わたしのいとしい、かいじゅう 3
だから5月は嫌いよ。
そういって電話を切った母親の声が
いつも通りだったことが
わたしを不安にさせないでいてくれた。
昨日の仕事の疲れが残ったまま
目覚ましが鳴るより先に目が覚めた。
スマホを見ると07:54
絵文字のないLINE通知がはっきりと見えた。
お父さんが入院しました。電話ください。
母より
頭が起きないまま電話をかけた。
集中治療室と同意書という単語
そして
母が5月が嫌いだということしか聞き取れなかった。
職場に有給希望の電話をかけたあと
仕事に向かう前の旦那の背中に額をあてた。
お父さんが入院したって。
さっきまで眠かったのに
口に出した瞬間から涙が止まらなくなった。
そうだ、わたしも5月が嫌いだった。
どうしてだか5月になると良くない知らせが届く。
そして夏の思い出は決まって誰かの死を泣いていた。
半袖にいい思い出はあまりない。
母に付き添い病院につくと
面会ご遠慮くださいの張り紙がそこらに目立つ。
いい事ばかりじゃないね。
なかなか結婚しなかった子供が2人とも結婚して
初孫も生まれた2020年。
忘れられない年になるわねと笑う顔は
遠くをぼんやりと見つめていた。
父が思い描いた老後はこんな形だったんだろうか。
私は後悔はしない、したことがない。
全部自分で選んできたことだからだ。
病院の簡素に仕切られた待合所で
実家を飛び出し東京で過ごした8年間を
生まれて初めて死ぬほど後悔していた。
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