見出し画像

迷い猫と私

南東北のとある街
春の強風を受けながら
寒々しい河川敷を
わざわざ風上に向かって歩いていた

この天候で他に歩いている人もおらず
ただ真っ直ぐ続く長い道のりを
無心になってひたすら進んだ

進行方向には雪化粧をした山並みが迫り
春とはいえ凍てつく寒さだ

その直線上の遥か先で
ふんわりとした丸いものが微かに見えた

ん……?

近づいてゆくと動いた
そして目と目が合った

「どちら様?」

恐らく向こうもそう思ったのだろう
じっとこちらを見ている

目と鼻の先までくると
警戒し土手を下ろうとしている

猫だ

ほんのり茶毛が入ったキジ白だ
鼻周りは淡い茶系の模様が
左右対称に入っている

大きな公園が隣接しており
この辺りは野良猫が多い

散歩のふりをしながら
餌を与えにやってくる愛猫家が毎日来ていることが
園内を少し歩いただけでわかった

公園暮らしをしている猫達は
ただの通行人と
餌をくれる親切な人々を見分けられるらしく
無闇に人に寄りつかない

だがこの猫は違った
明らかに新参者である

立ち止まった私にやや警戒しながらも
遠くまで逃げようとしない

毛並みや目元は綺麗だし
首輪のようなものもついている
そこにハーネス用のフックまでぶら下がっている

「どこから来たの?」

逃げ腰の猫にそう声をかけしゃがんだ
無論返事はない

この時、黒柳徹子氏の話が脳裏に浮かんだ
確か徹子氏は初対面の動物ともすぐに打ち解ける
特殊な能力があるとか

昔どこかで聞きかじった話だし
そんなことが現実的とは思えないが
直感で判断するしかない動物には
危険人物か否かくらいは
瞬時に嗅ぎ分けられるのかもしれない

だから視線を合わせたまま
心の中で徹子氏になりきって話しかけた

「あーた、どっから来たの?」

返事はない
だが土手の中腹にいたその猫が
徐々に近づいてきた

嘘だろ…

そう思いながらも
猫に話しかけ続けた

「綺麗な毛並み。まだ若そうだね」

するとその猫は近くまで来て
私に背を向け箱座りした

私も猫を飼っているからわかる
このポーズは「撫でろ」というサインだ

早速手を伸ばし触れようとすると
振り返って「ニャー」と鳴き拒絶した

「やっぱりね」と「なんなんだよ」
という気分になった

が、確かに見ず知らずの他人に触られるのは嫌だ
それはそうだろう

猫の判断は正しいと尊重した

それでもしばらく
付かず離れずの距離で
一方通行の会話をし

最後に「また来るよ」と声をかけると

「あぁ、ご縁があったらね」
といった感じで颯爽と歩いていった

逆方向に進む迷い猫と私

別れた後も
私は何度も振り返った

西日に遮られ
その姿を最後まで見届けることができなかったが

当てもなく彷徨っているはずなのに
堂々と前に進んでゆく姿が頼もしかった

もう二度と会えないかもしれない

でももしまた会えたら
次はもう少し歩み寄れたらと思う

そしてその時がきたら
こんな質問をしてみよう

君は望んで自由を手に入れたの?
それとも
今もまだ、帰る場所を探しているのか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?