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【ケーススタディ4】健康食品アマメシバによる肺疾患(下)

東南アジア原産の野菜あまめしばをパウダー状に加工したいわゆる健康食品についてのPL事件の連載、3回目です

事案はこちらをご覧ください


1回目はStep 1 事故のシナリオを探すをはなし、2回目はStep 2 事故の要因を探す、と、Step 3 事故につながる他の要因を探すをお話しました 今回はStep 4 事故のシナリオを修正する、と、Step5 再発防止策を検討するです

まずはStep 4、裁判所が描いた事故のシナリオを、食衛法7条2項を背景にした消費者への高めの期待というシナリオ外要因から修正してみるとどうなるか、をやってみましょう

■Step 4 事故のシナリオを修正する

 1 PL一審判決のおさらい

あまめしば事件のPL一審判決をもう一度よくみてみます 判決はまず、粉末状に加工されたあまめしば(本件あまめしば)の摂取と閉塞性細気管支炎(BO)とが高度に関連しているといいます

関連するというために、裁判所は9つの事実を列挙しています PL判決文を読んだつもりになって9つの事実を順にみてみましょう

(1)本件あまめしばとBOは高度に関連する

①台湾で、野菜あまめしばを摂取してBOにかかったとされる多くの症例が報告された

②台湾で、BOにかかった既知の原因を発見できない患者を調査したところ、共通点は野菜あまめしばの摂取のみだったと報告された

③台湾でメディアの報道によって野菜あまめしばの入手ができなくなってからは新しい症例がなくなったとの報告がある

④日本国内では、加工あまめしばを摂取したあとで息切れ・呼吸困難などを訴え、BOと診断された症例が報告されている

⑤BOについては、骨髄や肺の移植、リューマチなどの免疫疾患がない症例数はきわめて少ないのに、④の症例ではBOにつながる基礎疾患が見つかっていない

⑥国内で、親子でBOにかかった症例では、いずれも親子ともに加工あまめしばを摂取していた

⑦国内で、平成15年9月に加工あまめしばの販売が禁止されたあとは、親子でBOにかかったという症例は報告されていない

⑧部分生体肺移植により切除した④の症例の患者の肺の外観は台湾の野菜あまめしば関連のBO患者の肺と同様の病理学的変化であるとの報告がある

⑨④の症例のBOは台湾での報告例と臨床的な特徴がよく一致していた旨の報告がある

裁判所は①~⑨までの事実を総合して、加工あまめしばの摂取とBOの発症とは高度に関連するとしています

これにくわえて、裁判所は2つの点を指摘しています

ひとつは、野菜あまめしばからBOを引き起こす毒性物質は検出されなかったという被告の主張に対してです

裁判所は、従来トウダイグサ科の有害物質と報告され、野菜あまめしばから検出されたヒスタミン、新規アスコルビン酸誘導体、シアン配糖体のリナマリンはBOに関連する毒性物質ではないと報告されるが、野菜・加工あまめしばを摂取した人の血液の腫瘍壊死因子が多くなっているとの報告があり、サイトカインを刺激・活性化する原因物質があると推定される その原因物質は特定されていないけれども、トウダイグサ科について従来報告されてきた有害物質以外の物質がBOの原因物質である可能性がある、といっています(⑩)

もうひとつは、沖縄産の野菜あまめしばと台湾の野菜あまめしばとは異なる種類で、摂取方法も異なる(台湾ではジュースとして飲んだらしいです)という被告の主張に対してです

裁判所は、台湾で問題となったあまめしばは台湾で栽培され、粉末などの加工品ではなく野菜あまめしばそのものを調理して摂取していたけれども、原産地の違いがBO発症を左右するとは考えにくい、野菜あまめしばの成分が粉末などに加熱・加工されることでどのように変化するかは明らかでなく、加熱・加工があるかないかにによってBO発症との関連を否定できない、としています(⑪)

裁判所は、日本では野菜あまめしばを含む健康食品が平成14年から平成16年にかけて3000個近く販売され、肺障害の患者は本件の母娘を含めて全国で8例にすぎないけれども、以上の事情(①~⑨)から、加工あまめしばとBOとの関連は否定されないとしています

(2)本件あまめしばのリスクはなにか?ー有毒物質の可能性

本件あまめしばがもっているリスクは科学的にどのようなものか? 裁判所は、①~⑨で疫学的にリスクを評価し、⑩と⑪では、どの物質であるか特定できないけれども、生鮮の野菜あまめしばに未知の有毒物質が含まれる可能性と、加熱・加工の過程で有毒な変化が生じる可能性を考えています

