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「無意識ー空の章ー」#12(最終話) 未来の歌

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 夏井さんの癖は「余裕を感じると謙遜する」の他にもうひとつ。
「動揺すると必要以上に敬語になる」というのがある。

以下は、歌詞の続きを書いてもらおうと夏井さんがハリネズミの家に電話をかけた時の受け答え。
(ちなみに詞を書いたのがハリネズミと分かった時点で夏井さんが「なら、僕が電話番号知ってる」とかけてくれたので、お店のシステムは覗かずに済んだ)。


「…はい。あーそうなんですか。大変なんですね。いや~知らなかったとは言え失礼しました。こんな夜遅くにどうでもいいことで…。あ、いえそんな。忘れてください」


横で聞いてて、完全に親が電話に出てきたのかと思った。
(後で聞いたら、ちゃんと本人と話してた)

ハリネズミに唯一会ったことのない北里泉は

「南田って国語の先生だっけ」

と、また説明するの面倒くさそうな勘違いを始めるし。


夏井さんをそこまで動揺させることって何だったんだろう。
同じことを思っていたのか、雪さんは電話が終わるのを待っていられない顔で、カウンターに身を乗り出していた。

「海君どうかしたの?」
「社長が逃げたんだって」
「え?」
「海が就職するはずだった会社」
「“はずだった”ってことは?」
「社長が逃げて、って言うか会社自体が急に傾いたらしくて。だから内定もおそらくは…」

思わぬところで“無茶なこと”があっけなく実現してしまったことにも気付かず、俺と雪さんは黙り込んでしまう。
その後ろで北里泉は樹君にトンチンカンな質問を続ける。

「その先生、就職するの?」
「あのね、先生じゃなくて」
「じゃ、誰だっけ」

普段あんまり喋らない奴に限って、こういう時マイペースに喋りだすことも、最近分かってきました。

その日以来、「未来の歌」は立ち止まったままだった。

冬休みも終わり、学生たちは入試や学年末試験の季節を迎え、毎日のように大雪が降り、ただでさえ渋滞する道路は我が子を受験会場に送り届けようとする親たちの車で尚更混んだ。

それを横目に見ながら久々に学校へ行こうとしたら、貴石駅で例の駅員につかまって何故か話し込んでしまい、ついでに雪かきを手伝い、気付けば昼近くになっていた。

分厚い雲の下、小さな町の片隅で電車を乗り降りする人はみんな黙り込んで表情もなく、毎年必ずやってくる春の存在すら忘れているように見える。この冷え冷えとした空気が町から流れ出して、やがて日本中に広がっていくんじゃないかと錯覚するほど。

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♪蒼い風は吹き抜けた
 いちばん最後の雨音を閉ざしながら

 舞い降る冬の夜明け眠る君の傍に
 凍りついた夢のかけら
 幼かったメロディー
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ハリネズミが書いた詩の一部がふいに浮かんで来る。

“凍りついた夢のかけら”ねぇ。
中学生で書くか?こんなの。
そんなフレーズ、仮に思い浮かんだとしても俺だったら国語の授業でサラッと書けない。恥ずかしくて考えただけで汗が出る。


だけど、当時クラスメイトだった西山樹は素直に感動して、そして忘れずにいた。

そのおかげで、北里泉のピアノから生まれた「未来の歌」は見事に完成
…してないんだった。


このままだと雪さんが思い付きで「続きは空君が書けば?」とか言ってさァ、「そうですよ。東野さんが歌うんだから」なーんて最近絶好調の北里泉が言い出さないとも限らない。

ここはひとつ、南田ハリネズミ先生(国語の先生じゃないです→北里泉)にお願いして…。
あれ?待てよ?奴の就職がダメになったってことは、えーと…。

「あら、空君。ウチの時給安いからって、駅でもバイト?」

未智さんだった。

「ボランティアですよ」
「学校は?」
「行く予定でした」
「相変わらずね」

おかげさまで。

「あ、それよりもね。平日の昼間フレンドシップでアルバイト出来そうな人探してるんだけど、空君の友達の中にいたりしない?」

話の流れで思わず「俺でもいいですよ」って答えそうになった。

「昼間のバイト、誰か辞めるんですか」
「実は雪が予備校に行くって言いだしたのよ。働くのは土日だけにするって」

真面目に将来を考え始めたのかな。いつまでもふわふわ遊んでばかりいられないって。…でも、どんな将来?

