三度目

三度目の正直、だ。

今度は絶対に成功させてやる。私は病院の近くにあるコインパーキングに車を止め、鞄の中から白衣を取り出した。

本当は一度で仕留める予定だった。あの日、どうしても許せないアイツを後ろから刺すつもりで走り出した。が、足がもつれて派手にすっ転んだ。自分の運動不足を呪いつつアスファルトから顔を上げる。子供や老人ではなく大人が派手に転ぶと周囲は驚いて一瞬止まるようだ。けどアイツは違った。お構いなしに歩き続け、アスファルトに突っ伏する私を見ていた自転車にぶつかった。アイツは救急車で運ばれたけれど、自分で歩いて救急車に乗ったし、大した怪我ではなさそうだった。


後日、アイツが入院したと聞いた。軽症だけれど大事をとって一週間入院するらしい。きっとズル休みか保険金目当てだと苦々しく思ったけれど、チャンスだと気づいた。今度こそ病室で仕留めてやる。

私は計画を立てた。小さな個人病院らしいので、見舞客のフリをすれば普通に入れるだろう。しばらくどこかに隠れて、夜になったら白衣を着て医者になりすましアイツのベッドまでいけばいい。楽勝だ。素知らぬ顔で病棟に入ろうとすると守衛らしきお爺さんに声をかけられた。ドキリとしたけど大丈夫、私は落ち着いて友人のお見舞いに来たと告げた。

「すみません、今はホラ、アレがあるから。お見舞いはお断りしてますので。」アレ?あ、そうだった。伝染病を持ち込まないようにお見舞い禁止になっていたんだった。病院に一歩も入れず私はすごすごと立ち去った。…これが二度目の失敗。


そして今、三度目の正直だ。今度は最初から医者になりすます事にした。守衛は伝染病をアレと言うようなお爺さんだ。簡単に誤魔化せそうだ。大事なのは、堂々としていること。

私は白衣を着て堂々と通用口から入ろうとした。「すみません、どんなご用件でしょうか?」やはり守衛が声をかけてきた。私は落ち着いて堂々と「大学病院から派遣されたタナカです。急いで来るように言われてますので、」と言いながら通過しようとした。しかし守衛は通用口に立ちはだかった。「いやー、すみませんが、そんな話は聞いてませんねぇ。」真面目なお爺さんだ。しかしここで引き返す訳にはいかない。

「あなたは聞いてないかも知れませんが、早く行かないと、お困りになるのは先生方や待っている患者さん達ですよ?手遅れになったら、あなた責任取れるんですか?」ちょっと強気に言ってみる。再就職も大変な折『責任』なんて言われたら引き下がるのではないかと思ったからだ。

「すみませんねぇ、通せないんで、はぁ。」はぁ、じゃない。「本当に急いでますから。」と半ば強引に行こうとしたが、守衛は頑なに通用口の前に立って動かない。ー困った。

そうこうしているうちに、五十代位の本物の医師が通りかかった。

「あ、小太郎先生、大学病院から誰か来るなんて言ってた?」守衛が医師に尋ねた。ヤバい。医師は少し首を傾げて「さぁ、俺は聞いてないけど。看護師長に聞いて。」と言ってそのまま立ち去った。私はもう一度強気に出てみる。「ほら、きっと看護師長には話が通ってますから。いい加減通してください。」

「すみませんねぇ、私は今朝看護師長から何も聞いてませんのでねぇ。」なんて頑ななんだろう。いや、真面目ないい守衛だ。しかし通してもらわなければ。すでに印象に残ってしまっているから今日しくじったらもうチャンスは無いかも知れない。

そうこうしているうちに、今度はかなり年配の看護師が通りかかった。ー嫌な予感は的中率が高い。「あ、ちょっと、看護師長!」守衛が声をかけた。お婆さんだけれどキビキビとした看護師長は私をチラリと見てから守衛に「何ですか。」と尋ねた。「今日、大学病院から誰か来るなんて聞いてないよなぁ。」看護師長が首を横に振った。もう一か八かだ。祈るような気持ちで私は言った。「院長先生に呼ばれてるんです!通してください!」

守衛と看護師長はポカンとした後、笑い出した。「何のつもりか知りませんけど、病院には入れませんよ。」看護師長が言う。

「すみませんねぇ、私は大学病院に要請してませんから、お引き取りください。」守衛が…えっ。

「い、院長先生?守衛さんじゃなくて?」真面目な守衛だと思っていたお爺さんは笑顔で頷いた。「今は息子の小太郎に任せてるから名前だけね。」看護師長も笑って、「引退しても暇だからって、守衛みたいでしょう。まぁ、こんな老犬の主人でも番犬がわりにはなりますねぇ。」

笑顔の二人に合わせて、私も笑顔で場を濁しながら帰る事にした。あぁ個人病院って家族経営だったのか。それじゃ他人はドラマみたいに侵入出来ないわ。あぁまたアイツを仕留められなかった。

計画を練り直そう。次は七転び八起き、だ。

え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。