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秘密

ふと、いつもと違う道を歩きたくなった。カラフルな看板や人の流れから外れて少し暗い路地を歩く。こんな道にひっそりと雰囲気の良い店なんかを見つけられたらいいな、と思いながら行くと、ぼんやりと小さな明かりが見えた。小さな行燈と白い布をかけたテーブルが1つ見える。占いだろうか。

『秘密』と書かれた行燈が1つあり、痩せた男がテーブルの向こうに座っていた。近づくと顔をあげ、「いらっしゃい」と静かに声をかけられた。「秘密の占いですか?」聞くと首を横に振る。

「いえ、秘密を売っているんです。」

「秘密?」

「あらゆる人の、あらゆる秘密を売っています。」理解できずに怪訝な顔をしていると、男は薄ら笑いを浮かべて教えてくれた。

「墓場まで持っていく秘密ってあるでしょう?それを売っているんですよ。政治家の秘密や犯罪の秘密から他人には取るに足りない些細な秘密まで様々です。他人の秘密、興味ないですか?」

「しかし墓場まで持っていく秘密っていうのは死ぬまで誰にも言わない事でしょう。それなのに売っているなんて。」なんて胡散臭い商売だ。

「墓場まで持っていった秘密を私が集めて売っているんですよ。」

「どうやって?」どうせ嘘にきまっている。嘘の矛盾をついてやろうと聞いてみた。

男は首を横に振る。「それは言えません。私の商売の秘密は売れませんからね。」なんだ、つまらない。どうせこれ以上聞いても言えませんで通す気だろう。興味を失って帰ることにした。


幾日か経った頃、酒を飲んだ帰りにすっかり忘れてまた同じ道を行くと『秘密屋』に客がいた。角に隠れて見ていると黒いスーツ姿の男が秘密屋に札束を渡して帰って行った。胡散臭いのに秘密は高値で売れたらしい。そのまま見ていると秘密屋は行燈を消しテーブルをたたみ、歩き出した。今日は閉店なのか。ちょっとした好奇心から跡をつけてみることにした。

男はどんどん歩いていく。街をぬけ、住宅がまばらになってもまだ歩く。ただ家に帰るだけなら面白くないな。と思っていると、真っ暗な場所で男が足を止めた。墓場だった。

まさか、本当に?

夜の墓場は怖いが、やはり気になる。男は墓地に入っていくと1つの墓の前で足を止めた。墓の前に何やらぼぅっと薄明るい光が浮かんでいる。見たことは無いが火の玉にしては黄色っぽく蛍にしては大きい。男は光を袋に入れてまた違う墓へと歩き出した。先程と同じような、しかし今度は青っぽい光が浮かんでいた。男はまた袋に入れる。辺りをよく見ると様々な色のぼぅっとした光はあちらこちらの墓に浮かんでいた。近くの光に近付いてよく見てみる。何かが光っているわけでも何かを反射しているのでもない光。確かに発光しているがそこには何も無い。

「秘密を見てしまったんですね。」急に声をかけられてギクリとした。男がすぐ横に来ていたのに全く気付かなかったからだ。

「見られてしまったからには死んでもらいます。この秘密を回収しなくては。」暗闇の中、袋から漏れる薄明かりに照らされた男は無表情だった。冗談を言っているようには見えない。

「待って、待ってください。絶対に誰にも言いません。だから殺さないで下さい。」慌てて言ったが男の表情は変わらない。「本当に絶対に誰にも言いません。お願いです。信じてください。」必死の訴えに男は少し考えて「いいでしょう。」と言った。「ただし、私の秘密を欲しい人や絶対に守りたい人達が今後はあなたを見張ります。もし少しでも誰かに話そうとしたら、即刻死んでもらいます。」そう言うと男はまた光を回収に行った。

あれから2ヶ月。墓の話も光の話も秘密屋の事も誰にも話していない。そして気のせいではなく常に誰かが見張っているようだ。この秘密は墓場まで持っていけるのだろうか。

え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。