「だったら、一人います。俺の友達っていうより、夏井さんの幼馴染ですけど」


数日後、いつものようにカウンターでボケーっとしている俺の前に、CDが山のように積み上げられた。

「これ下さい」
「あの、うちレンタルショップなんで…」
「わかってますよ。わざとですよわざと! ったく、半年過ぎても返しが同じじゃないですか、東野さん」

そっちこそ。


就職がダメになっても特段何も変わらない。
半年前、俺の財布を拾ってここへ来た時と態度も足音も同じ。ただ、ツンツン立てていた髪は額を分厚く覆っていてハリネズミじゃなくなっていた。

「半年過ぎたら俺なんか就職浪人ですからねぇ!」

他人事のように笑いながら、南田海はこう続けた。
「びっくりしましたよ。未智さん、でしたっけ。雪さんのお姉さんから連絡もらって。東野さんが未智さんに言ってくれたんでしょ?」
「まあ、成り行きで。勝手に紹介しちゃったんだけど」
「助かりました。とりあえずは親に車の借金返さなきゃいけないし」

例の、“親ローン”ね。

「それと1か月ぐらい前になっちゃいますけど、夏井さんからよく分かんない電話が来て…」
「ああ。夏井さんがガッチガチの敬語になっちゃった時でしょ。あれ、周りに俺と雪さんもいたから。あと、西山樹君って覚えてる?確か中学校の同級生だった…」
「樹(ミキ)ちゃんでしょ。もちろん。それに樹ちゃんからもそのあと電話もらったし」
「え?樹君から直接?」

卒業アルバムどこにしまったか忘れたとか言ってなかったっけ。

「連絡来ましたよ?」
「電話番号大丈夫だったのかなーと思って」
「何言ってんですか。樹ちゃんの記憶力の凄さ分かってないでしょ東野さん。樹ちゃん、クラス全員の住所も電話番号も全部暗記出来てたんですから」


うっそ~ん。

じゃ、あの時も知ってたんじゃねえか。
「卒業アルバムの在処」じゃなく「南田海君の電話番号」だったら!
何で早く言わないのアイツ。

「で、夏井さんから電話は、僕の就職ダメになった話がメインになっちゃったし、結局何だったのか分からず終わって。樹ちゃんからの電話で、昔書いた詩の話だって説明されて」
「よかった。夏井さんの電話だけじゃ到底伝わらないもんね。でも、びっくりだよね。中学の授業で書いた詩の続きなんて言われても…」
「まあ、書きましたけどね」
「書いたの?」
「はい。って言うより、もうそんな電話もらう前に出来上がってましたから」
「どうしてー?」

超能力者か何かですか。

「…俺が夜中猫を探してて、翌朝駐車場でヘトヘトになってたこと、憶えてます?」
「初雪が降った時でしょ」

めずらしく、憶えてました。

「そう。東野さんが俺のこと死人扱いした時です」
「そんな大げさな」
「あの夜、“セン”を探して車を走らせていたら中学校の前を通って、急に思い出したんです。初雪の詩なんて書かされたっけなあって。中身もだんだんよみがえって来たんだけど、なんか中途半端な感じがして。で、“セン”を無事見つけた後、停めた車ン中でゆっくり続きを考えてみたんですよ」

“だからあの時、東野さんが駐車場で見つけた俺は、死人じゃなくて詩人”
というくだらないオチまでつけて笑う南田海は、まるで自分がいなかった時のことまで全てどこかで受信しているみたいだった。

「東野さん!これ、見ました?」

樹君が一階から息を切らして階段を上って来た。
手に一枚の紙を握りしめている。

「歌詞の続きが出来てるんです。北里が今ピアノ弾こうとしたら譜面台のところに置いてあったって。…南田君、もしかして書いて来てくれたの?」
「うん。樹ちゃんから久々連絡もらって嬉しかったし。その上、東野さんのおかげでとりあえず無職を免れそうだし。ほんのお礼と言うか、ご挨拶替わりに」