本件あまめしばに関する前の記事を思い出していただけるでしょうか? 食品衛生法7条2項に基づく本件あまめしばの販売禁止の考え方とは、あまめしばは東南アジア地域の原産地で食経験があるけれども、加熱・殺菌して粉末状などにして摂取させる場合には健康リスクが生じるおそれがあるというものでした 

もっと具体的にいいましょう 野菜あまめしばについて、マレーシアなど原産地での本来の食経験はダイエット目的ではないといわれています ところがダイエットや他の健康効果を期待して粉末や錠剤の形状にして摂取させる場合には、大量に、連続して、長期に摂取する特徴があります 食品衛生法7条2項にもとづく販売禁止の措置は、このような新規の摂取方法には食経験がなく、リスクが伴うことがあるから粉末や錠剤の形状の加工あまめしばは販売をしてはいけないというものです 

厚生労働省は、通常の方法で食用にする生鮮あまめしばは販売禁止の対象外としています(平成15年9月11日通達) 従来の食経験ではひとまず安全だけれども、粉末や錠剤によって長期大量摂取する場合にはリスクがありうると考えているわけですね これに対して裁判所の方は、本件あまめしばの具体的なリスクについて、摂取方法に触れずに、生鮮野菜の段階か製造の段階で有毒性をもつ可能性を示唆しているわけです

生鮮ないし加工の過程で有毒性があるというのであれば、長期大量摂取したときに健康被害が起きるリスクはおそらくいうまでもないのですが、裁判所の考え方と摂取方法のリスクに着目する食品衛生法7条2項の考え方はやはり同じではないとおもいます

裁判所が摂取方法のリスクよりも、生鮮や加工の段階から有毒である可能性を含めて本件あまめしばのリスクを評価しているのは、日本で起きたこの事件に先行してあまめしばで健康被害が発生した台湾の分析を参照しているためではないかとわたしはおもいます 

2 台湾の衛生署による分析

台湾におけるあまめしばによる健康被害について台湾行政院衛生署は、事故の要因を分析しています 衛生署は、マレーシアでは長年の食経験あるのに、台湾で数多く発生したような中毒事例が報告されていない この違いはなぜか?を分析しています 

衛生署は台湾で起きた健康被害について、あまめしば側の要因に、台湾で栽培されていたのは有毒な亜種ではないか?という推測をあげています 台湾の栽培者によると、あまめしばには7種類の亜種が存在し、それらの亜種は外観が非常によく似ているのだそうです もしもこの推測があたっているとすると、台湾では亜種の生鮮あまめしばに有毒性があったことになります

3 有毒な亜種の可能性、有毒な変化の可能性

日本の裁判所は、本件あまめしばは、マレーシアで長い食経験をもつあまめしばと外観がよく似た有毒な亜種である可能性を含めている、少なくとも排除していないのではないでしょうか? 

裁判所ははっきりとこのように言っているわけではなく、わたしの推測にすぎません ただ、台湾の分析を知ってからあまめしば事件のPL一審判決を読むと、裁判所は本件あまめしばのリスクについて、生鮮の段階で未知の有毒物質を含有する可能性や、加工の過程で有毒な変化を起こした可能性を示唆しています とくに前者には有毒な亜種の可能性がどうも含まれているように思えるのです 

ちょっと長くなりましたが、裁判所が描く事故のシナリオのおさらいでした 台湾での分析を参照した部分は、シナリオから少しはみ出しているかもしれません

4 消費者への高めの期待から事故のシナリオを修正する

ようやくシナリオ外要因からの事故のシナリオを書き直すステップにはいります 裁判所が描く事故のシナリオの外には、本件あまめしばの販売禁止の根拠となった食衛法7条2項があり、この制度は、食経験のない新しい摂取方法に伴うリスクについて事後措置をとり、食品が流通するあいだの安全確保については消費者に高めの期待をかけています

食品の専門家の方々が食衛法という制度を背景に健康食品について消費者に対してどんなことを期待しているのか、せっかくですから立ち入ってみてみましょう 食品専門家からのメッセージはこんな感じです

