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三十一文字の宇宙で

「音もなく涙を流す我がいて授業は進む次は25ページ」/キリンの子鳥居歌集 より

たった31文字の言葉だけで、心が震え、気づいたら視界が滲む。涙が頬を伝う。初めての経験で戸惑った。勝手で稚拙な解釈だが、自分の過去や心情に照らし合わされ、共感し、胸が詰まった。この歌人の言葉の持つ力の大きさを思い知らされた。

冒頭に引用したのは、歌人  鳥居さんの詠んだ短歌である。

今年の春先、歌集「キリンの子」を手に入れた。短歌集を買うのは初めてだった。今までの私なら、歌集は書店で見向きもしないジャンルの本だった。鳥居さんの歌に出逢うまでは。

鳥居さんの短歌と私の出逢いは、昨年11月。精神疾患、障害、来月に控えた手術……希望の全く見えない闘病生活の最中だった。少しだけ体調が良いその日は、風が強く吹く、よく晴れた秋空。ふらりと立ち寄った図書館で、何気なく手に取った「セーラー服の歌人 鳥居」という本がきっかけで、鳥居さんの短歌に惹き付けられた。

精神の病気、親友との別れ、母の自殺、虐待、ホームレス生活など。

鳥居さんの壮絶な過去に、空いた口が塞がらない、かける言葉が見つからない程に壮絶なものだった。詳しくは書籍で説明されているので省略する。

最初でも述べたが、私は鳥居さんの経験してきた苦しみを分かる筈が無いのに、情景がありありと浮かんできた。教室で止まらない動悸、パニック、絶望感、震え、涙を必死に堪えていた自身の中高生時代を思い出してしまった。改めて言葉の持つ強さを思い知らされた。

「クラス中『いつも通り』を装って浮標のごとく我は泣きおり」/キリンの子鳥居歌集 より



「負けたままでも、弱いままでも、死にたいと思いながらだって生きていていいと、私はいいたいんです」

インタビュー中のこの言葉が、自分にとっての救いの言葉となった。「死にたがりでも生きる」ことを、これほどまでに肯定してくれる言葉ってあっただろうか。ページをめくる手は止まらず、一気に読み干した。図書館内にも関わらず、涙が止まらず、声をあげて泣きたいぐらいだった。

「便箋に似ている手首あたたかく燃やせば誰かのかがり火になる」/キリンの子鳥居歌集 より

こんなにも美しくて哀しい、心を抉るようでいて優しく、死にたいけど生きたい矛盾した私を肯定してくれる歌がこの世にあるのかと衝撃を受けた。

絶望という闇があるから希望という光がある。わたしは言葉の持つ力を信じたい。自分の言葉を持っている人は、きっと誰よりも強いから。

失ってきたものはもう取り返せない。死んでいった命は再び魂を取り戻すことは無い。どうしようも無い現実を、ただ、静かに、切実に見つめる鳥居さんの視線が短歌を通じて私たちに強く訴えてくる。

「病室は豆腐のような静けさで割れない窓が一つだけある」/キリンの子鳥居歌集 より

この短歌を初めて知ったとき、直感的に、精神病院の空虚な病室を思い出した。単に、私も精神病院に入院していたからかもしれないが。

やはり、これは精神病院に入院していたときのことをうたった短歌だそうだ。この歌は淡々としていて、どこか冷たく、冷静に病室を見つめる視線だけが感じられ絶望感を更に際立たせているように思えた。

短歌の技法や表現の知識が全く無いに等しい私が言っても、きっとただのたわ言にしかならないけれど。どうしてもこの短歌たちを知った感覚を忘れたくなくて、思ったことを拙くも綴っている。

銀河に散らばる星屑のような言葉たちを集めて紡いでいく、短い歌。たった三十一文字だけれども、解釈や読み手次第で見える世界は違ったりする。それはまるで無限に広がる、未知だらけの宇宙のようで。そしてその三十一文字が、誰かにとっての光になる。それはまるで月明かりのように、優しく、絶望すらも抱きしめている。

私はこの短歌たちに救われた1人である、と勝手に思っている。私が殺したかつての私が、この歌集の中でたしかに息をしている。文学や芸術は、生きづらさを抱える人の味方だと信じているから。

精神薬の副作用で奪われた気力も最近はどうにか回復しつつある。そして、創作すること、文章を書き綴ること、どんなに拙くても下手でも、辞めないでいたいと強く願っている。自分を傷つける言葉を自分に向けたくない。わたしはまだ短歌は詠めないけれど、いつか自分を愛せるように、創作は生涯かけて続けたい。短歌を詠むことで生きる意味を見出し、運命を変えていった鳥居さんのように。

生きづらさを抱える人たちに、言葉の持つ力を信じる人たちに、この歌たちがどうか届きますように。「短歌」という宇宙の中で、煌めく言葉の星々たちが、あなたにとっての光になりますように。

「目を伏せて空へのびゆくキリンの子    月の光はかあさんのいろ」/キリンの子鳥居歌集 より





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