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三好達治 - 草の上(詩集『測量船』より)

どうしようもない恋に落ちていて何もできることがないので、
せめて同じ境遇の人にシェアできるような詩を紹介でもして気を紛らわせたいと思います。

三好達治 - 草の上

野原に出て坐つてゐると、
私はあなたを待つてゐる。
それはさうではないのだが、

たしかな約束でもしたやうに、
私はあなたを待つてゐる。
それはさうではないのだが、

野原に出て坐つてゐると、
私はあなたを待つてゐる。
さうして日影は移るのだが――

かなかなはどこで啼いてゐる?
林の中で、霧の中で

ダリアは私の腰に
向日葵ひまはりは肩の上に

お寺で鐘が鳴る。
乞食が通る。

かなかなはどこで啼いてゐる?
あちらの方で、こちらの方で。

池のほとりの黄昏は
手ぶくろ白きひと時なり

草を藉しき
静かにもまた坐るべし

古き言葉をさぐれども
遠き心は知りがたし

我が身を惜しと思ふべく
人をかなしと言ふ勿れ

鵞鳥は小径を走る。
彼女の影も小径を走る。

鵞鳥は芝生を走る。
彼女の影も芝生を走る。

白い鵞鳥と彼女の影と
走る走る―走る

ああ、鵞鳥は水に身を投げる!

三好達治「草の上」

野原に出て座っていると、私はあなたを待っているような気持ちになる。
- 僕も同じように感じた美しい金曜日だった。昼下がりの日差しは神保町澤口書店2階のラウンジスペースを切り刻むように照らしていて、外国人観光客がアメリカ訛りの英語で若干囁いているのが聞こえたので僕はCentre Pompidouで試験勉強していた頃の表象を抱いていた。僕の好きな人もきっとこんな日差しが大好きだろうけど、その人は東京にはいない。

それはそうではないのだが、

たしかな約束でもしたやうに、
私はあなたを待つてゐる。
- 何かの約束のようなものを僕も感じている。短いが、すぐに途切れない糸を僕らは両端で握って信号を送り合っている。海を渡ろうとしたら、きっとプツンと切れてしまう。けれどまだ繋がっている。


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