〇それなりに効果をうたって販売するものは健康食品と考えるほうがよい
〇あまり健康食品に頼りすぎず、適度な期待感をもって使ってほしい
〇やせる効果をうたう健康食品は安易に摂らないで、また多量に摂らないでほしい 体重の減少や強壮をうたう健康食品には医薬品成分や類似成分が入っているものもあるのでよく気をつけてほしい
〇人工甘味料を使ったカロリーゼロの商品は、本当の甘さがよけいに欲しくなることもありますからあまり頼らないでほしい
〇宣伝やうたい文句に踊らされないで、自分にとってよい健康食品とそうでないものとを自分の生活のなかで判断していってほしい
〇高価だからといって安全性や効果が高いとはいえない 値段の高さと品質の高さは一致しないことがある
〇健康食品を摂ったときに、糖尿病や高血圧など自分がもっている基礎疾患と関連したリスクについて考えてほしい

食品専門家は、流通する健康食品について消費者にずいぶん多くのことを期待しています 消費者の一般常識からみればかなり高めの知識や判断を期待されていると感じるのはわたしだけでしょうか

本件あまめしばは、裁判所のシナリオにあるように生鮮時にすでに未知の有毒性をもっていたり、加熱・加工の工程で有毒化した可能性があるとすると、こうした害に消費者が自分の知識や五感を総動員して気づき、購入や使用を控えることを期待されると、ハードルはいっそう高くなり、もはや無理を求めるに近づいてしまいそうな感じがします

■Step 5 再発防止策を検討するー新しい食品のはなし

本件あまめしば事故のシナリオを消費者への高めの期待というシナリオ外の要因から修正してみると、あまり馴染みのない外国野菜を使った健康食品による被害の情報がメディアで報じられて危ないかもしれないと気づいたり、販売禁止の措置がとられて市場から引き上げられるまでは、消費者は自分ではなかなかうまく気づけず、危険にさらされ続けるのが現実といえそうです このような健康被害の再発防止策は、どんなことが考えられるでしょうか?

健康食品に詳しい食品専門家が消費者に求める期待に合わせていこうとすると、消費者の一般的な知識レベルをかなり引き上げなくてはなりません これは消費者教育の問題といわれます 裁判所のシナリオからうかがえるように未知の有毒物質が入っていたり、製造加工の段階で有毒化する可能性があるとなると、消費者教育をして消費者が自分で気づいていけるようにするのは土台無理な感じがします

ではどうすればよいのでしょうか? 生鮮野菜に含まれるか、加工の過程で生じるか、いろいろでしょうけれども、最終的に商品となった健康食品に含まれる新成分については、なんらかの事前制度があった方がよいのではないかとおもいます 

新規の摂取方法についても、どんな食品でも長期大量摂取は一般的にリスクがあると食品専門家がメッセージを発し、いわゆる消費者教育をがんばったとしても、消費者が当面する個々の判断になかなか効果的に役立たないだろうとおもいます もうすでに市場にはさまざまな効果をうたう多種多様な健康食品があふれるほど出回っていて、自分の状態にあわせてよく見分ける目を期待されても消費者には難しすぎる状況にみえるのです 

そもそも健康食品といわれるものと、通常の食品との区別は、日本の消費者にはあまり意識されていないような気がします 食品専門家の方の話を聞くと、大きく健康食品に分類され、パウダーや錠剤の形状をして長期大量摂取させるものと、キッチンで煮たり焼いたり、また生鮮をサラダにするように通常の方法で食べるものとは、根本的にちがっているといわれます ところが、こうした根本的な違いを食品専門家だけが伝家の宝刀のように理解し、消費者に届かず共有されないままでは、消費者への高めの期待が空振りとなっても仕方がないようにおもいます このギャップを埋める方法のひとつは、制度面からこの違いを考えていくことではないかとおもいます 

制度の検討は時間がかかり所詮迂遠だと思われるかもしれません ですが、立法というものがさざ波を起こして部分社会を変えていくプロセスをわたしは役所から目の当たりにさせていただきました 新しい制度に向けた検討をはじめることは、スタートのときからすでに社会へのメッセージとなり、多くの人の関心や意識、さらには知識と理解、そして行動につながっていくものだとおもっています 

ひとつのPL事案のケーススタディは窓のようにひとつの部分社会を見せてくれ、その部分社会がこれからどんな風になっていけばよいかを考えるきっかけとなってくれるとわたしはおもっています

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ここまでお読みいただきありがとうございました☆


 

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