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【小説】連綿と続け No.52

すぐにスマホを確認すると、
待ち焦がれていた侑芽からのLINEだった。

『マルシェに出られることになりました』

航は迷うことなく返信する。

『良かったな 侑芽が頑張っとったからや』

『いえ、私は何も…』

『ちゃんと飯食うとるんけ』

『はい。航さんは?』

『こっちは心配せんでええ』

他愛のないやり取りが
テンポよく続いたが少し間があき、
またメッセージが届いた。

『ちょっと声が聞きたいです』

それを見てすぐに電話をかける航。

侑芽)フフフ!早いですね

航)声が聞きとうて死にそうやったが

侑芽)私もです

電話になると
急に口が重くなる2人。
沈黙が増えた。

航)マルシェ、よかったな

侑芽)はい、高木さん達が市長に直談判してくださったんです。本当に感謝してます

航)そうけ。それより……

侑芽)……?

航)会いたい

思わず本音を漏らす航。
侑芽はそれを聞き、
自分と同じ気持ちでいてくれている航を
無性に愛おしく思う。

侑芽)私もです

航)今からちょっこし会えんか?顔見たらすぐ帰る

侑芽)でも、もう外暗いですし……

航)行ってもええか?

侑芽)はい……じゃあ、待ってます。気をつけて来てくださいね

航)おぉ

航は電話を切りすぐに車を出した。
今すぐ会いたくて、
その顔を見たくて、触れたくて。

夜の農道を走りアパートに着くと、
風呂上がりなのか、
すっぴんで髪を下ろした侑芽が出てきた。

車に乗せそこから少し離れた
小矢部川のほとりで車を停めた。
あたりは真っ暗で人気ひとけはない。

数日ぶりに会う2人は、
ただ黙って見つめ合った。

航は片手を侑芽に差し出す。
大きくて豆だらけの無骨な手を開くと、
小さな手がそこに触れる。

二つの手が力強く結ばれる。
久しぶりに触れたその感触を
確かめるようにさらに力を込めると

侑芽)痛いです!

そう言ってクスクス笑う侑芽。
航は「かんにん」と力を緩めたが、
引っ張って侑芽を抱き寄せた。

航)会いたかった

侑芽)私も……会いたかったです

航が頬を侑芽の耳や頭に何度も擦り寄せ、
愛おしそうに、
顳顬こめかみひたいに口付ける。

侑芽はそれを受け入れ
少しだけ顔を上げて、
いつの間にか唇を寄せ合っていた。

離れそうになると、
また塞ぐように押し当てて逃がさない。

何度もそれを繰り返され、
溶けてしまいそうなほどの
愛情と安心感に包まれる侑芽。

航)何があっても離さん

侑芽)はい……

航)もう別れるなんて言わんでくれ

侑芽)でも……

航)うちのことは気にせんでええ。俺は、侑芽がおらんと生きていけんちゃ

航は車を走らせた。
向かったのは侑芽のアパートではなく
航の家であった。

真っ暗な部屋に入ると、
そのままベッドに引っ張られる。

しかし香菜の話を思い出し、
手前で足が止まってしまう侑芽。

航)こっち来て

航は寝室の電気をつけ
立ち止まっている侑芽に
あるものを見せた。

そこには新しく買いかえたという
前よりも大きな
ダブルサイズのベッドがあった。

侑芽)え……

そこに侑芽を座らせて
航も隣に腰掛けた。

航)これ以上、嫌な思いはさせん

何度も「愛してる」と言いながら口付け、
抱き合った。

自分の為にそこまでしてくれる航に、
僅かに抱いていた不信感が拭われた侑芽。

2人はそのまま
真新しいベッドに沈んでいく。

ただ快楽を求める行為とは違う。

本当に愛している人とするそれは、
体だけでなく
心の芯の部分をつつくような
静かで穏やかで深くて温かい、
言葉だけでは伝えられない
愛の伝達手段だ。

満たされた後は
抱き合って横になっている。

航)五箇山に行ったて何も変わらんさかい、このまま、今のままでいよう

侑芽)はい。でもこっちから通うのは大変なので、向こうに引っ越すかもしれません

航)ほんなら俺も、そっち移る

侑芽)ダメですよ。航さんはここにいて下さい

航)けど……毎日会いたい

侑芽)私も車買ってこっちに通いますから

航)だちかん!山道は危ない。通うんは俺や。五箇山は仕事でよう行くさかい。慣れとるんや

侑芽)はい……

航)大丈夫や

侑芽)でも、この先私よりいい人が出来たら……その時はその方と結婚してください

航に背中を向ける侑芽。
本心ではないが、
待たせてしまう心苦しさがそうさせている。

再び覆い被さった航は、
泣きそうな顔をしている侑芽の頬をつねった。

航)侑芽のアホ。俺にはお前しかおらんて言うたがに

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