「ありがとう。これで完成ですね、“未来の歌”」

中学では南田海とクラスメイト
そして今は、高校で北里泉とクラスメイト。
別々の場所で生まれていた歌詞と音、ふたつの「未来の歌」を見事に結びつけることに成功した樹君は、控えめに、穏やかに笑顔を浮かべていた。

一階では北里泉が久し振りに「未来の歌」を弾き始めた。

今日はフルコーラスバージョンで、早くも2コーラス目に入っている。
後半の歌詞が書かれた紙は、まだ俺の手元にある。
なのに聞こえてくるメロディー部分のリズムは、細かいところまで完璧に合っている。

「北里泉、もう歌詞覚えたの?」
樹君に確認。
「いや、見つけてすぐに僕が持って来ちゃったから、2秒ぐらいしか見てないはず」
樹君も首をかしげる。

あのー、さっきから二人目ですけど 超能力者か何かですか?

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未来の歌(後半/2コーラス目)

♪誰かがかけた鎖は
 本当は護られた僕の仕業だった
 暖かい場所から
 抜け出していく勇気は
 遠い小さな光から 目を離さないこと

 交差点の向こうで息を潜める
 自由の果てに続く坂道


***********************************

二人の超能力者(?)がここまで一度も会うことなく出来上がった合作に
ちょっとジーンとしながら聴き入っていると

「じゃ、俺今日は帰ります」

南田海が階段の方へ向かう。

「最後まで聴かないの?」

樹くんが止めても

「うん。バイトの面接と、二人にお礼しに来ただけだから」
そう言って、案の定、聞こえている音と同じリズムで階段を下りていく。

その途中でほんの少し、「ピアノ」と「足音」両方の速度が緩んで、
今まで無かった組み合わせの声で会話が聞こえた。
2コーラス目まで弾き終わっても少し歌詞が余っていることに気付いて手を止めた北里泉と、階段の中腹で立ち止まった南田海。

「“雨音が近付く”の後は、サビの繰り返し?」
「…で、いいんじゃない?」

記憶力に自信がある訳ではないが、それでも必死に記憶を辿る限りで言えば、この二人が話をしたのは、この時が初めてだった。


それが本当なら、「未来の歌」が完成するために二人が交わした言葉は、たったこれだけってこと?


そして、そのまま南田海はさっさと外へ出て行った。

北里泉はそれを見送ることもなく最後まで弾き終えると、二階の手すりに寄り掛かった俺を見上げてエラそうに言った。

「歌ってみて。東野さん」

のろのろと階段を下りていく途中、大窓の向こうで景色が変わっていた。

雨だ。
今年初めて降る雨だ。

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未来の歌

作詞:南田海
作曲:北里泉

蒼い風は吹き抜けた
いちばん最後の雨音を閉ざしながら
舞い降る冬の夜明け
眠る君の傍に
凍りついた夢のかけら
幼かったメロディー

君が目覚める頃 外は
全てを包む白の世界
それまで僕は
手のひらに残る記憶を集めて
最初の言葉を描くよ


誰かがかけた鎖は
本当は護られた僕の仕業だった
暖かい場所から
抜け出してく勇気は
遠い小さな光から
目を離さないこと

交差点の向こうで息を潜める
自由の果てに続く坂道
それまでずっと 遠く感じてた
春の雨音が近付く

赤い傘が咲いて君は笑った
この街に掛かる 未来の歌
心の時計を僕らは重ねて
歩き出す 何も変わらない
ありふれた朝に

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ここまでが、フレンドシップという場所で俺たちが出逢い、最初の歌が生まれるまでの記憶。

些細な偶然と、頼りない奇跡がちょっとずつ繋がれているだけの、ちっぽけな町のちっぽけな物語だ。

あの時、町に突然現れたチカチカする箱。

それは宇宙人が仕掛けた奇跡の種が詰まったプレゼントで
迷い込んだ俺たちが、その種を手探りで探し始めた頃の話、と言ってもいい。

ここから続くのもきっと、きっと些細な日常の繰り返し。
ただその先に、小さな花がひとつかふたつ咲いてもいいかなーと
ぼんやり思えるようになったのは、俺にとっての変化かも知れない。


1993年3月 東野空

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