初の予定では
来場者数は200名弱と想定されていた。
だがこの時点で
明らかにそれを上回ることが見えた。

富樫)これはえらいことになるが〜

侑芽)大丈夫です。なんとかなります!

富樫)何でそんなことわかるがよ

侑芽)SNSの反響で大体は予想してました。それと、ここ数年のマルシェの統計をとっていたので、たぶん今日は、少なくとも500名はお越しになるかと

富樫)500名!?そんなに来たら、売るもんなくなってまうやないの!

侑芽)大丈夫です。皆様には事前にお伝えしておきましたから

侑芽は大学時代、経済経営学科で
地方経済や地域デザインについて学んでいた。

過疎化する地方都市の
立て直しの成功例や失敗例などを研究し、
町おこしのイベントの統計もとっていたから、
こうした事は得意分野であった。

いよいよ開場となり、
一斉に来場客が入場する。

家族連れや学生のグループ。
カップル、近隣の人々や観光客なども来ている。

南砺市には企業も多数あり、
そうした地元企業も今回のマルシェに協賛している。

例えば有名なアニメ制作会社や
野球のバットを生産している会社にも出店してもらい、
グッズ販売や記念品の展示をする
特設ブースが設けられている。
それらを目当てに遠方から来場する人達もいた。

ちなみに南砺市は
野球の木製バット生産日本一の街であり、
歴代の名だたるプロ野球選手も使用している。

侑芽や高岡は来場者の誘導や、
時には迷子を預かったり、
店舗の助っ人に入ったりでてんやわんやであった。

週末の良く晴れた日という事もあり、
会場は早くもごった返している。

山崎の井波彫刻実演コーナーには
観光客が興味を示し、
鑿一本から生まれる繊細な木彫刻の技を見に
人だかりができている。

トントントン……カンカンカン……

木を削っていく心地よい音が響き渡り、
息をのんで見入っている人々。

山崎の妻である由美子が接客をしていたが、
1人では間に合わなくなっている。
その場で注文してくる客が続出したのだ。

侑芽)どうしよう……山崎さんのお店が大変なことに

高岡)でもさぁ、私達が行っても対応できないじゃない?

2人が心配していると
背後から声をかけられた。
声の主は航であった。

航)俺が行く

侑芽)航さん!来るなんて言ってなかったのに

航)ちょっこし来てしもた

高岡)はいはい!ご馳走様です!でもさぁ、あんた接客とか無理じゃない?そんな仏頂面してたらお客さん帰っちゃうわよ!

航)は?そんくらい俺やてできる!

航は口を尖らせながら山崎の店に応援に入った。
山崎は歓迎する。

山崎)おぉ、航!ちょうど良かった。どうにも手が回らんさかい、すまんけど助けてくれま!

航)はい……

航は慣れないながらも
客の対応を始めた。

侑芽はドキドキしながらそれを見ていた。
だが航は意外にも上手くやっている。
言葉少なめではあるが、
客の意向を聞きながら丁寧に対応している。

侑芽)フフフ!航さんいいぞ〜!

そうしているうちに
正也と歌子が正信と糸子を連れてやって来た。

正也)大盛況やないけ〜!

歌子)大変やないか思うて、心配で来てしもたが!

侑芽)ありがとうございます!おかげさまでこの通りです!

正信)あんた、よう頑張ったなぁ!この街に、こんなようけ人が集まるなんて、盆と正月以外、見たことないちゃ〜

糸子)あ〜、どの店から回ろうか悩んでしまう〜!こんなに楽しい場を作ってもろて、ほんまにありがとう!

侑芽)あの時、お2人から大事な事を教わったおかげです。ありがとうございました!

正也)なん!違う違う。これはなぁ、あんたが頑張ったからや

歌子)そいがそいが!努力の賜物やちゃ

褒められっぱなしの侑芽は、
4人に航の奮闘を見せる。

侑芽)それよりアレ見てください!

山崎の店で接客をしている航を指差す。
慣れてきたのか僅かに笑顔を見せたり、
頭を下げて礼を言っている。
その姿を見た4人は

正信)アレは航け?俺はちょっこしボケてきとるさかい、幻覚やないけ?

糸子)幻覚やない!うちにも見えとります!

正也)いや……あんながは航と違う!どっかのそっくりさんやないけ?

歌子)航が笑顔で接客なんて……まさか!ないない!

一同)アハハハ!

信じ難い光景に目を凝らす4人。
すると侑芽が大声で航を呼び手を振った。

侑芽)航さ〜ん!

航はその声に気づき、
はにかんで目を細めた。
それを見た皆藤家の面々は

一同)やっぱり航やちゃ〜!!

正也)こんでもう安心や

侑芽)それは……どういう意味で

正也)2人とも、うちの事は気にせんでええさかい

侑芽)でも……

歌子)そいがそいが!目の前のことを1つ1つ頑張られ

正也と歌子には、
侑芽が皆藤家の為に別れようとしたことが、
全てお見通しだった。

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