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【小説】連綿と続けNo.8

航の車で井波の皆藤家に戻ってきた侑芽は、
夕飯の準備を手伝った。

歌子)ええから座っとって〜。疲れとるが〜

侑芽)お手伝いくらいさせてください!

歌子)そ〜お?ほんなら野菜切ってくれる?

侑芽)包丁お借りします!

台所を覗きこんだ正也は
微笑ましいといった表情でニヤけている。

正也)そうや!「一ノ瀬さん」って長いさかい「侑芽ちゃん」て呼んでもええ?

侑芽)はい!大丈夫です!

歌子)早速やけど、侑芽ちゃんは好き嫌いある?

侑芽)特にありませんが、苦いものとか辛いものはちょっと苦手かもです

正也)わーかーるー!俺と一緒や!

歌子)何を言うとるの〜、ビールと柿ピー大好物なくせに!

正也)そやった!俺、苦いもんと辛いもん大好物やった!

侑芽)私もビールと柿ピーは好きです!

歌子)なんや〜、ほんならうちらと一緒やちゃ〜

一同)ワハハハ!!

賑やかな声が工房まで届く。
そこで1人、道具の手入れをしている航は、
いつもよりテンションの高い両親に呆れながらも
時折聞こえてくる侑芽の声に頬を緩ませている。

歌子は山菜の天ぷらや煮物、富山名物である板のない昆布巻き蒲鉾かまぼこと赤巻き蒲鉾かまぼこ、ホタルイカの酢味噌和えや鱒寿司ますずし、具沢山のけんちん汁などを振る舞い、食卓が馳走で埋め尽くされた。

一同)乾杯!!

航も仕事を切り上げて4人の夕食が始まる。

侑芽)ん〜!どれも美味しいです!

久しぶりに自分以外の誰かに作ってもらった手料理を口にし喜ぶ侑芽。歌子と正也はそんな侑芽を見ながら酒を飲んでいる。そして話題は侑芽に向けられた。

正也)侑芽ちゃんは、東京のどこから来たが?

侑芽)東京って言っても私が生まれ育ったのは八王子で、都心からは離れた所です。山も近いですし、ある意味こっちより田舎ですよ?

歌子)じゃあ、大学も八王子?

侑芽)いえ、大学は武蔵野市むさしのしにある大学でした

歌子)え!?武蔵野市て…吉祥寺!?

侑芽)はい。ご存知ですか?

歌子)うんうん!うちも若い頃、吉祥寺の専門学校を出たが!そこで菓子作りを学んどった。やさかい吉祥寺はよう知っとるの!へぇ、懐かしいわ〜!

侑芽)そうだったんですか!もしかして、井ノ頭いのがしら通りの?

歌子)そいがそいが!学校帰りにパルコで買い物したり、メンチカツの店もよう並んだ〜!

歌子と侑芽が
同じ街で青春時代を過ごしていた事実に盛り上がる。

侑芽)私も大学の帰りによくパルコに寄りました!メンチカツも並びました!まさかここでそんな話ができるなんて!

歌子)駅ビルのロンロンとか井の頭公園もよう行ったわ〜

侑芽)あっ、駅ビルの名前、今はアトレです…

歌子)え〜!変わってしもたが?もう随分行ってないしなぁ。けど懐かしい。あの頃はうちも、東京でブイブイ言わせてたが!

航)ブイブイて…それもう死語やぞ。第一、世代が違いすぎる

歌子)わかっとるて〜!けど嬉しい。侑芽ちゃんみたいな子があんな都会からこんな田舎に来てくれたんや

侑芽)でも歌子さん、お菓子の専門学校に行ってたんですよね?どうして今は…。あっ、すみません!私また余計なことを…

侑芽は言いかけてから両手で自分の口を塞いだ。
すると正也と歌子が爆笑し

正也)ええのちゃ!何でも聞いて?

歌子)そうちゃねぇ、何から話そう…。うちね、実家が金沢で、和菓子屋の跡取り娘やったが。ほんで家を継ぐことになっとって東京の専門学校に行ったんやけど、こっち帰ってきたら正也さんと出会うてしもて…ほんでね♡

侑芽)……!?

正也)俺がコイツを連れ去ったんや!

侑芽)それってまさか…。か、駆け落ちですか!?

正也)そいがそいが〜!!

歌子)まぁ…そうなるがいね(笑)!

侑芽)え〜!!

正也)映画みたいやろ!?

侑芽)凄〜い!!

航)何十年前の話をしとるんや…

航は呆れているが、
歌子と正也は自慢げに若かりし頃の話を侑芽に聞かせた。

歌子)和菓子屋の娘が、東京でブイブイ言わせた挙句、帰って来てから運命の出会いをはたして、今は彫刻屋のお母ちゃんや!

歌子はモデル風のポーズをしてドヤ顔をした。
侑芽はまるで短編映画を見たかのように拍手をし

侑芽)人生、何があるかわかりませんね?

正也)そうやなぁ。侑芽ちゃんもこれからやで!

歌子)そいがそいが!侑芽ちゃんやて今は役所勤めやけど、もしかするといつか、うちみたいに彫刻屋の女将さんになっとるかもしれんよ〜?

歌子は航と侑芽を交互に見てニヤけている。
航は歌子が何を言いたいのか瞬時に察し

航)ええ加減にせえ!飲み過ぎや!

正也)いや、わからんよなぁ?人生どうなるんか、先のことは誰にもわからん。行き着いた先が自分の運命や!

歌子)そうっちゃね!侑芽ちゃんはうちと同じような青春時代送っとったたわけやから、本当にうちみたいになるかもしれんが〜

侑芽)歌子さんが羨ましいです。とってもイキイキされていて。それに運命の人と出会えるなんて、女性としても憧れます

歌子と正也は益々嬉しくなり酒がすすんだ。
そして楽しい時間はあっという間に過ぎた。

酒を飲んでいない航が再び車を出し侑芽の自宅に向かう。
その車内で

航)なんや騒がしゅうて…、疲れたやろ

侑芽)とっても楽しかったですよ?

航)気ぃ、つかわんでええが

侑芽)本心です!いっつもあんなに賑やかなんですか?

航)そうちゃ。騒がしゅうてかなわん

侑芽)フフフ!楽しそ〜

すっかり暗くなった夜の農道を車で走りながら他愛もない話をした。
そして侑芽が車を降りる時

侑芽)これ、帰りに眠くならないように

そう言って小さな飴玉を航に渡す。
航は片手を広げそれを受け取る。

航)ありがと…

すると侑芽が航の手に触れた。
航は突然のことに驚き

航)え…な、何や!?

侑芽)職人さんの手ですね。うちの父と同じだ…

そう言いながら懐かしそうに手のひらをなぞった。
大きくて分厚い豆だらけの手に、
父親の面影を重ねていた。

航)……!?

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